お役に立てましたか?
「ボードが目立ちたいための道具に過ぎないなんて、嘘だ!」
だめだよ、朝倉くん。
「会長がさっき言ってました。あなた、毎日ここで滑ってるんですよね? 毎日ボードに乗っている人がそれを好きじゃないなんてこと、あるわけないじゃないですか!」
君の世界を、手放しちゃいけないよ。
「毎日何かを続けることがどれほど大変なことか、私は知っています。それでもそうしないといけないだけのものが、そうせずにはいられないものが、それにはあるんですよ。それが、きっとあなたを支えてるんですよ。私のラジオのように」
そうですよね。石田さん、みやじー。
「ラジオ? 会長、こいつ誰だ。お前、いったい何の話をしてる」
「目立ちたいなんていうあなたの気持ち、私には全くわかりません。目立ちたくないと思ってこそこそと生きてきた私には。けれど、あなたがスケートボードを好きだという気持ちは、私にはわかります。だから、だから」
私は大きく息を吸った。
「自分の好きなものを、そんな風に
ぐっと言葉に詰まった様子の朝倉くんは、顔を赤くして私に怒鳴り返した。
「勝手言ってんじゃねえ。お前にボードの何がわかるって言うんだよ」
朝倉くん。君のその言葉こそが、スケートボードが好きだという何よりの証拠だよ。いい加減に目を覚ませ、好きなものを好きと言えなくて悔しくないのかよ。
「この臆病者。あなたが意地でも嫌いだって言うんなら、私が好きになってやる。貸して!」
私は彼の足元のボードを素早くひっつかんだ。
「おい、やめろ。出来るわけねえだろうが」
「出来る出来ないじゃない、やるかやらないかよ。やろうとしないあなたより、私の方がうまいに決まってる」
だめだ、もう引っ込みがつかない。私はごくりとつばを飲み込むと、両足を板の上にのせて運を天に任せた。ふらつくボードの上で、私の身体がつかの間の均衡を保つ。おお、私立ててる?
と、不意に重心が後方に流れ、次の瞬間には私の目には青い空だけが映った。
「八尋さん!」
白倉さんの悲鳴が聞こえたような気がした。会長、書記の仕事、何も出来ずに申し訳ありません。やっぱり学年成績三位の人を、次の書記にするのでしょうか。それはそれでちょっと寂しいなあ。などと支離滅裂な思いが走馬灯のように浮かぶ中、後頭部の衝撃を予想して固く目を閉じた私の身体は、誰かにがっしりと支えられていた。
「……おまえ、言うこともやることも無茶苦茶だぜ。こんな後先考えない奴が、本当にうちの生徒か?」
恐る恐る目を開けると、間近に朝倉くんの顔がアップで見えた。ひええ、リアル男子はやっぱり怖い。私を抱えてしゃがみ込んだまま、あきれたように首を振る彼の横で、白倉さんが私たち二人を笑って見下ろしている。
「当然。彼女は八尋環季さん、学年成績首位の
朝倉くんは驚いたように、改めて私の顔を見た。
「嘘だろ。この無鉄砲女が」
人と目を合わせるのは本当に苦手だわ、と私は思いながら、とりあえず自己紹介はしておく。
「今度生徒会の書記になりました、八尋です。よろしくお願いします」
「あ、ああ」
「私、確かにスケボーを経験しました。怖くて好きにはなれませんでしたけれど、あなたが夢中になるのもわかる気がします。だから、もし誰かにスケボーについて聞かれたら、あんなものくだらないわよ、なんてことは絶対に言わないと思います。朝倉くんも、もう言いませんよね?」
「……さあ、どうだかな」
朝倉くんは照れたように目をそらした。私、にらめっこで他人に勝ったのは生まれて初めてだ。ちょっと感動しているところへ、白倉さんが私たちに冷たい
「こら、八尋さん。いつまでそうして朝倉くんとくっついているつもりなの」
「あ、ああ? ええー!」
白倉さんが伸ばした手を慌ててつかんだ私を、彼女は強く引っ張って朝倉くんと離れさせる。不機嫌に彼をにらみつけていた白倉さんは、やがてふっと表情を緩めた。
「どう、朝倉くん。八尋さんの言葉に、何か思うところがあったかな?」
「まあ、な」
「でもあなたは、一つ誤解をしているようね。私はここでは滑らないでとは言ったけれど、もう滑るな、なんて一言も言ってないわ。はい、これ」
白倉さんは厚手の紙片を制服の胸ポケットから取り出すと、朝倉くんに差し出した。彼はそれを
「なんだ、こいつは」
「ちょっと遠いけれどね。福岡市内のボードパーク、そこの無料体験チケットってやつかな。せっかくいい滑りしているんだから、こんな公園だけでくすぶらせておくには、ちょっともったいないんじゃない? きちんとしたパークなら、思う存分に自分の力を試せるでしょ」
朝倉くんは少し困った表情だ。
「買いかぶりすぎだな。俺くらいの奴なんか、そこら中にごろごろしてるぜ」
白倉さんは片方の眉を上げて、同じポケットからさらに一通の封筒を取り出した。
「果たしてそうかしら? はい、これも」
朝倉くんは渡された封筒の表書きを見て、さらに困惑の度を深めたようだ。
「……紹介状?」
「朝倉くん。
白倉さんの言葉に、朝倉くんは封筒から目を上げた。
「RAIKIさんか。福岡のボーダーならだれでも知ってるさ、地元出身のプロだろ? それがどうした」
「でも、彼がうちの隣町の工業高校のOBだという事までは、知らないでしょう? 来希さん、そこのボードパークで指導員として勤務されてるんだよ。彼宛てのその手紙の中で君のことを紹介している、滑るところを見てやってほしいって」
朝倉くんは、あきれたように白倉さんを見た。
「何言ってんだ。いきなりそんなものを持って行ったって、プロが相手にしてくれるわけがないだろうが」
ここからが白倉さんの真骨頂、まさに
「ここで君が滑っているところ、悪いけれど隠し撮りさせてもらったわ。そして来希さんにメールでその動画を送ってみた。彼、君に非常に興味を持ってくれたみたいよ。
朝倉くんは驚いて、白倉さんの顔と手元の封筒を交互に見ている。彼女のあまりの用意周到さに、私も舌を巻いていた。なるほど、これが白倉さん流の生徒会の仕事のやり方か。それにしても隠し撮りとは、やはり彼女は、個人情報保護法を
「後は、君次第かな。いくら朝倉くんがスケートボードを嫌っていても、プロになんかなったりしたら、嫌でも注目されることになるでしょうけれどね」
そこまで言って白倉さんはさっさときびすを返すと、すたすたと公園の出口へ向かう。私は慌ててその後を追おうとした。
「待てよ、学年首席」
背中からかけられた声に、私は意地悪で返す。
「その呼び名は嫌いです、二度と使わないでください。書記って呼んでくれないと、絶対に振り向きませんから」
一呼吸置いた後、朝倉くんが一言。
「じゃあ、八尋書記さんよ。お前って、ガリ勉女の割にはさ、結構イケてるよな」
顔を赤くしてうつむいた私を見て、白倉さんがくすくすと笑う。朝倉くんに書記と言い直されても、やはり私は振り向くことは出来なかった。
夕暮れ時の遊歩道で、白倉さんは鼻歌などを歌いながら、ご機嫌の様子である。
「もうこれで、朝倉くんはこの公園で滑ることはないでしょ。苦情も処理できたし、これで彼が本当にプロになってわが校の宣伝をしてくれたら、言うことなしね」
白倉さんはあくまで学校の評判のために働いた風でいるけれど、それは彼女一流の照れ隠しなのかもしれない。白倉さんが圧倒的な人気で生徒会長を任されている理由の一端を、私は垣間見たような気がした。
意気揚々と弾むように歩く白倉さんに、私はおずおずと声をかけた。
「すいません、会長。私、お仕事の邪魔をしてしまいました」
「何言ってるの、ナイス・アシストよ」
白倉さんは私の横に並ぶと、満面の笑顔で私の腰をぐっと抱いた。
「この調子で新学期からもよろしく、八尋書記」
「はい、会長!」
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