第24話 持たざる者

 世の中は平等に、誰にとっても不平等にできている。


 アリスティアが物心ついたときには、既にそのことに気付いていた。


 才能に恵まれ、優秀な能力を発揮し続ける姉のユリティアの姿を間近で見てきたからこそ、そんな眩しい姉の姿に憧れを抱き彼女もまたその才媛へと近づくべく研鑽を始めた結果の弊害とも言える。


『ユリティア様、今度は王都でも名のある剣士を打ち負かしたそうですよ』


『この間は、解読困難とされている古代文字をあっさりと解いたとか』


『おまけに魔力の量も代々伝わる王家の中で最も高いと言われている。これで、次代は安泰になること間違いなしだ』


 皆が口々に呟く姿を見る度に、アリスティアは自分とユリティアの間にある絶対的な値からの差に打ちのめされてきた。どれだけ頑張って崖を登り、地を走り、血と汗の味を噛みしめながら努力を重ねようと、姉は天高く舞う鳥のようにどこまでも遠くへと行ってしまう。


 努力など無意味なのではないか? そんなことを思うのも一度や二度の話ではない。


『アリスティア様の様子はどうだ?』


『魔力量だけなら、将来的にはユリティア様を超える。磨けば光るはずなのだが……』


『未だに、打ち合いの稽古ではユリティア様から一本も取れていないのだろう?』


『それだけではない。記憶力も悪いとは言わないが、ユリティア様ほど良いわけでもない。彼女は、魔力が多いことだけが唯一の取柄となっている』


『力があっても、振り回されるだけならその程度ということか』


 自分の気も知らないで、外野は言いたい放題だ。こんなにも努力しているのに、彼らは結果しか見ていない。


 冷静に考えてみれば、何もおかしなことはない。どれだけ過程を積み上げたところで結果を出せないのであれば、それは努力をしていないことに等しい。


 努力はできる、でも剣術で姉には勝てません。努力はできる、でも姉より勉強することはできません。


 これで一体、どこの誰がアリスティアを頼ると言うのだろうか? 自分よりも実力のある姉の方を頼りたいと思うのは当然の心理であり、アリスティアの姿など眼中に入れることもしないだろう。


 それでも、アリスティアは諦めることができなかった。姉の後ろ姿を追いかけていれば、いつかは姉に近づけるのではないか。


 そう思ってがむしゃらに頑張ってきたが、いつの間にか姉になることばかりに必死になって大事なことを見失ってしまっていた。


 だから、彼に言われたことはアリスティアにとっては頬を平手打ちされたような衝撃に等しかった。


 姉になることはできない。どれだけ姉の真似をしようと、どれだけ姉に近づこうとしても、客観的に見ても全く同一の人間ではないのだから当たり前と言えば当たり前のことだ。


 しかし、それを彼の口から指摘されたことが何よりも重要だった。


 今まで、自分のことをちゃんと見てくれた人間が姉以外にいなかったから、姉以外と比較しようもなかったのだ。


 ずっと傍にいた姉に言われても反骨精神から反抗的な態度を取ってしまうが、そうでない赤の他人からの指摘なら無視するわけにもいかない。


「どうして、こんな簡単なことに気付けなかったのかしら?」


 いや、そうじゃないとアリスティアは思い直す。きっと最初から分かってはいたが、姉になれないと認めてしまうと姉の才能に勝つことはできないと屈服してしまうようで怖かったのだ。


「でも、今からでも遅くないはず」


 ずっと姉のことを目指してきた。しかし、一番大事なことは姉になるのではなく姉を超えることだった。


 原点回帰することができた今の自分なら、きっと超えられる。そう信じると自然と足が前へと向き、雑踏の中でも流れに逆らって力強く進むことができた。


「いえ、もう遅いですよ。あなたには、もう自由はありません」


「……っ!」


「アリスティア王女殿下、一緒に来ていただきましょうか」


 気づけば、背後に立っていた一人の黒ずくめが彼女の首に剣の刃を当てていた。こんな往来で剣を抜いてタダで済むはずがない、そう思って周囲を見渡すと彼らは既に万全の用意を整えていた。


 群衆に偽装した彼の仲間と思われる人間がアリスティアの周りを囲んでおり、もはや逃げる場所はどこにもなく、助けを求めることも叶わなかった。


「しまった……。いつの間に……?」


「我々の気配も悟れぬとは、貴方様もまだまだ未熟……。ですが、ご安心を。そんな術を身に付けなくとも強くなれますから。我ら、魔導叡智研究会の悲願のための礎になることでね」


「魔導叡智、研究会?」


「ええ、そうです。魔族でも人族でもない、新たな人種の時代が到来する。その頂点に我らが君臨するのです」


 アリスティアの背後の人物がアリスティアの首に腕を回しギュッと締め上げる。頸動脈が塞がれ、呼吸をしようにも上手く息継ぎもできず意識が遠のいていく。


(このままじゃ……。ねえ、さま……)


 彼女の足が地面を離れ、ジタバタと藻掻くも脱出することは叶わない。霞んでいく視界の中に姉の姿を思い浮かべるも助けが来るはずもなく、いとも簡単に意識を手放させられてしまった。


「くく、王女殿下と言えど多勢に無勢では抵抗もできない。これで我々は、更なる上のステージへと進むことができる。ご協力感謝申し上げますよ、アリスティア王女殿下。国の柱にすらなれぬのなら、せめて我々組織の血となり肉となりて、数十年、数百年先にある我々の未来のためになりなさい。くくく、はーはっはっは!」


 その日、とある男の不気味で高らかな笑い声が王都中へと響き渡った。まるでそれが事件の引き金になったかのように、数時間後にはユリティアまでもが行方不明になってしまう。


 王都動乱は、今この時より始まったのだった。

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