第44話 僕の振舞い一つで彼女の機嫌を損ねるのが、少し億劫なだけだよ
モブAさんとの会話もそこそこ弾み、しっかりと温泉を堪能することができた僕はすぐさま寮へととんぼ返りした。今日は武闘会なので授業は休校、代わりに学園からほど近い武闘会の開催場所となっている闘技場に向かい受付を済ませた。
今日は学園でも数少ないお祭りの場ということもあって、闘技場の周囲には出店やトトカルチョ的なやつも出されたりしていた。出店されているものは庶民向けなものが多いが、中にはそうでない上流貴族向けの出店も存在する。
アリスティアか、イオナ辺りが言っていた気がするけれど、この武闘会は学生の中でも特に優秀な人材を発掘するために開かれるイベントで、その証明みたいなのを利用してアリスティアは僕を傍仕え的なものに据えようとしていた。ということは当然、国の偉いさんとか、後は内政に関わっているだろう大貴族さんもこのイベントに観戦に来るということだ。
「あら、こんにちは」
「こんにちはざます。本日もお日柄良く」
「そうでしょう? さあ、ワンちゃん。お前も挨拶しなさいな」
「……わ、ん」
チラリと視線を向けると、何だか重そうな衣装で全身を着飾ったマダム二人が会話をしていた。そして、一方のマダムの足元には鎖で繋がれた魔族が一人、今回は犬の物真似をさせられているらしい。そうでなくても、他の貴族や中には学生でも魔族の奴隷を連れ歩いている。
魔族の奴隷は、貴族にとっては一つのステータスのようなものだ……って話はしたことあったっけ? 現代のSNSとか、ご近所付き合いで「○○飼ってる」とか、「ウチの○○可愛いでしょ?」的なやつと同じイメージだと思ってくれていい。
この光景は特筆して描写するほど珍しい光景じゃない。ペットを連れている人が現代で珍しくないように、この世界では魔族を鎖で繋いで使役することが日常的に行われているのだ。
しかし、ここに出店されているお店の中でも描写して然るべき店が一店あった。店の構え方はお祭りの屋台的なポップな感じだけど、売り出されているのは鉄の檻に閉じ込めた魔族たち数名だったのだ。
「いらっしゃい! 今日は晴天、絶好のお祭り日和だ! こんな日に、運命の出会いを果たしてみたくはないかい!? 貴族の間でも大人気、魔族の奴隷だよ! お祭りの日だから、今日は色々サービスしちゃうぜ! 中には、世には滅多に出回らない上物もあるかもな! ぜひ、見てってくれな!」
出店で売り出されていた魔族は皆、病気や怪我を少なからず負っているようで通行人は目もくれず彼らの前を横切っていく。こうして売り出されている間は劣悪な環境で最低限の食事しか与えられないのに、買われたらそれはそれで死ぬまで主に飼い慣らされる生活が待っている。
あの出店は、正しくこの世の地獄を見事に模型化していた。僕の資産を使えば助けてあげられるけれど、一介の貧乏学生が合計で五百万は下らない奴隷を購入してしまったらおかしいだろう。
「助けて……。だれ、か……」
か細く聴こえた、誰かの声。僕はそれに耳を傾けることはせず、後ろめたさや罪悪感が襲ってくる前にその出店を後にしたのだった。
ユイナやイオナ、シュウヤとは合流をしていない。彼ら三人が闘技場の前で集合しているのは知っていたけれど、僕は敢えてそれを避けるように闘技場内へと入った。
だって、見つかったら色々と面倒だし。それに、こっちにだってやることがあるのだ。
「魔王として、どうやってこの会場に君臨するか……。それを考えなければいけないのだから」
僕が向かった先は闘技場の中にある選手控室、次の試合出場選手はここに立ち寄って装備やコンディションを整えることを推奨されている。殺風景な部屋の中、あるのは最低限のロッカーと防具の山が詰め込まれた樽、そして背もたれのないベンチが部屋の中央に一つ、実に結構なおもてなしじゃないか。
ベンチに腰をかけて一息吐き、魔王としての登場パターンについて考えてみる。闘技場の試合中に乱入する形で入るか、あるいは決勝戦で決着がついた直後に裏ボス的な感じで現れるか、表彰式のときに空に異変が……的なパターンか。
いずれにしろ、僕が魔王としてこの闘技場に現れる理由は一つ、宣戦布告だ。今もこの国のあちこちで虐げられている魔族たちを解放して魔王軍の配下とし、彼らに自分たちの強さを知らしめるための第一歩なのだ。
具体的な計画は……特にない。けれど、国は魔王軍の存在を知ればそんな連中を放っておくことはしないだろう。勇者候補も、勇者も、王国に集う兵士や魔法使いも、全員が総力を挙げて僕らを追い詰めてくる。
しかし、僕らはそれらを圧倒的な武力で跳ね返し、やがて国を乗っ取る……。まずは魔王軍が大手を振って政治ができる環境を作りたい、そのために国……というより、領土をそのままそっくり奪う。これが僕のふわっとした計画の一つである。
内政とか云々はルナやアテナたちが上手くやってくれるだろうし、きっと何とかなるよね。何とかならなかったら、そのときは一度国を滅ぼしてリセットするし、その方がやりやすいまでもあるけど……こういうのは、やり方が分からずとも闇雲に、手探りで方法を洗い出して新しい道を見つけるのが面白いのだから。
準備ができた僕は控室を出て闘技場のリングに続く通路を進んでいく。そして、僕の歩幅に合わせるようにして絶好のタイミングは訪れた。
「対するは、一年生の赤組ながらも武闘会参加のルーキー! しかも、何とアリスティア王女殿下が推薦なされたほどの男! 先日、野外実習中に大怪我をしたというが、果たしてこれはハンデになるのか? それとも、単なる蛮勇で乗り込んだ愚者の一人か!? ネオ・ヨワイネ!」
僕は腰に剣一本を引っ提げて、堂々と闘技場の中へと入場した。アリスティア直々の推薦ということもあり、本来なら僕みたいな赤組底辺存在では浴びられないような拍手喝采に包まれながら戦う敵と相対した。
「よろしく頼むぜ、ネオ・ヨワイネさん。確か、亡くなったユリティア王女の元カレだよな? そんでしかもその妹であるアリスティア王女様の推薦ってことは、よっぽど強いんだろうな?」
「さあね。でも、全力を尽くすよ。怪我が治りかけってところは、本当に申し訳ないけどね」
「聞いてるぜ。でも、包帯もすでに取れてんなら問題ねえだろ。むしろ、がっかりさせてくれるなよ?」
よく言うよ、と心の中で小さく呟いた。こっちはどうやって勝てばいいか、あるいはどうしたら後腐れなく負けられるかを必死で考えてるのにさ。
相手は王国流剣術使い、その水平に構える太刀筋は本家大元王道のそれである。では、僕はどうするのかと言えば……剣をゆっくりと引き抜いてから同じように王国流剣術の構えを取る。
僕の本来使う流派は、この世界に存在しないものだ。だから、相手がよく使うこの構えを必然的に取らなければならない。
しかし、剣を交えての戦いが始まれば赤組である僕が彼みたいな本来の大会出場規定に満たすような上級剣士に勝てるわけもない。
つまり、剣を間でも交えてしまったら僕は負けなければならない。その制約は絶対に破れないし、破ってしまったら「まぐれ」で押し倒すしかないけど何回もは通用しない。
こんな序盤からそれを使うのは悪手だ、それよりもっと使うべきところがある。ならば、どうすればいいのかなんて聞かれなくても分かるさ。
剣を交える前に倒す。これが、僕の必勝法だ!
審判が所定の位置につき、それと同時に会場もさざなみすら立たないほど不気味なレベルで一気に静かになる。互いの緊張感が空気を通してピリピリと伝わり、自然と剣の柄に込められる力が強くなる。
「では、魔法剣術学園二年マイド・アリガトー対、同じく学園一年ネオ・ヨワイネ……。試合、開始!」
「行くぞ! はあぁぁぁぁぁぁ!」
審判の合図とともに、彼の体から白色の魔力が溢れ出る。それをブーストとして勢いよくこちらに迫ってくるのを、僕はじっと動かずに待ち構えていた。
……ここだ!
僕は彼に対して同等の出力の魔力で、尚且つ同位相になるように彼へと標的を絞って放つ。するとどうだろう、彼の中で魔力の波が合成され共鳴振動を引き起こす。
気迫と殺気の込められた勇ましい剣の先が、僕の鼻先へと迫ってきた……が、突如として重力に逆らえなくなった体が傾き、前のめりに倒れ込んでくる。僕はそれをさっと横にずれて避けると、あら不思議。
一人でに倒れた剣士と、剣を振ることもできずに勝負をお預けされた可哀想な剣士の出来上がりだ。
「……それで? 勝負の結果は?」
「あ、ええと……」
審判は困惑しながらも、マイド君の側に駆け寄り容態を確認する。すぐに気絶していると分かったお陰か、釈然としない感じながらも決着の合図を出した。
「マイド・アリガトー意識不明により、勝者、ネオ・ヨワイネ!」
「ふざけんな! こんなの納得いくか!」
「勝負にすらなってない!」
「剣をぶつけるところを見せろよ!」
さっきの入場とは一転、観客からはブーイングの嵐が巻き起こった。しかし、僕はそれに構うことなく会場を後にしようと後退する。
その際、チラリと観覧席の正面を見るとそこには貴賓席と、スペースの関係か実況席が構えられており、貴賓席側でアリスティアが女の子らしからぬガッツポーズをしていた。そして、その横には……今回の黒幕らしい学園長らしき人の姿もあった。
綺麗な白髪に、ちょび髭、柔らかい笑みで僕の勝利を小さな拍手で讃えていた。人柄は凄い良さそうだけど、意外な人が真犯人なんて漫画やドラマではよくある展開だから、今回もきっとそうなのだろう。
でも、今の僕は決して興味を抱かない。何故なら、今の僕は国の闇とか、魔王の陰謀論とかとは無縁な単なる底辺学園生の一人なのだから。
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