同じ夢ならなんだっていい

 その公園は、私の家から徒歩で十分ほどのところにあった。中央公園という名がついている通り、かなりの広さの芝生や大掛かりな噴水などがあり、陸上競技用の小さなトラックなども併設されている。うららかな午後の散歩は、ちょっとしたピクニック気分だ。もっとも、私も白倉さんも制服姿ではあったけれど。


「ところで会長。どうして私の家がわかったんですか?」

「職員室のパソコンから、生徒全員の個人情報をコピーして持っているからね。住所、電話番号、家族構成、学歴、賞罰。おおよそ学校に提出された情報はすべて。ちなみに弟の陸くんは現在中等部三年、成績優秀だし陸上部では中長距離のホープだよね。高等部に進学しても期待できるわね、楽しみだわ」


 今この人、個人情報をコピーしたとか、恐ろしいことをさらっと言ったような。それは明らかに犯罪ではないだろうか。


「それにしても、ですね。公園で行う生徒会の仕事ってどういうことですか? しかも春休みに」


 やはり何か目当てがあるのだろう、白倉さんは広大な公園の中を、迷うことなくずんずんと奥へ進んでいく。


「八尋さん。生徒会の仕事って、何だと思う?」

「え。それはもちろん、学校行事を円滑に運営したり、予算なんかをチェックしたり」


 生徒会についての知識がほとんどない私は、漠然としたイメージのみで答える。私の平凡な回答に、白倉さんはあいまいに微笑んだ。


「実は生徒会役員って、一般的にはあまり人気のある役職じゃないのよね。それは何故かといえば、生徒会の執行部が、実際にはほとんど何の権限も持たされていないから」


 権限がない、すなわち傀儡かいらいという事なのだろうか。私には白倉さんは、女帝マリア・テレジアばりの権力すら握っているように思われるのだが。一七五六年、七年戦争の始まり。世界史はあまり好きじゃないけれどね。


「でも、会長。生徒会って、例えば予算の割り振りなんかで、部活動とかに影響力を行使したりできるんじゃないんですか? 私の言うこと聞かないと、来季のテニス部、予算減らすわよーなんて」


 身振り手振りの私に、白倉さんはあははと笑った。


「八尋さんに限って読みすぎなんてことはないでしょうけれど、それは漫画や娯楽小説の中だけの話。予算だとか学校の備品だとか運営だとか、そういう核心の部分は、すべて先生たちと保護者会に事前に決められているわ。私たちの仕事は、それを追認して生徒に周知することだけ。そりゃあたまには、黒いストッキングを認めてください、みたいな枝葉の部分で政治のまねごとをすることはあるけれどね。基本的に、自治なんてない」


 ほかでもない生徒会長が言うのなら、そうなのだろう。書記になると覚悟を決めて腹をくくったつもりの私だったが、いざ飛び込んでみれば、現実とは案外つまらないものなのかもしれない。こんな私でも何かできるかも、なんて意気込みも、生徒会自体に何の力もないのであれば、それはもう前提からして崩壊している。

 そんな私の胸の内を見透かしたように、白倉さんはちらりと振り返って言った。


「ごめんね、八尋さん。私あなたに、夢見させ過ぎてた?」


 別に白倉さんが謝る必要はない、どんな夢を見るのかは本人の責任だ。たとえそれが、自分ではコントロールできないにしても。


「正直、落胆していないと言えばうそになります。でも私は、会長が誘ってくれたから書記になったのでもあって。多少の失望感には目をつぶれます」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも八尋さん、今話したことは、あくまでも建て前。私だって、そんな先生の使いっ走りみたいな仕事じゃ満足できない。そこで、本日の仕事よ」


 うーん、要領を得ない。もったいぶった言い方で私をじらせるのは、この会長の悪いくせだ。


「だから、何をしようっていうんですか」

「ほら、聞こえない? あの音」


 白倉さんの話に気を取られていた私は、その言葉で初めて周囲に意識を向けた。なるほど、遊歩道の先から、ガシャンガシャンと硬いもの同士がこすれるような音が響いてくる。


「やっぱり今日もやってるようね、最近は毎日だって聞いてたから。それじゃ行きますか」


 道を曲がると、そこはちょっとした円形の広場になっていた。中央にある抽象的な石造りのモニュメントを囲んで、放射線状に石畳みが敷かれている。そしてがらんとしたその場に一人、長身の少年が腕を組んで路面を見つめていた。

 エスニック模様の赤いバンダナを頭に巻いた彼は、広場に足を踏み入れた私たちに気付いて顔を上げた。顎の細い精悍な印象だが、年齢はどうやら私たちとそれほど違わないようだ。シンプルな白いTシャツと黒いスリムのジーンズに身を包んだその少年は、四肢のバランスの良さもあって実にスタイリッシュである。

 そして彼の足元には、タイヤの付いた長い板が置かれていた。トリコロールの派手なカラー、スケートボードという奴かな。スポーツにあまり興味のない私には、特にそれ以上の感想はない。

 しかしどう考えても、生徒会の仕事と今の状況が結びつかない。私の懐疑的な視線を横顔に受けた白倉さんは軽くうなずくと、その男子の方へと真っすぐに歩いて行った。やはりあの人に用事があるのか。大丈夫かな、ちょっと怖い感じなんですけれど、などと思いながら、私は慌てて彼女の後をついていく。

 黙って立っているスケボー少年の前で立ち止まった白倉さんは、いつもの良く通る声で話しかけた。


「こんにちは。直接お話しするのは初めてかな、朝倉あさくらくん」

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