第27話 兄を守るのは、妹の特権だ!

 ルナたちの進めていた作戦にイグニスが合流してから二日後のこと、学園では王女誘拐事件で大騒ぎになっていた。しかも、その誘拐犯が学園の生徒で、その生徒もまだ捕まっていないと言うのだから、もう教師陣はてんやわんやになっていた。


「ユリティア様とアリスティア様の手がかりは、まだ見つからんのか!?」


「すみません。唯一の手がかりで重要参考人かつ指名手配犯のネオ・ヨワイネの行方も未だ分からず……。王女殿下お二人に関しても、目撃証言がなく……」


「それはつまり、何も分かっていないではないか! ええい、使えん! 学園が王女殿下お二人を守れなかったとなれば大問題だ! 早く見つけ出さんか!」


「あの、ネオ・ヨワイネに関しては……」


「当然、首に縄をつけて引っ張って来るに決まっているだろうが! 学園の威信に関わる問題なんだぞ! さっさと……ぶべらっ!?」


 話していた教師のうち一人(たぶん、教頭)が床に頭をめり込ませていた。その背後に立っていたのは、黒髪ウェーブを優雅に流している一人の女生徒、ユイナ・ヨワイネである。


「ゆ、ユイナ様!? 勇者候補の貴方が何故ここに……」


「ネオ・ヨワイネは私のたった一人の兄。あの人が犯罪なんて犯すはずがない。だから、私が先に探し出して兄の無実を証明する。誰一人とて、指一本触れさせはしない」


「ですが、これは学園側の問題です! 我々が解決しないと今後の運営にも関わる問題でして、そういうわけには……っ!?」


 彼女を止めようとした教師の口が、強制的に閉じさせられる。彼に襲いかかった強烈な覇気が、全身を強張らせ黙らざるを得なかったのだ。


 彼女の美しいウェーブヘアの先が乱れるほどの黒い魔力の奔流が怒りの代弁者として吹き荒れていた。黒かった瞳は赤色に染まり、圧倒的なパワーで地面にヒビを入れる佇まいは悪魔そのものだった。


「……私の邪魔をするのは構いません。ただし、その場合は強制的に排除します。容赦はしない」


「……」


 教師は腰が抜けてしまい、その場にぺたんと座り込んでしまう。目の前の怪物の顔を見上げる彼は、ただユイナの処刑対象から外れることを祈ることしかできなかった。


 ユイナは教師が自分を止める気がないと分かると、地面を踏み砕きながら校舎の外へと歩いていく。残された教師はただ、安堵のため息を漏らすことくらいしかできなかった。


 今日は曇天に覆われた、今にも降り出しそうなほど湿度が高い最悪の天気だった。太陽が出ている時より暗い街並みは、こらから起こる災厄の予兆を表しているかのような雰囲気を醸し出していた。


 そんな中、ユイナは真剣を腰に携えると迷うことなく混沌と狂気の伏魔殿へと飛び込んでいく。魔力の出力は徐々に上がり、足裏から放たれた黒い閃光が一筋の槍となり、王都の馬車道を駆け抜けていく。


「な、何だ!?」


「今、凄い勢いで何かが通り過ぎたぞ!」


「どうなってるんだ! 今日の王都は!」


 人の目に止まることもなく進み続けるユイナは、自分の敏感な魔力センスを活かしてとにかく魔力が集中している場所を目指していた。


(もしも王女二人の居場所がこの魔力の流れの大元なら、きっとこの王都の中心街の地下に兄様はいる……。待ってて、すぐ助けに行くから!)


 彼女の足なら、もうあと数歩踏み出せば辿り着く距離のはずだった。しかし、彼女の進路の真上から巨大な魔力の塊が降ってきたことで、彼女は大きく後退せざるを得なかった。


 まるで上空から投下された爆弾のように、その魔力の塊は着弾と共に地面の衣を剥いで周囲を爆風の海に沈めた。ユイナは本能的に剣を構えて警戒、視界が晴れるのを待っていると黒装束に身を包んだ何者かが彼女の進路へ立ち塞がる形で立っていた。


 彼、あるいは彼女はフードを深く被っている上に、顔を画面らしき物で隠しているせいで素顔を伺うことはできない。


 しかし、一目見てユイナは気を抜いてたら死ぬと悟った。相手から感知できる魔力量が、自分と比べても遜色ないどころか上回っている可能性すらあったからだ。


「……あなた、何者? 私はこの先に用がある。邪魔しないで」


「残念だけれど、私たちもこの先に用事があるの。あなたのような人間に邪魔されると、彼らの手がかりを失いかねないから困るのよ。だから、悪いけど妨害させてもらうわ」


「お前に、私の兄を助けることを妨害する権利なんてない! 兄を守るのは、妹の特権だ!」


「威勢だけは良いのね。でも、気迫だけで私を超えられるのかしら?」


「なら、試してみる? 勇者候補として厳しい修行を乗り越えてきた、この私の力を……!」


 ユイナの体からは漆黒の暴力が、黒装束の体からは純白の雷が吹き荒れ衝突する。とても高い魔力濃度に犯された周囲の人間たちは、耐性の低い者たちからバタバタと意識を失い倒れていく。


 それだけ二人の魔力出力は尋常でないものであり、これは天災同士のぶつかり合いなのだ。


「悪いけど、私は虫の居所があまり良くない。兄に寄生していた害虫がいなくなったと思ったら、今度は指名手配犯なんかにされて可哀想。これを機に、兄には私以外の女と関わらないよう調教する必要がある。そして、兄を危険な目に遭わせた存在全てを斬り伏せる」


「お兄さんにご執心なのね。でも、私もあの方のために全力を尽くすって決めてるの。想い他人のため、譲るわけにはいかないわ」


「お互い、愛のためには引き下がれないということ……。なら、これで決着をつけるしかない」


「そうみたいね」


 ユイナは剣を水平にする王国流剣術の構えを、黒装束は魔力で作った黒剣を中段に構える見たこともない剣術の構えを見せる。


「最後に、名乗っておく。私は勇者候補にして最愛の兄を守る騎士、ユイナ・ヨワイネ」


「私は魔王軍八魔将の第一席、ルナ」


「ルナ? ……いや、別人か。あなたは、彼女以上に強い力を持ってる」


「そう。あなたも中々のものよ。でも、今日でお別れすることになるわね」


「それはこっちの台詞。魔王軍なんて名乗られた以上、勇者候補として灰も残さず消し飛ばす!」


 二人の魔力のチャージが満タンになったのはほぼ同時、そして対称的な色合いを持つ二つの魔力が弾けたのも同時だった。互いの剣がぶつかり合い、己の信念のために相手の心身を噛み砕かんとせめぎ合う。


 ここに、魔王の配下最強の剣士と学園最強の勇者候補生との戦いの火蓋が切って落とされた。

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