第51話 イオナ vs ユイナ

「さあ! お待たせ致しました! いよいよ、待ちに待った決勝戦! 今回の対戦カードは、やはり夕処方候補となったこの二人の対戦となりました! まず、一人目! 今年の最有力な勇者候補にして、規定年齢に達していないにも関わらず魔法剣術学園への入学を認められた異端児! 昨年は圧倒的な力を見せつけて華々しくも優勝を果たしたが、今年は如何に!? 現学園最強の二年生! ユイナ・ヨワイネ!」


 決勝戦ということもあって、いつも以上に熱の入った実況に観客席から最高潮の大歓声が降り注ぐ中、ユイナは試合場へと姿を現した。彼女の登場で沸騰した会場が更に温度を上げていくが、ユイナは周囲の様子など眼中にすらなく……向かい側からやって来るだろうもう一人の剣士の気配を探ることに集中していた。


「対するは! ようやくここまで勝ち上がってきた、エンペルト家の長女にして第二学年では勇者候補に続くとされる強さを誇る剣士! 遍く強豪を倒してやってきた彼女は果たして、自らの強さを我々に証明することができるのか!? 同じく学園の二年生! イオナ・エンペルト!」


 控えとなっている入り口の暗がりから姿を現したイオナは、会場の歓声に応えることはせず真っすぐにユイナを見据えた。いつものお淑やかな雰囲気とは全く違い、鬼も裸足で逃げ出すレベルの殺気をまき散らす相手に確固たる信念を盾に向かい合う。


「……ここまで来ましたか、イオナさん。悪いことは言いません、棄権してください」


「おいおい、大変なご挨拶じゃねえか。あたしじゃ役不足だから、この大舞台で何の言い訳もなく負けてくださいなんてよ」


「冗談ではありませんよ。やり合ったが最後、あなたは死ぬかもしれません。これは試合ではなく、文字通りの死合いです」


 ユイナの話をお茶らけた風にして聞き流すつもりだったイオナも、それを聞いて一気に表情が険しくなる。無理もない、これはユイナがイオナに対して果たし状を公式の場で叩きつけているに等しいのだから。


 死合う、それは文字に起こした如く命を賭けた戦のことを指す。現代では、かつては戦などにおいて、武人通しで行われる当時の美学から名誉を賭けた戦いに対しても使われることもあったそうだが、今回の場合は前者の意味で合っている。


 つまり、自分と戦いたいなら死ぬことを覚悟せよということだ。別の意味で取るならば、あなたは私より弱いが手加減はできないから殺しますよと宣言されているに等しい。


「おいおい、あたしも舐められたものだな。学年ではお前の次に強いってのに、人の命の心配されるとは良い度胸だ。いやあ、あっぱれだ。……ふざけんな!」


 ドシン! 強い地響きが闘技場全体を揺らした。突然の衝撃に驚いた観客も少なくはなく、実況席も含めて彼女の怒りの波動を感じ取って静まり返る。


 自分の方が実力が下だなどと言われて黙って見ている剣士などいないだろう。増して、この瞬間まで血の滲むような努力をしてきた人間からすれば、これは最大限の侮辱に当たるのだから。


「これだけは言っておく。あたしは、ユイナが思ってるほど弱くなんてねえ。ここまで積み上げてきたものが何でできてるか、それを教えてやるよ。ユイナが勇者になるため鍛錬を続けてきたように、あたしは大事なものを守るために鍛錬してきたんだからな!」


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 イオナの怒り混じりの咆哮は試合開始前のパフォーマンスだとオーディエンスは捉えたらしく、そこかしこから多大なる歓声が湧き上がった。


 しかし、言われたものを言われたままにしないのもまた剣士の性だ。ユイナは腰に下げた剣の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜きながらイオナを鋭く研ぎ澄ませた双眸で見つめ返す。


「イオナさん、あなたこそ自分の方が大事なものを抱えてるみたいに仰いますが、私もまた守らねばならないものがあります。そのためなら、命だって惜しくはない。私は、あなたに勝ってそれを取り戻します」


「……問答は終わりだな」


「ええ、このままではどこまでも平行線ですから。どちらが正しいのか、これで決着をつけましょう」


 ユイナが剣を太陽の光を反射させて挑発すると、それに乗っかる形でイオナも剣を構えた。試合開始前だというのに、お互いに魔力を既に剣に込め始めており一触即発の事態になってきている。


 その空気感は会場全体へと伝播し、いつの間にか静寂を取り戻した会場もまた試合開始の瞬間を今か、今かと固唾を飲んで待っている。


「それでは! これより、ユイナ・ヨワイネ対イオナ・エンペルトの決勝戦を始める! では、見合って……。試合、開始!」


 審判はすぐ後ろへと下がったが、その直後のことだ。一瞬にして互いの距離を詰めた二人は、抑えきれなくなった魔力の塊を乗せた剣を叩きつけあった。


 突風が吹き荒れ、会場がどよめき立つ中、土埃の晴れた舞台上では二人の力は拮抗しあっていた。


「おっと、これは何ということだ! 魔力量では圧倒的なアドバンテージを持っているはずのユイナ選手と互角に渡り合っている! これは、イオナ選手の日々の鍛錬の賜物か!」


「なるほど、体の発達具合が差に出ましたか」


「そういうことだ。いくら魔力を込めようと、素の身体能力に掛け合わせる以上無視はできねえ。あたしと同年代なら、確実にこっちが押し負けてたさ」


「ならば、後は剣技で勝るまで!」


「っ!?」


 ユイナは剣にかかっている力点の位置をずらし、重心をうまくコントロールすることで鍔迫り合いから抜け出した。王国流剣術は剣のリーチが一般的な剣のそれなので、主に中距離から近距離で戦うことに優れている。


 王国流剣術同士の試合で剣術勝負に持ち込んだら、まず有利になるのは間合いを詰めた方だ。


 ユイナはイオナの懐に潜り込んで剣を振るうが、イオナはこれを何とか体と剣の軌道の間に鋼を滑り込ませることでガードする。しかし、無茶な体勢を取ったことが仇となり、ユイナはそのまま大外刈りを仕掛けた。


「ちっ! 体術もいけんのかよ!」


「もらいました!」


「舐めんな!」


 イオナは魔力を使うことで強引に筋力を強化し、空中で駒のように回転することで追撃を防いだ。しかし、踏み込みの威力がしっかりしている分、力勝負はユイナに軍配が上がった。


 イオナの背中に肺から空気を押し出されるほど大きな衝撃が走る。遅れて、自分が彼女の剣圧で押し切られ壁に叩きつけられたのだと理解する。


 全身に走る痺れるような痛みを振り解くように壁から抜け出すが、相手の復活を待ってくれるほど柔い相手ではなかった。


「ふっ!」


「っぶねえ!」


 上段から振り下ろされた剣は、直撃すれば間違いなく相手の頭を一刀両断できる威力だった。魔力を集中させたとしても、頭蓋骨が破壊されることからは逃れられないだろう。


(相手もマジってことか。知ってる顔の頭を正確に狙うとか、どんな胆力してんだ!)


「逃しませんよ!」


「だったら、追いかけてこいよ!」


 これ以上の追撃を許すわけにいかなかったイオナは、一旦距離を取るために離脱する。しかし、逃げ回る彼女を捕まえるべく鬼となったユイナが全力疾走で距離を詰めてくる。


(ちっ、しつけえな。こいつと鬼ごっこなんてしたら、こっちの体力が先に尽きちまう)


 イオナは苦虫を噛み潰したような思いで顔を歪めつつ、次の一手を打つためにユイナを迎え撃つ体勢を整える。剣術勝負で逃げ回るだけでは勝てないのも事実、ならば今度はこちら側から攻めるだけだと考えた。


 しかし、イオナが向かってきても冷静さを保っているユイナは彼女の繰り出す剣を尽く弾き飛ばす。攻めているのはイオナのはずなのに、表情に余裕が見えているのはユイナの方だった。


「おーっと! ここで、イオナ選手のラッシュが続く! しかし、これをユイナ選手は完璧に受け流しています! 一方的な攻撃を仕掛けているイオナ選手、このまま押し切れるか!?」


「押し切って見せるさ!」


「させませんよ!」


 魔力に物を言わせたラッシュも、時間が経てば経つほど僅かに速度が落ちてくる。ユイナはその隙を決して逃すことはせず、徐々に反撃をするための剣筋を入れては綺麗に防御するを繰り返す。


 そして、どちらも一歩も引かない攻防戦の決着は唐突に着くことになる。イオナの振り下ろした剣を上に弾いたユイナが、彼女の懐に潜り込み剣を横薙ぎに払ったのだ。


(剣での防御は間に合わねえ!)


 慌てて剣の軌道を予測し、その場所に魔力を集中させる。一時的に強固な鎧を身に纏うことでダメージの軽減を狙ったのだ。


 だが、これが大きな致命打になってしまう。一般的な剣士の攻撃ならこの程度でも弾き返せただろうが、二つ、三つも格上の相手には紙屑を纏うも同然の所業だったからだ。


 鬼の金棒にでも殴られたかのような強い衝撃が鳩尾に入り、派手に吹き飛ばされたイオナは痛みを感じる間もなく反対の壁に叩きつけられる。


 遅れて襲いかかる嘔吐感と内臓の痛み、そして視界が歪むほどの目眩に苦しめられながらも何とか立ち上がる。確実にどこかの臓器を一つは持っていかれた感じがしたが、休んでいる暇などありはしない。


「いい加減、落ちてください!」


「嫌なこった!」


 ユイナの容赦無い追撃に剣をぶつけられるイオナの胆力の高さは認めよう。しかし、満身創痍の体に今の万全状態のユイナの攻撃を受け流し切れるわけもなく、再び地面の上を派手に転がされる。


「っつう!」


「終わりです!」


「まだだよ!」


 イオナは魔力を一気に剣へと込めると、一直線に突っ込んでくるユイナに対して渾身の一撃をお見舞いする。白い光の柱がユイナに向けて振り下ろされ、流石のユイナも避けるか、あるいはガードすると思われた。


 しかし、ユイナは左の拳に魔力を込めると光の柱を横殴りにすることで軌道を逸らし、今度は逆に白い光の柱を右手に持った剣で作り出しイオナへと繰り出した。


(くっそ……。最初から、勝負は終わってたってことかよ……)


 当然、イオナに回避する術があるわけもなく、彼女にユイナの攻撃が直撃しようとした直前のこと。


「勝負あり! 優勝は、ユイナ・ヨワイネ!」


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 この勝負、ユイナの判定勝ちとなった為にユイナの剣がイオナに直撃するすることはなかった。ユイナは剣を収めても表情が険しいままで、イオナもその場で力無く崩れ落ちて俯いたままだった。


 互いに力の強さを認め合うことも、試合の後には友達に戻るなどというご都合主義な展開もない。これは、互いの信念を賭けたぶつかり合いであり、どちらかの信念は砕かれる運命だったのだから。


 ユイナは特に憐れむ様子もなければ、慰めるようなこともしない。イオナも、ユイナの勝利を喜ぶことも、讃えることもしない。


 二人の間の空気感は凍りついたままだが、それでも時間が止まるようなことはなく残酷なことに実況は続いていく。


「さあ! 優勝者が決まり、拍手喝采のコールが鳴り止みません! この後、すぐにでも表彰式を行いたいところでしたが……。皆様には、大変申し訳のないお知らせがございます」


 急に運営からの空気が怪しくなり、会場はザワザワとした居心地の悪い雰囲気へと落ちていく。ユイナとイオナも、流石の様子の変化に運営の方へと傾注する。


「先ほど、剣聖様から連絡がありました。今、出張に赴いている場所での魔物の発生が止まらず、暫く帰ることができないとのことです! ですので、皆様が楽しみにされていた剣聖様とのエキシビジョンは見送り、そのまま表彰式となります!」


「ふざけんな!」


「一番楽しみだったから最前席に座ったのに!」


「どう責任を取るつもり!?」


「申し訳ございませんが、ご理解の程よろしくお願い致します! 誠に申し訳ございません!」


 今にも暴動が起こりそうな会場の雰囲気を少しでも宥めようと必死で声掛けをする運営だったが、このままでは鎮火するどころか炎上にまで発展しそうだった。


 そんな時だ。巨大な魔力の塊を超上空に検知したのは。


「皆さん! 衝撃に備えてください! イオナさんも!」


「えっ……?」


 ユイナは未だにぼーっとして動こうとしないイオナを抱えると中心から遠ざかるように大きく飛び退いた。直後、隕石でも降ってきたかのように紫色の塊が試合場の中央へと激突し、轟音と爆風を撒き散らした。


「しっかりしてください! こんなところで死にたいんですか!」


「……殺そうとしてたお前が言うなよ」


「そうかもしれませんけど!」


「まあ、助かった。ありがとな」


「お礼はいいです。むしろ、ここからが不味い雰囲気な気がします」


 会場な空気は凍りついたかのように静かになり、全員の視線がこの状態を作り出した元凶へと注がれる。中央で鎮座していた存在が立ち上がると、たちまち観客全員が揃って顔を歪めることになる。


 白と黒の混じったメッシュの髪、黒い生地と金色の線だけで構成された軍服、そして覇王に相応しい黒マントを靡かせる。素顔は奇妙な仮面に隠れて分からないが、奥から覗かせる赤色の双眸は鬼の如く迫力と威厳を内包しており、見つめる弱者を本能的な恐怖を感じ取らずにはいられない。


 会場の中央を占領した謎の男は、誰かなどと聞かれる間もなく黒い剣を天に掲げて宣言した。


「我が名は、魔王イグニス。魔族再興の篝火にして、世界最強の存在……。そして今日は、剣聖の代わりとして貴様らの余興を盛り上げに来た者だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る