第23話 僕は魔王であって、誘拐犯ではない
僕の部屋の外から足音が数人分、聞こえてきた。何やら物々しい雰囲気で、殺気や闘気のようなものが扉の隙間から漏れ出ているように感じる。
魔力を可視化できる能力を使って扉越しに様子を観察してみると、武装した剣士たち数人が突入準備を整えていた。
「うーん、これはつまり……」
僕が疑われている、ということなのだろう。昨日、アリスティアと一緒にお出かけしたのは紛れもない僕であり、デパートや喫茶店の店員らがそれをバッチリと目撃している。
その後の経緯がどうであれ、僕の身柄は間違いなく重要参考人であり容疑者でもあるわけだ。このままでは騎士団に取り押さえられ、最悪の場合は犯人として処刑されかねない。
「それは困るな……。となれば、ここは逃げる一択だ」
玄関扉と反対側にある窓に立ち、バサッと豪快に窓を開けて気持ち良い朝日と風を取り込む。こんな日は絶好の訓練日和なんだけれど、今回は訓練よりも更に刺激的な遊びが期待できそうだ。
『ネオ・ヨワイネ。いるなら、出てくるんだ。話がある』
「残念だけど、僕は捕まる気はないよ。何てったって、濡れ衣だからね」
『っ! 今から突入する! 奴を抑えろ!』
「もう遅いよ」
剣士たちが魔力を使って扉を豪快にぶち破ったのと同時に、僕は窓から飛び降りて姿をくらませた。自分の魔力を使えばここから一瞬でいなくなるなんて造作もなく、あっという間に学園の外に出て街を行き交う群衆に溶け込んでいた。
「しかし、ここからどうしようか……。僕の冤罪を晴らすには、どうにかして真犯人を見つけないといけない。けれど、今のところ手掛かりは何一つないし……」
そうだ、一つだけ手がある。こういう一人でどうしようもないときは、友人を頼るのが一番良い方法だ。
「確か、ルナと連絡を取るときように決めていた魔力の波長があったはず。ちょちょっと調整して周囲に流せば、誰かが接触してくるかも」
魔力は電波とかみたいに周波数として周囲に飛ばし、連絡手段に用いることもできる。一定の間隔、決められた波長の波を拡散することで仲間たちがそれを拾い、僕からの指令として受け取る。
仲間が近くにいるかどうかは運しだいだけれど、頼れるのなら頼っておくのが一番良い。
「では、早速……」
僕の練り上げた魔力は空気を伝って一定範囲内へとばら撒かれる。個人の持つ魔力の波長とは変えているから万が一、さっきの追っ手たちに勘づかれてもすぐには気づかれないとは思う。
けど、あまり長く発し続けると自分の居場所を知らせることになってしまう。早い所、気づいてくれると良いんだけれど……。
「あの、お兄さん」
「ん?」
軽快な声色で話しかけてきたのは、僕より二歳くらい年下っぽい茶髪の女の子だった。ウェイターっぽい恰好をしているとは思ったけど、敢えて胸元を見せているような破廉恥な格好から察するにアダルトなお店の客引き……。
「……に見せかけた仲間か」
「うふふ、どうぞこちらへ。お兄さん、格好良いからイイことしてあげる」
「なら、頼むよ。そのイイことに期待したい」
「こっちに来て」
少女は何の躊躇もなく近くの裏路地へと入っていく。ジメジメとした薄暗い空間をぐんぐんと突き進むと、何だか悪だくみをしている子供みたいな気持ちになって次第に足取りも軽くなっていく。
「さて、ここまで来ればいいかな~? ね、魔王様」
「ああ、そうだな。では、始めようか」
少女が衣服を翻すと、あッという間に黒装束へと早変わりした。やはり、彼女は連絡役として常に僕の近くにいた魔王軍の一人らしい。
「私はQ。ルナ様からは魔王様の連絡役を仰せつかっております。今後、連絡する際は先ほどのように魔力を飛ばしていただければ私がすぐにでも参ります」
「そうか、ならば今後はお前のことを頼るとしよう」
「そんな! 魔王様から直々にそのようなお言葉を頂けるなんて! ああ、私はなんて果報者なのでしょうか! 何なりと! 何なりと命令をお与えください!」
めちゃくちゃ声が弾んでいるけれど、正直に言ってそこまで大した指示は出せないと思う。精々、馬車馬のように僕がこき使うくらいだろうけれど、それも何だか喜ばれそうな雰囲気を感じているのは気のせいではないのかもしれない。
「では、最初の任を与えよう。アリスティアとユリティアが誘拐された件については、もう把握しているな?」
「は、はい。今、我々も全力を挙げて捜査しているところでございます」
「捜査、している?」
僕が睨みを利かせて問い返すと、彼女は慌てた様子で頭を低くして報告を続ける。
「はっ! ルナ様のお話によりますと、今回の一件もまた魔導叡智研究会の手の者が関わっているとのこと。彼女らを誘拐したのは、奴らが行う新たな計画の礎にするための犯行ということまでは分かっています。ですが、まだアジトの方は掴めておりません。全てを見通す魔王様からすれば愚鈍に見えてしまわれるかもしれませんが、何卒ご容赦ください」
捜査を頼もうと思っていたのだけれど、彼女らが先に捜査を始めていたのなら話は早い。ここは魔王として、彼女らの話に乗っかる形で捜査の方を続けてもらうとしよう。
「我は今、騎士団に追われている」
「は、はい?」
「昨日、我がアリスティアと行動を共にしたことで誘拐の嫌疑がかけられた。これで騎士団の目は暫く我に向くはずだ。その間に、全力を挙げて奴らのアジトと彼女らの監禁場所を特定せよ」
「魔王様自らが囮に……!? 恐れ多いとは存じますが、き、危険すぎます! 今からでも騎士団の奴らを内々に処理し、安全を確保した上で……」
「必要ない。無用な殺生はするな。後始末に時間がかかるのは美しくない」
「はっ! 申し訳ございません! 出過ぎた物言い、お許しください!」
「気にするな。それで、捜査はどれほどの時間で終わりそうなんだ?」
「予定では、午後十七時頃を予定しております。ただ、情報を精査、及びまとめたりする時間も必要でして……」
「十八時だ。十八時までに、我の寮の部屋へと情報を持ってくるがいい」
「十八時、でございますか」
「足りぬか?」
「いえ、十分なお慈悲をいただき感謝申し上げます。では、私はすぐにでもルナ様にこのことを伝達致します。どうか、御身を大事になさるよう」
「ああ。任せたぞ、Q」
「仰せのままに」
任務を理解したQは早速、姿を消してルナの下に向かったと思われる。彼女らは王都にいるはずだけれど、魔王の僕にも潜伏先は分からない。
むしろ、分からない方が都合は良いのかもしれない。万が一、魔王の存在が僕だとバレてしまった場合に彼女らだけでも逃げることができるかもしれないからだ。
「さて、後は……。僕がタイムリミットまで騎士団から逃げきればいいわけだ」
僕は妖しく笑みを作って見せると、薄暗い路地の中へと溶け込むように歩いていく。ここなら入り組んでいるから十分な時間稼ぎになるだろうし、何より、騎士団に追い詰められても上に逃げられるからね。
「さあ、魔王の時間を始めよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます