第9話 宿代も必要なくなったから合格祝いしよう
「では、ご主人様とヴィエルジュのアルバート魔法学園入学を祝して」
「「かんぱーい」」
コンっとタルジョッキがレストランに低く響く。
今日は合格祝いだ。宿代として取っていた小遣いをパーッと使ってやるさ。
アルバート王国のレストランは大衆居酒屋みたいで、わいわいと盛り上がりを見していた。
あ、もちろん俺達が飲むのはジュースだからね。前世の記憶はあるけど俺は未成年。未成年の飲酒喫煙は絶対にダメよ。
しっかしまぁ、博識高い魔法の国と言えど、この騒がしい光景は脳筋の騎士の国と変わんないね。酔えば人間皆同じってか。
ま、みんなでわいわいする雰囲気ってのは好きだから良いんだけどね。
「ご家族に連絡は致しますか?」
「必要ないかな」
学園側から勝手に連絡はいくだろう。
俺はヘイヴン家を追放された身だ。父上なんかはどうでも良いと思うだろうね、きっと。
「しかし、レーヴェ様には手紙だけでも報告しておいた方がよろしいのでは?」
「それは言えてる。レーヴェには一筆したためるか」
ネックレスの件はどうしようか。手紙で謝ったら怒ってこっちまで来るかな。謝るなら直接謝った方が良い気もするしなぁ。うーん……。
「ご主人様。ネックレスの件で悩んでいるのであればご安心を。どのような対応をされてもレーヴェ様の雷は放たれるでしょう」
「容赦なく言ってくれるなよ」
「まぁまぁ。どうせ怒られるんです。そんなことを考えても仕方ありません。今は食事を楽しみましょう」
ヴィエルジュが楽観的なことを放ちながらスプーンで料理のグラタンをすくうと、そのままこちらの口元に持ってくる。
「なんのマネ?」
「今日のカンセル・カーライルさんの豆知識を披露した報酬です」
そういえば、そんな話をしていた気がするね。
「あーんするのと、してもらうの。悩みに悩みましたが、やはり私はメイド。メイドとしてご主人様にあーんをしたい派ですね」
「スプーンの上でマグマみたいになっているグラタンを俺の口元に持ってくる辺りに、お前の内なるドS振りが垣間見えるんだけど」
「まるで私のご主人様への愛が具現化したようです」
「舌が火傷しちまいそうな愛なんですね」
「ご主人様との恋は火傷上等なんです」
「こっちはまだ覚悟が決まってないんだが」
「はい、ご主人様。あーん♡」
もうこいつは聞いちゃいねーな。
「あーん♡」
でもね、こんな美少女からあーんをされたら素直に受けないと男が廃るってもんよ。
火傷上等だ、ばっきゃろー。
「いかがです?」
もぐもぐとヴィエルジュがあーんをしてくれた料理を食べる。
案外、熱くなかったのでリアクションが難しい。
「うーん。やっぱ、ヴィエルジュが作ってくれた料理が一番好き」
「でゅふっぉ♡」
あら珍しい。
いつもクールな感じのヴィエルジュが吹き出し、大層なリアクションを見してくる。
「い、いきなりは反則ですよ。ご主人様ぁ♡」
「俺の体はヴィエルジュでできているからなぁ」
ヴィエルジュの美味しい料理を食べてここまで大きくなりました。
「も、もう。やめてください」
なんか照れてるヴィエルジュ、やたらめったらと可愛いな。
なんだかイタズラ心が芽生えちまう。
「可愛くて、強くて、料理もできるヴィエルジュ最強かよ」
「ご主人様。それ以上言うと、公衆の面前で愛を叫びますよ?」
「脅しの仕方が独特だね」
今宵の食事はいつもより浮かれた主人とメイドでお送りしております。
『ルージュ?』
楽しく食事をしていると、女性の声が聞こえてきた。
その声にふたりして反応すると、俺達のテーブルの前には、ローブのフードを深く被った人物が立っている。
なんでレストランでフードを深く被ってんだよ、怪しいなぁ。
なんて思っているそいつの視線はヴィエルジュに向いており、数秒間見つめた後に被っていたフードを外した。
ぱさっと淡いピンク色の長い髪が流れると、キラキラと光って見えた。まるで宝石のローズクォーツのようである。
ピンク色の宝石みたいな髪。その綺麗過ぎる髪に相応しい顔立ちは、一目見ただけで男を虜にしてしまうのでないかと思えるほどに愛らしい。若干つり目で強気な顔立ちの奥に、慈愛に満ちた育ちの良さが見えた。
おいおい。超有名人がこんなところでなにしてんだか。
このピンクの髪の美少女は、社交界へまともに出てもいない俺でも知っているぞ。
アルバート魔法王国第一王女、フーラ・アルバートだ。
「あなた、ルージュ、だよね?」
一言、一言を丁寧にヴィエルジュに言ってのける。
美少女同士が見つめ合うってのはなんとも絵になるのだが、現実はとても気まずい空気が流れている。
「行方不明になった私の双子の妹、ルージュ・アルバートでしょ?」
ヴィエルジュは、スッと彼女から視線を逸らしてしまう。
「人違いではありませんか? 私はヴィエルジュ。このお方、リオン・ヘイヴン様に仕えるメイドでございます」
淡々と答えると、フーラがこちらに視線を送る。
「ヘイヴン……? ヘイヴン侯爵家の、メイド……?」
ぶつぶつと呟く彼女の顔は、宝物を見つけたけど思っていたのと全然違ったと言わんばかりの複雑な顔をしていた。
『見つけた!』
『姫様!!』
遠くの方から野太い声が聞こえてきて、「あ、やばっ!」っとフーラは再びフードを被った。
「いきなりごめんなさい。また会えたらゆっくりお話しさせて」
彼女は言い残してそそくさと店を出て行った。
お姫様がお忍びでレストランに来たけど、バレて連れ戻されるって絵面だねぇ。
王女様の背中をどこか寂しそうに見つめるヴィエルジュへ声をかけてやる。
「良かったのか? ありゃお前の姉さんだろ?」
ヴィエルジュは小さく首を横に振ってみせた。
「私はもう、ルージュ・アルバートではございません。あなた様に仕える専属メイドのヴィエルジュです」
「……そっ、か」
その割には彼女の顔が、「仲の良かった姉さんにウソをついてしまった」という後悔をしているように見えるんだがな。
だけど、俺の専属メイドがそう言うのなら、こちらからはなにも言わないさ。
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