第23話 彼女から見た世界

 ネオとユリティアがデートの約束をした日、降り注ぐ太陽の光は二人の初めての休日デートを祝福しているかのように照り輝いていた。


 ユリティアは校門前で、改めて自分の装いについて確認する。襟に白いレースが入った黒のブラウスと春物っぽいミルク色のカーディガンで明暗をはっきりさせ、単調にならないよう合わせたブラウン色のロングスカートと厚底ブーツで大人っぽさを表現する。


 デートをするのは初めてだが、今日はできる限り彼を長女の立場としてエスコートしてあげたいと考えている。彼は自分のことにも、他人のことにも基本は無頓着だから世話を焼きたくなってしまうのだ。


「……ネオ、早く来ないかな」


 そんな言葉が独り言として無意識に出るくらいには、彼女はネオのことを一人の男性として意識していた。


 最初の方は印象も何もなかった。どこにでもいる普通の生徒、そんな認識でしかなかった。


 しかし、彼は驚くことに魔族を殺したフリをして一人の魔族を仲間と一緒に救出して見せた。誰もが状況を理解していなかった中、彼だけは全てを見抜いていた上で大胆にも生徒たちと先生たちの前で、それを成して見せた。


 そのことをユリティアだけが分かっており、素直に彼を凄いと思った。魔族が排斥されゆく世界で魔族を助けるという行為を実行したのもそうだが、誰もが助けることは不可能だと思うような状況でそれをやってのけたことが何より尊敬に値することだった。


 同時に、自分には到底真似できないことだと思った。自身の抱えた問題すらまともに向き合えない自分が、他人のために身を犠牲にしてまで行動するなど。


 だから、知りたかった。どうしたら、彼のようになれるのか。


 その答えを得るために、すぐにでも彼に接触しようと思っていた矢先、アリスティアに裏庭に連れて行かれた。彼女が自分のことを虐めるのはいつものことなのでそのことに関しては何とも思っていなかったが、やはり妹と仲良くできないことは少なからず彼女の心を痛めつけた。


 しかし、同時に幸運でもあった。彼が自分からユリティアへと接触してきたからだ。


 自分が半魔である事実を知られたのは想定外のことだったけれど、それを知られたことで逆に彼に大きく近づくことができた。それに、魔族を助けた彼にならいずれは話すつもりでいたので、その手間が省けたことも幸運の一つだった。


「……色々なことがあったけれど、こうしてデートをする仲にまでなれた。彼は、あの時みたいにドキドキしてくれてるかな?」


 彼が告白してくれた時、彼の腕に引き寄せられた時に感じた彼の鼓動はとても速かった。そして、外からでは分からないくらい鍛えられた腕や腹筋に触れた時、自分もまた胸がトクンと高鳴って顔が徐々に熱くなっていることに気づいたのだ。


「……あれが本心でなかったとしても、ドキドキしていた。なら、チャンスがあるかもと思って告白を了承したのは間違ってなかった」


 彼と触れ合うたびに、自分の知らない自分を彼が教えてくれる。自分が当たり前だと思っていた常識が、少しずつ塗り替えられていく。


 だから、今日のデートでも期待していた。自分の常識を変えてくれること、そして自分の運命に抗う勇気を彼がくれることを密かに。


「……そろそろ来たみたい。……あれ、この足音はまさか……」


 校門へと向かってくる足音は二つ、どちらも違う方向から自分を目指さて歩いてくる。そのどちらも、彼女には聞き覚えのある歩調だった。


「あら、遅いじゃない。彼氏なのに、そんなのでいいの?」


「時間通りだから良いんだよ。それより、どうして君がここにいるのかな? 呼んだ覚えはないけれど?」


「私はお目付役よ。今日デートするって話は、生徒たちの間で噂になってたし。あなたが姉様に不埒なことをしないか、見張っててあげる」


「余計なお節介だよ」


 相変わらず、仲が良いのか悪いのか分からない二人だった。しかし、ユリティアはほんの少しずつでも二人の距離感が近づいているのが嬉しくて、笑顔で挨拶することにした。


「……二人とも、おはようございます」


「おはよう、ユリティア」


「……おはよう、姉様」


 ネオは普段と変わらない様子で挨拶をし、アリスティアは目を逸らしながら姉のことを睨みつけようとしきれていない中途半端な表情をしていた。


「ユリティア、アリスティアに言ってよ。今日くらいは勘弁してほしいって。デートに妹同伴なんて聞いたことないし」


「何よ、文句あるわけ? ないと思うけど、あなたが姉様と結婚するようなことがあれば身内になるのよ? 私、お兄様と仲良くしたいわ〜?」


「笑みがわざとらしい。あと、お兄様とか言うな。僕には妹は一人しかいない」


「……確か、ユイナ様ですよね? 勇者候補と噂の。素晴らしい妹さんを持って、さぞ鼻が高いことでしょう」


「そうかもね」


「……まあ、アリスティアちゃんの方が私にとっては自慢ですけど」


「姉様、やめて。そんなお世辞言っても、態度は変わらないから」


 ネオが妹さんの話にあまり興味がなさそうなことが少し気になったユリティアだったが、その話はまたいつか別の機会に尋ねることにした。そんなことより、妹のツンデレ(ユリティア目線)が可愛いと頰を赤く染めて微笑んだ。


「姉様、笑ってないでデートに行くのでしょう? どこに行くつもりなの?」


「……私、行ってみたいところが沢山あるんです。リクエスト、良いですか?」


「いいよ。正直、候補は色々とあったけど決めきれなかったから。ユリティアが決めてくれるなら、その方がありがたい」


「あんた、それでも彼氏なの? ちゃんと男がリードしてあげなさいよ」


「僕は男女平等主義だから、そういうのは気にしないの。じゃあ、行こうか。ユリティア」


 彼は、極々自然に自分の腕を差し出してきた。ユリティアはと言えば、普通、こういうのは緊張するものだと思っていたので彼の大胆さに驚きを隠せなかった。


「どうしたの? 腕、組まない?」


「……いえ、よろしくお願いします。なるべく、離さないようにしますから」


「そうしておいて。僕の側にいれば、取り敢えずは安全だと思うから」


「……ええ。そうします」


 ユリティアはそっと彼の腕に自分の腕を絡めると、解けないようにしっかりと抱きついておく。彼の温もりや匂いに包まれるとクラッとしてしまいそうになるが、彼という支えがあると自然と力を抜いても良い気がして気持ち的にはとても楽だった。


「見せつけてくれるじゃない、全く……」


 後ろから聞こえてきた妹の嫉妬も偶には悪くない。ユリティアはゆっくりとした歩調で歩き始め、それに合わせてくれる彼に身を寄せながら次の行き先を相談し始めた。

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