第25話 有する者

 この世の中は皆に対して、平等に不平等が与えられている。


 ユリティアは自分の才能を自覚した時と同じ頃、そう思い始めていた。


『ユリティア様、今日も何とお美しい』


『ユリティア様、また一つ剣の腕を上げられたそうですよ。まだ幼いのに、既に騎士団団長よりも強いのだとか』


『この間、著名な学術論文を書いた大先生を相手に、対等に議論をされていらっしゃったそうだ。技能だけではなく知能までも高いとは、国は安泰ですな』


 誰にでもできないことを普通にこなすことができる、それは外から見れば素晴らしいことなのだろう。しかし、ユリティアにとってはそんな単純なことでもなかった。


『9997、9998、9999、10000!』


 剣術の腕が短期間で上達した理由とは何か? 雨に打たれようと、雷が鼓膜をつんざこうと、風が身体の熱を攫おうと、彼女が努力をし続けたからだ。


 その日も、一万を超えてもなお素振りを止めることはしなかった。誰の為でもない、自分のために剣を振るい続けた。


 何故なら、誰もがユリティア王女殿下という仮面の姿に期待を寄せているからだ。少しでもしくじれば、誰かの期待を踏みにじることになってしまうからこそ気を抜くことはできなかった。


 鍛錬が終わり全身の筋肉が悲鳴を上げようと、彼女の立てたスケジュールに支障をきたすことは許されない。


『次は……。図書館に行かないと』


 向かった先の図書館には、天井に届くほどの高さもあるぎっしりと中身が詰められた本棚が所狭しと並んでいる。ユリティアはその中から毎回、最低でも十冊の書物を読んでは記憶している。


 次期王女になる人物が脳筋だと思われて舐められないようにする為にも、勉学もまた習得は必須事項であった。家庭教師もつけてもらってはいるが、それで満足していてはいけないと自分に言い聞かせて頭の中を流れる無限に等しい情報を全て細胞の隅々に埋めるように敷き詰めていく。


 ただでさえ休まる暇もない彼女が、更に気を抜くことができない理由がもう一つあった。それは、妹であるアリスティアの存在だった。


『姉様、凄い! その技、どうやってやったのか教えてください!』


『姉様、この文章の解読方法が分からないのですが……』


『姉様は本当に何でもできるわね! 私、大人になったら姉様みたいな人になりたい!』


 アリスティアがまだまだ幼い時、ユリティアは毎日のように彼女から色々な褒め言葉を聞いては頰を緩めていた。自分の愛する妹から誰よりも賞賛の雨あられを受けて、その度に自分はちゃんと向かうべきところへと向かえてることを確認していた。


 妹にだけは情けない姿を見せられない。ある意味、彼女の屋台骨とも言える強固な誇りが日々の疲れを吹き飛ばしてしまっていた。


 だから、彼女は妹以上に努力せねばならなかった。自分よりも才能があるかもしれない妹に追いつかれないように、必死になるしかなかった。


 だが、いつからかアリスティアはユリティアのことを親の仇でも見るかのような対抗心を燃やすようになった。それ自体は良いことだったのかもしれないが、そのせいでアリスティアの成長は著しく止まり、姉妹の仲も若干ぎくしゃくしてしまった。


 それでも、ユリティアはアリスティアのことを愛していた。だから、できる限り彼女の力になりたいとは思ってはいたが、反抗期のアリスティアには自分の言葉は届かない。


 最近、とある男の子にアリスティアが負かされた一件で少しは話をしてくれたと思ったら、今度はその男との間で問題を抱えることになるとは思いもしなかった。


「アリスティア……。どうすれば、昔みたいに戻れるのかしら?」


 学園の寮内、ユリティアの自室にて机の上に飾っていた昔の写真をそっと撫でながら呟く。そこに写っているのは姉妹の仲睦まじい笑顔の写真で、誰が見ても正真正銘の仲良し姉妹の姿だった。


 もしも過去を切り取って持って来ることができるなら、間違いなくこの写真のような瞬間をまた共有したいと願っていた。


「私は、私に才能が無かったらなんて言わないわ。でも、私だって一度くらい自分の努力を認められたい。アリスティア、あなたと同じようにね」


 自分の積み上げてきたものは、決して才能なんていう簡単な言葉で片付けて良いほど柔く脆いものではない。しかし、アリスティアは未だにその事について誤解している。


 才能があったところで、結局は積み上げられるだけの自力が無くてはならない。その事に自分で気づかない限り、姉妹の仲が戻ることはないだろう。


「どうすれば、分かってくれるのかしら……。そもそも、姉妹で仲良くしたいだけなのにどうしてこんな回りくどいことをしないといけないの?」


 どうしようもなかったとはいえ、もっと姉妹で仲良くやっていく方法があったのではないかと思うと机に向かって溜息の一つも吐きたくなる。


「そうだわ。今度、お菓子を焼いて持っていきましょう。それで一度話し合いの席を作れば、あの子も耳を傾けてくれるかも」


 そうと決まれば、と行動を起こそうと立ち上がったところで一匹の伝書鳩が窓ガラスを足で叩いていた。


「あら、何かしら? お父様からのおつかいだったりして」


 窓を開け放ち、伝書鳩の加えていた羊皮紙の手紙を受け取りバサバサと飛び去る彼の姿が見えなくなるまで見送った。そして、受け取った手紙に目を通した瞬間……。


 彼女の体から黒色の閃光がほと走り、部屋の空気を激しく震撼させた。


「私の……。大事な妹をどこにやったあああああ!」


 彼女は溢れ出す魔力で体を強化すると、稲妻の如く窓から飛び去り空を駆けた。その手紙に書かれていた内容は、非常にシンプル極まりないものだった。


『貴様の妹は預かった。返してほしければ、地図に記した場所に一人で来い』


 彼女が彼らになす術なく捕えられたのは、それから三十分と経たないほど短い時間だった。

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