第11話 姫から幸せなメイドへ(ヴィエルジュ視点)

 温かい。


 優しい。


 まるで太陽に抱かれているような心地の良い感触。


 天国と言われれば納得してしまう。


「こりゃまた素敵なお姫様なこって」


 でもそこは、天国よりも優しい場所だった。


 黒髪の同い年くらいの男の子が私を抱きしめてくれていた。


「──私の体……」


 ふと、化け物になった自分の体のことを思い出し、自分の体を見てみると。


「元に戻ってる……? どうして……!?」


 肉体は朽ち果てて、化け物になってしまった体なのに、私はどうして元の体に戻っているのだろうか。


「俺の魔力を与えてみた。どうやら俺の魔力はきみにとっての解毒剤アンチドートだったみたいだな」


 彼が抱擁を解いてから事情を説明してくれた。


「あなたの魔力を……?」


「びっくりしたよ。いつものサボり場に来たら、氷漬けになっている禍々しい姿のきみがいたんだから」


「いつものサボり場……? 氷漬け……?」


 そういえばここはどこなのだろう。彼の言葉で周りに目をやると、使われていない小屋のようだった。


 私がキョロキョロしているのを察したのか、彼が教えてくれる。


「ここはヘイヴン家の領土にある山奥の古屋だ。この場所は家族の誰にも見つからない俺の絶好のサボり場なんだよ。バレたら父上に殺されるっていう綱渡りな場所さ」


 陽気にウィンクひとつ投げてくる。


「ヘイヴン家の領土……」


 私は意識が途切れながらも随分と遠くに来てしまったみたいだ。


「俺はリオン・ヘイヴン。きみの名前は? 記憶とかある?」


「あ、は、はい。私はルージュ・アルバートと申します」


「ルージュ・アルバート? もしかしてアルバート魔法王国の第二王女様?」


「はい」


「驚いた、本当にお姫様だったんだな」

「ですが……」


 私の意味深な歯切れの悪い言葉を彼は察してくれたみたいだ。


「行方不明になったと聞いたんだけど、色々あったみたいだな。良かったら事情を聞かせてくれないか?」


「えっと……」


「あ、ごめん。氷漬けになってたくらいだ。辛いことがあったんだよな。無理に話さなくても良い」


「い、いえ。聞いてくれますか?」


 私はリオンくんへ、私に起こったことを話した。


 ところどころ詰まる私の拙い話を、彼は最後まで聞いてくれた。


「──そんなことがあったんだな。許せないな、そいつ」


 拳を作り、私と共に怒りを共有してくれる。


 その後に、彼は優しい顔をしてくれた。


「きみはとても心の優しいお姫様なんだな」


「どうしてそう思うの?」


「意識が途切れながらも、周りに迷惑をかけないようにした。氷漬けになっていたのは自ら氷の魔法をかけてコールドスリープしたんだろう。無意識のその行動は心が優しくないとできないよ」


 彼は優しく尋ねてくれる。


「お家に帰ろうか。みんな待っているよ」


 彼の質問にふるふると首を横に振る。


「どうして? もう、悪い奴はいない。きみが倒したんだろ?」


 確かに先生はいない。この手で倒した。もう悪い人はいない。


 だけど──。


「今、私が帰っても城のみんなに迷惑になる」


「きっとみんな、きみの帰りを待っているよ」


「私がいない方が良いんだ。城のみんなも本当はお姉ちゃんの方が大事なんだ。私がいると迷惑だって。第二王女なんていらないんだ……」


「そんなことはないよ」


「そんなことある! 私はお姉ちゃんの劣化版だ。こんな私は必要とされてない!」


 それに、それに……。


「みんなの顔が、私を見る顔が脳裏を離れない……」


 震えてしまう。


 大好きだった人達の私を見る顔。


 殺してやるといったあの顔が頭から離れてくれない。


「必要とされてない、か……」


 彼は寂しく呟くと、こちらを真っ直ぐと見てくる。


「なら、俺と一緒に暮らす?」


「……へ?」


 思いもしなかった彼の言葉に、随分と間抜けな声が漏れてしまう。


「今、きみは心が弱っている状態だ。そんなことがあれば誰だってそうなる。心が回復するまで俺の専属メイドになってくれよ。丁度、サボり仲間が欲しかったところなんだ」


 そう言って微笑んでくれる。


「俺にはきみが必要だ」


 優しくて、甘い彼の言葉に、私は反射的に手を握った。


「一緒に来てくれるか?」


 居場所を与えてくれる彼へ、コクコクと頷いた。


「決まりだな」


 彼は幼い笑みを浮かべたあとに考え込む。


「きみは……ルージュって本名じゃなんだしな」


 彼は思い付いたように私に新しい名前をくれる。


「ヴィエルジュってのはどうだ?」


「ヴィエルジュ……」


 どういう意味が込められているのだろうか。


 でも、なんだかその名前が妙に気に入ってしまう。いや、正確には彼からもらえる新しい名前ならなんだって良かったのだろう。


「はい……はい……!」


「気に入ってもらって良かった。じゃあ、俺を呼ぶ時だが……」


 彼は手をアゴに持っていき、ぶつぶつと考え込んだ。


「マスターも良い。めちゃくちゃそそる。あえてリオンくんとか? うーむ。普通過ぎる。王族がメイドだから偉そうに、お前? ないない。それはない。同い年くらいだから、リオンって呼び捨ても良いよね」


 自分の呼び方でやたらと迷っているところに私は一撃を放つ。


「ご主人様」


「おっふ。やっぱりそれが一番だ。原点にして頂点ってな」


「あ、あの……」


 今から発する言葉が少し恥ずかしくってもじもじしていると、彼は優しく問い返してくれる。


「どうかした?」


「も、もう一度、抱きしめて、くれませんか?」


 さっきの感触が心地良く、欲が出てしまう。


 こちらの欲望を丸出しにしても、彼は余裕のある笑みを披露する。


「どうやら甘えん坊なメイドを雇ったみたいだな」


 こんな欲深い私へ、彼は両手を広げてくれた。


「おいで。ヴィエルジュ」


「ご主人様……」


 私はまた天国よりも優しい場所へ。


 本当に心地の良い場所。


 居心地が良くて、色々と感情が溢れてしまった。それはそのまま涙となって流れ出る。


「ぅ、ぁ……」


 泣いているのに気がついた彼が、私を強く抱きしめてくれる。


「怖かったな。辛かったな。もう大丈夫だ。俺のメイドにこれ以上、嫌な思いはさせないから。これからは楽しいことばっかりしような」


 優しい彼の言葉は私の安心材料にしては十分過ぎて涙は止まらなかった。


「うわああああああ! あああああああ!! ああああああ!!!」


 ずっと、天国よりも優しい場所で泣いてしまった。


 彼は胸元でわんわん泣き叫ぶ私の頭をずっと撫でてくれた。


 涙が止まった時、私は決意した。


 ヴィエルジュはご主人様へ一生を捧げると。


 ♢


 目が覚めると、宿屋のベッドの上だった。


 子供の頃の夢。


 ご主人様に出会った頃の夢。


「アルバートの宿で眠るから昔の夢を見てしまいましたね。いや、それだけじゃないか……」


 ここに来て、成長したお姉ちゃんに出会ったのが大きいかも。


 私がすぐにお姉ちゃんってわかったみたく、お姉ちゃんもすぐに私だって気が付いてくれたね。私達は血を分け合った双子。成長した姿で出会ってもすぐにわかる。


 私の心はご主人様のおかげで回復している。いつでもアルバートに帰れると思う。


 でも、でもね、ごめんなさいお姉ちゃん。


私は、私を救ってくれたご主人様への恩義を一生を費やして返したい。


 だから、私はもうルージュ・アルバートじゃないんだ。


 リオン・ヘイヴン様に仕える専属メイドのヴィエルジュ。


「さてと。受験に合格して、すやすやと眠っているご主人様の布団に潜り込むとしますか」


 こうするとご主人様は照れてすぐにベッドから起き上がる。ヴィエルジュ流奥義、添い寝起こし。


 今日は寮の手続き等で忙しくなる。朝早くから準備しないといけない。


「ふふ。今日も楽しい一日になりますように」


 呟きながら、私はまた天国よりも優しい場所へと辿り着く。

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