第22話 予想外の出費はあるから、貯金するのは大切だよねって話

 ユリティアと友達から電撃過ぎるスピードで恋仲になった後、彼女との距離感は更に縮まった気がする。今まで以上に、僕に対して世話を焼くようになっていた。


「……ネオ、今日はお弁当を作ってきましたから、一緒に食べましょう?」


「……ネオ、まだ宿題やってませんよね? これから図書室で一緒にやりませんか?」


「……ネオ、寝癖がついたままですよ。動かないでください、私が梳かして差し上げます」


 恋人っていうか、どっちかって言うと姉とか、お母さんっぽいところが強く出てきた気がする。彼女は多分、親しい相手には世話を焼きたがる性格なのだろう。


 その性格形成が成されたのは、ほぼ間違いなくアリスティアという妹がいるからだ。


「……ねえ、アリスティアちゃん。今日、少し眠そうじゃない? 保健室で寝てきたら?」


「ちょっと夜更かししただけよ。余計なお世話」


「……授業中に寝ないか心配なの。それに、夜更かしは美容の大敵よ?」


「うるさい。言われなくても分かってるわ」


 これは、同じ授業の教室に居合わせた時の休み時間中の一幕だ。反抗期で半魔が嫌いなアリスティアには相変わらず嫌われているのに、ユリティアは曲げずに妹と真摯に接し続けている。


 何だかんだ言っても、彼女はやはり姉なのだろう。僕のような放任主義な人間とは違い、誰よりも妹のことを大事に思っているし、同時に愛しているということが分かる。


 それなのに、アリスティアはその愛情を受け取らないどころか拒絶してしまっている。たぶん、僕に振られて機嫌が悪いこともあるのだろうけれど、一番の理由はやはり半魔絡みのことだろう。


 この国の住人にとっては、それほどまでに魔族を排斥することの方が家族の絆を守ることより大事なことなのだろうかと疑問に思わざるを得ない。


 けど、そんなことは今更考えたって仕方がないことだ。これは常識であって、非常識ではない。


 今は学生だから何もすることはないけれど、もしも魔王となった僕の前にアリスティアが立ち塞がったなら、そのときは容赦なく彼女を……。


「おい、ネオ。次は剣術修練だろ? 早く自分のクラスの実習場所に移動しろよ」


「分かってるよ、シュウヤ」


 シュウヤは確か黄色のクラス、それなりに魔力量も多く剣術の技量も高いので僕とは全く違うクラスだ。僕は彼に促されたことでさっき考えていた黒い結末を想像することはなく、一本の剣を携えてさっさと自分のクラスの実習場所となっている体育館へと向かった。


 この体育館は本来、ケビン先生率いる黒のクラスが実習を行っている場所だった。しかし、体調不良だったはずのケビン先生は数日前から行方不明扱いになっており、捜索は続いているが今のところ見つかる気配はないらしい。


 なので、クロイツ先生が黒と赤の顧問をどちらもやることになり、今回のような剣術修練のときは体育館を二つのクラスが合同でやることになったというわけだ。


「それじゃあ、今日も訓練をするぞ! 二人一組になれ!」


「……ネオ、私と一緒にやりましょう」


「うん、いいよ」


 僕は当然のようにユリティアと一緒に組むことになったけれど、アリスティアはというと誘っている人がちらほらいたが全て断っていた。そして、彼女は何故かこちらへとやってきて僕とユリティアの前で立ち止まった。


「……あ、アリスティアちゃん?」


「私もこのグループに入れて。この様子だと、一人余りそうなの。いいでしょう?」


「……私はいいわよ。ネオは、どうする?」


 ユリティアは不安そうな上目遣いで、こちらの様子を窺っている。彼女の立場を考えるとアリスティアを入れてあげたいのだろうけれど、彼女は思いやりが少し強すぎるから僕が彼女と一緒にグループになるのが嫌なのではないかと気を遣ってくれているのだろう。


「いいよ、別に。僕は構わない」


「……ありがとう、ネオ。本当に、ありがとう」


 感謝されるようなことは何一つない。僕は興味のない人間に関しては、好きとか嫌いとか、そういう感情は抱かないようにしているからね。


「私は感謝しないからね。あなたは私のことを、公衆の面前でこっぴどく振ってくれたし。それが笑い話になってること、あなたは知ってるの?」


「いや、全然?」


「あれは私がしたことだし、姉様があなたを恋仲だと認めたから極力関わらないようにしてあげてるわ。けれど、もしも姉様以外の女が理由だったら今頃八つ裂きにしてるわよ」


「ふーん、そうなんだ」


「どうして他人事なのよ」


「だって他人事じゃないか。好きでもないのに勝手に告白して、勝手に振られたんだから」


「~~~~~っ! 今日の練習、覚悟しておきなさい! ふん!」


 何をそんなに怒ることがあるのだろうか、全て自業自得だっていうのにさ。まあ、好きでもないのに勝手に告白したっていう部分に関しては僕もそうだから、人のことは言えないけれどね。


「……ごめんなさい、ネオ。アリスティアちゃんが迷惑かけて」


「気にしてないからいいよ。そういうお年頃ってことなんでしょ、きっと」


「……本当は他人に思いやりがあって、良い子なの。本当に、良い子だから」


 ユリティアのことはだいぶ分かってきたけれど、アリスティアのことは他人である僕からすると全然分からない。今の今まで、彼女が他人に優しくしてるところを見たことがないからだ。


 けど、剣術修練で彼女と向かい合った時、彼女の性格が一端だけとはいえ見ることができた。


「はっ!」


「ふっ!」


「やあ!」


「っ!」


 王国流剣術の基本の型を一から全て、相手の動作に合わせて繰り出したり、受け流したりするのをひたすら繰り返すのが今日の練習内容となっている。因みにアリスティアが先攻で、僕の方が後攻だ。


 剣術っていうのは、良くも悪くも本人の性格が一番現れると僕は思っている。


 普段から付き合っているユリティアの剣術は、非常に素直だ。基礎に忠実、型から外れることはせず、丁寧で美しい剣運び、足運びを心掛けている。


 最初は、ユリティアとは違ってアリスティアの剣術は荒々しくて、基礎なんてやってられるかみたいな実戦タイプだと思っていた。


 でも、実際は彼女の動きはユリティアと全く同じ、まるで彼女と撃ち合っているような感じがする。ユリティアの動きとアリスティアの動きが重なって見えた時、先ほどのユリティアの言葉を思い出した。


『……本当は他人に思いやりがあって、良い子なの。本当に、良い子だから』


 もしかしたら、アリスティアが姉のことを嫌いなのには他の理由があるのかも知れない。半魔が嫌いってだけが理由なら、こんなにも美しい剣にはならないはずなのだから。


 そう言えば、彼女は戦姫って二つ名もあったな。彼女、剣技に関しては常人よりもかなり技量は上だし、そう呼ばれるのは基礎がしっかりしているからなのかもしれない。


「ねえ、一つ聞いて良い?」


「何よ? 練習中に」


「確か、戦姫だっけ? そう呼ばれていたよね。どうしてなの?」


 これは単なる雑談だ。彼女自身に興味が湧いたわけじゃないし、彼女がどう噂されようと僕には関係のない話で、例え噂が耳に入ってもすぐに忘れてしまうから。


 だから、これは退屈な授業にちょっとした色を添えるだけの雑談なのだ。


「そんなこと……。私、剣を鍛えるために魔族の処刑を手伝っているのよ。それで、その剣が美しいとか何とかで、勝手につけられたってわけ」


「じゃあ、戦闘の経験があるわけじゃないの?」


「一応、あるわよ。でも、もてはやされるほど良い物でもないわ。箱入りの癖に戦場を知らないお姫様って皮肉で使われることもあるもの」


 なるほど、それなら納得だ。僕は彼女に付けられた称号の相応しさに気づかされたが、所詮はその程度の認識でしかなかった。


「そう」


 特に感想も出てきそうになかったので、便利な一言で片付けておいた。


「それだけ?」


「それだけだよ。続きをしよう」


「……そう」


 一貫して興味を持たない態度を取られたら普通は嫌気が差しそうなものだけれど、彼女はどこか嬉しそうに微笑んでいた気がする。


 もしかして、罵られると興奮しちゃう危ない人だったりするのかな?


 そんなどうでも良いことを思い浮かべたり忘れたりしながら、彼女との機械的な打ち合いは暫く続いたのだった。


 一通り撃ち合いが終わり、授業もそろそろ終わりになる頃。運動後のストレッチを終えた僕のところにユリティアがやってきた。


「あれ、アリスティアとの撃ち合いは終わったの?」


「……ええ。アリスティアちゃんは、今は飲み物を飲みに席を外してるわ」


「そう。それで? 何か話があるんじゃない?」


「……分かるんですね」


「一応、恋人だから。それで?」


「……次の休日、デート致しませんか?」


「デート? 恋人としてってこと?」


「……そうです。学園内では色々とやってみましたが、休日に二人でお出かけするのはやったことないですよね。ですから、やりたいんです」


「それはいいけど、休日なら来週には三連休があるし、そっちの方が良いんじゃないの? 噂ではアマゾネスで新作のスイーツも出るらしいし、一緒に食べに行くとかさ」


「……いつも、我儘ですみません。でも、どうしても今週がいいんです。お願いします」


 彼女がお願いをしてくるのはいつものことだけど、今回は何だか様子が異なっている気がしてならなかった。


 断られたらどうしようという不安が強いのもそうだけど、若干の発汗が見受けられる。まるで、行事を行うことに焦りを覚えているような感覚だ。


 別に断っても良かったけれど、特に予定があるわけでもない。最近はルナたちからの通達とかも特にないし、魔王として活躍できるような場面も無さそうなのだ。


「分かったよ、次の休日はデートしよう。行くからには、楽しまないとね」


「……ええ、そのつもりです。よろしくお願いしますね」


 こうして、僕たちは次の休日を使ってデートすることになった。そう言えば、お金とか着る服とかどうしようかな……まあ、何とかなるだろう。


 王族とのデート、精々彼女が恥をかかず、それでいてがっかりさせない程度には頑張ろうと決めてデートプランを練ることにしたのだった。

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