第43話 会議は踊らないのが当たり前だ

 モブAは、一度話を切り替えるためにコホンと小さく咳払いをして、いよいよ彼女らがここに僕を呼びつけた理由を開示し始めた。


「では、ご報告申し上げます。研究会の方に、またしても動きがありました」


「魔導叡智研究会か」


「はい。奴らの次の狙いは、どうやら学園の生徒たち……。いえ、もっと正確に申し上げるなら、学園に通っている生徒たちが持つ魔力です」


 へえ、魔族ばかりを狙うのかと思っていたのだけれど、学園の生徒にまで目をつけたのか。ということは、今度のターゲットの中には必然的に僕も含まれるってこと?


「研究会は、魔族の力を掌握することに躍起になっているという話だったが……。何故、このタイミングで僕たち学園生を狙う必要がある?」


「聡明な魔王様なら既にお分かりかとは存じますが、お答え申し上げます。先日、研究会の目的遂行のためにユリティア王女とアリスティア王女を誘拐した一件があったかと思います。その際、奴らは計画の要となる人物を二人も同時に失ったことで大打撃を受けました」


「確か、あの二人の魔力を抽出し半魔に関する研究を進めるということだったな?」


「仰る通りです」


 現状、半魔の存在は彼らが目的を達成せる上では最も理想に近しいものだ。人の姿を保っていながら、魔力量は人族を遥かに凌ぎ魔族並みの出力を持つ。


 ユリティアは生まれた境遇や育った環境の影響もあってその力を十全に扱えている感じではなかった。けれど、こちら側に引き込んだ以上、八魔将の誰か、あるいは他の部下の誰かがユリティアを本来持つべき強さへと導くだろう。


「その研究が事実上、凍結状態となった今……。研究会は、別のアプローチを試みることにしたようです。それが、既に手に入れている資料などを元に半魔の再現実験を行うというものです。その過程で、膨大な魔力を必要としています」


「だから、足りない分を学園生で補うというわけか」


「魔法剣術学園には、国内外問わず優秀な魔力を持った人間が集まっています。相手は学生、襲われれば抵抗などできるはずもありません。研究会にとって、これほど都合の良い施設は存在しないでしょう」


 まあ、僕ほどではないにしろ優秀な生徒が集まっているという点は否定できない。既に勇者候補となっている妹のユイナを筆頭に、先輩でシュウヤの姉でもあるイオナ、王族で元から才能に恵まれているアリスティア……きっと、探せば僕の目に止まるような生徒も出てくるだろう。


 しかし、研究会に対する疑問も実はあったりする。


「自らの目的を達成するために手段を選ばない……。一見すると筋が通っているように見えるが、その実、奴らは自らを危険に晒そうとしている」


 今まで、研究会は王国の裏側から表側を見えない糸で操っていたイメージだ。それなのに、魔王剣術学園という王国の中でも戦力育成機関の要になる部分を大胆にも狙っているところが割と解せない感じだったのだ。


「魔王様なら既に答えを得ているかとは存じます」


「構わん。言ってみよ」


 そうじゃないと分からないし。とは、流石に言うことができない。


「はい、かしこまりました。実はここ最近、聖皇国において大きな計画が動いています。その内容自体はまだ調査中ではありますが、大量に魔力を要する何かと関連があるとだけはお伝えできるでしょう」


「今度は聖皇国か……。研究会が何を企んでいるのか、まだ僕の知るところではない」


「魔王様でも、分からないことがあると?」


「全知全能というわけではないからな。だが、大量の魔力が必要な事態ということなら心当たりがある」


「それは、本当ですか?」


「ああ。魔王に二言はない」


 大量に魔力が必要な案件……。実際、僕がここ一番に魔力を使ったことと言えば、特大の必殺技を研究・開発することだ。


 要するに、研究会は最終兵器的なアレ? 小国一つを吹き飛ばすステルス性核兵器とか、天空から降り注ぐ超高熱光線の槍とか、人工太陽を意図的に暴走させるとか? そういうものの開発をしてるんだよ、きっと。


 分かるよ、そういうのって人類にとっては一種のロマンとも言えるからね。魔族としての力を手に入れた次は、そういう兵器を突きつけて「従わなかったら消し炭にするぞ」的な感じで脅しをかければ、もはや従わない人間はいないだろうし。


「やはり、流石は魔王様です。あらゆる叡智を抱き、その聡明さで八魔将を始めとした多くの魔族を従えるお方……。私も、ゆくゆくは魔王様のような魔族になりたいです」


「今の僕は人族だけどね」


「関係ありません。魔王というのは、魔族の王であるからこその魔王。今の貴方様は、そう呼ばれるに相応しい実力を有しておられることを断言いたします」


「そうか」


 種族の枠に囚われず、実力者こそが魔王に相応しいって感じだよね。前の世界みたいに年功序列や歴史・伝統主義的な考え方だったらどうしようって思ってたけれど、実力主義な部分を肯定して推してくれる人がいるのはありがたい。


 元々、僕たちがぶっ壊したいのはそういった種族としての枠組みなわけで、魔族も人族も共生する世の中を目指すなら必要な考え方だ。最も、もしかしたら一部は人族を逆に支配してやろうって考えてる人もいるかもだけど、それはまた追々進路変更をしながら決めていこうっと。


「さて、話を戻しますが……。本日開催される武闘会、ほぼ間違いなく組織の人間が何処かで我々の動向を監視しているかと思われます。そして、その主犯格は……」


 主犯格は? きっと、生徒の誰かが紛れ込んでるとか、身近な人間が実は組織の手のものだった的な展開かな?


「学園長です」


「……え?」


「あ、ですから学園長です」


「……だろうな! 当然、分かっていたとも!」


「流石は魔王様です。もうそのようなところまで答えを導いておられたとは……」


 あはは、と僕は適当な笑って誤魔化しておく。というか、学園長って会ったことあったっけ? 計画の主犯にしては存在感が薄すぎるというか、どこに伏線があったのってくらい人相とか覚えてないんだけど……。


 まあ、いいか。こういうのは、予め分かってる犯人がフェイクで実は意外な人間が犯人だったって展開もあるし。そういう方向性も視野に入れながら立ち回るとしよう。


「……ならば、こちらとしても挨拶しないわけにはいかないだろう」


「一体、何を考えておられるのですか?」


「それは、まあ……。蓋を開けてのお楽しみ、というやつだ」


「か、かしこまりました!」


 ぽちゃん、と水面が小さく波打った。彼女は大きく体を動かし、秘湯から体を引き上げようとして一度停止する。


「そう言えば、一つご報告し忘れたことが」


「何だ?」


「ルナ様から言伝です。『近々、例の人に接触する』と。それだけ伝えれば分かるだろうとのことです。それから、偶にはそっちから会いに来てと。以上になります。では、私は別の任務がありますので失礼致します」


 今度は温泉の水面が大きく波打って僕の腕や体に押し寄せてきた。こうして一緒に浸かる温泉仲間がいなくなるのを肌で感じるのもまた情緒の一つ、寂しくなる心は注がれ続ける湯の温かさで補うとしようか。


 後ろの扉がガラガラと閉まる。そして、幾分か経過して彼女の気配がなくなった後に遅れてずっと思っていたことを口にする。


「……例の人って、誰のこと?」


 僕の問いかけの代わりに、ぽちゃんと温泉の水面が揺れた。暫くはルナの言葉の意味を小さな脳みそで考えてみたけれど、まるで水面の鏡に映る月に手をかけるように、それに対する答えを得ることは今の僕では叶わなかったのだった。

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