第22話 電撃デート大作戦

 ユリティアとアリスティアとの決闘から数日が経ち、待ちに待った休日がやってきた。こんな日は寮の部屋でゴロゴロするのが一番、なんて考えていたら扉をコンコンとノックされた。


「はい?」


『すみませんが、お客様ですよ。寮の前で待っているそうなので、すぐに行ってあげてください』


「あー……。分かりましたー」


『お願いしますね』


 今の声はたぶんだけど、この寮の寮長さんだと思われる。基本的に男子寮と女子寮に別れていて、異性は許可が無い限り該当しない寮に入ることを堅く禁じられている。


 つまり、僕を呼んだのは異性ということだ。大方、ユリティアがデートにでも行こうとか言って誘いに来たに違いない。


 放課後デートでは食べ歩きをしたり、ウィンドウショッピングをしたり、結構振り回された記憶があるからなー……。できることなら断りたいけれど、そうなると後が怖いし行くしかないか……。


 諦めて支度を整え、寮の前にやってきてみた。すると、意外なことに待ち人とはユリティアではなくアリスティアの方だった。


「おはよう。随分と御寝坊さんなのね。姉様が起こしに来てくれたりしないのかしら?」


「前まではされてたよ。でも、流石に休日だけは辞めて欲しいって言っておいた。ただ、それでもデートには割と誘ってくるから応じてたんだけど……。アリスティアが来たのはかなり意外だったね。何か用?」


「用ならあるわ。私とデートしなさい」


「デート? 僕、彼女がいる身なんだけど」


「知ってるわ」


「何なら君のお姉さんなんだけど」


「そんなこと知ってるわよ」


「何か? わざわざ堂々と浮気してくれって頼みに来たなら、そう言ってほしいよ。丁重にお断りするからさ」


「そうじゃないわよ。もうすぐ姉様の誕生日なの。その様子だと、どうせプレゼントの一つも用意してなかったのでしょう?」


「そうだったんだ。それは知らなかった」


 そっか、ユリティアの誕生日か。誕生日を祝うっていうのはヨワイネ一家ではなかったから、すっかり忘れていた。


 なるほど、この世界にも誕生日を祝うっていう風習自体は存在するんだ。単に家が貧乏過ぎて祝い事に回している予算の余裕が無かったってだけの話らしい。


「今から買いに行くわよ。だからデート。分かった?」


「いや、それなら僕一人で行けば済む話じゃ……」


「さっさとついて来るの。あの時はまぐれ勝ちで、どうせ私に正面から挑んだら抵抗何てできないんだから諦めなさい。ほら、さっさと行くわよ!」


「ぐへぇ……」


 僕の首根っこは悪魔の手にがっちりと掴まれてしまい、そのまま引きずられるの刑に処されることになった。今の僕では成す術もないので大人しく付いて行くことを選ばざるを得ないんだけど、どうしてこうなった?


 まんまと学園の外に連れ出されてしまってからは、彼女の隣から一歩引いた位置で足並み揃えて歩いていた。すれ違う人たちから主に彼女に対して視線がよく注がれるのだけれど、やっぱり王女ともなると目立つのだろうか?


 彼女の姿はいつも通りの制服姿で特に変わった様子もない。強いて言うなら、長い銀髪を後ろでまとめてポニーテールってやつにしてるくらいかな。


 よく思う事なんだけど、あれだけ髪が長くて戦う時とか邪魔になったりしないのかな? 僕の場合は、あまり人に顔を見られるのが好きじゃないから前髪をわざと伸ばして隠しているけれど、戦闘の時になったらちゃんとかき分けておくから視界不良には陥らないし……。


 女の子っていうのは、ファッションに命をかける……らしい? 僕には到底よく分からない美学だった。


「ねえ、ネオ。あなた、姉様のプレゼントには何を選んだら良いと思う?」


「さあ。逆にアリスティアは何を選んだら良いと思うの?」


「……あなた、思ったのだけれどナチュラルに私の名前を呼んでるわね。不敬だとか思わなかったのかしら?」


「ああ、もうユリティアで名前呼びが慣れちゃったからさ。なら、アリスティア王女殿下って呼び直しますか?」


「やめて、気持ち悪い。あなたに敬称敬語を付けられたら全身が痒くなるわ。どう見ても、他人を敬うっていう気持ちが感じられないもの」


「敬うべき人には、ちゃんと敬意を払ってるよ」


「それって、私には払う必要がなかったって言いたいのかしら?」


「ああー、聞こえないなー」


 軽口を叩きながらやってきたのは、大型ショッピングモールになっているマルイだった。最近できた貴族御用達の施設で、何でも王都で流行りの色々なものが揃っているとか。


「さっさと入るわよ。もたもたしない」


「へいへい」


「全く。そんな返事の仕方で姉様のパートナーが務まるのかしら?」


「余計なお世話だよ」


 中に入って目に飛び込んできたのは、現代と変わらないくらい発展したデパートそのものといった光景だった。一階は総菜売り場になっているらしく、あの独特の匂いというかデパートっぽい何かが感じられる風な様相だった。


「さあ、二階に上がるわよ。雑貨なら、姉様でも喜んでくれるかも」


 アリスティアについていく形で「エスカレーター」で二階へ上がると、リフトやスーツのあかきといった見慣れた感じの店名がちらほら並んでいる気がした。


 というか、そもそも何で異世界にエスカレーターがあるんだよ。絶対におかしいと思うのだけれど、ここで違和感と戦ってしまったら負けな気がするので特に気にしないことにした。


「ねえ、こっち来て! これとか良さそうじゃない!」


「どれ?」


 アリスティアが走って飛びつくから何事かと思って後をやや早歩きでついていく。そこはよくあるアクセサリーショップのようで、店先に置かれていたのは金色に光るハートのリングが通されたネックレスだった。


 そこには「数量限定!」という如何にもな売り文句で売り出されており、アリスティアはまんまと釣り糸にかかった魚状態になってしまったらしい。


「学園でアクセサリーを付けるのって、実は結構難しいのよ。ワンポイントにしないといけないけれど、剣術みたいなことするとき邪魔になるのは駄目だし、かと言って地味過ぎるのも困る。でも、これなら服の下に付けておいて、放課後になったら外に出すこともできるじゃない! 凄く良いわ! これにしましょう!」


「まだ他にも良さそうなのはあるでしょ? 順番に見て回ってからでも良いんじゃ……」


「何言ってるの? これが一つ目に決まってるじゃない」


「え、一つ目?」


「まさか、誕生日プレゼントは一つしか贈っちゃいけないって決まりはないでしょ? 分かったら、さっさとお会計を済ませて次に行きましょ。あ、店員さーん! お会計お願い!」


「……」


 僕はそのネックレスの値段を見て絶句した。何と、金貨三十枚ということは換算で三十万円相当のネックレス……。


 それが一つ目のプレゼントなんて、一体姉の誕生日にいくらつぎ込むつもりなのだろうか?


 僕はてっきり、姉を敵対視するような発言が多々見られたからユリティアのことを嫌いだと思っていたけど大間違い。これこそまさしくツンのデレってやつで、彼女は姉のことが大好きらしかった。


 それからも、あれよあれよとプレゼントの数は増えていった。いつの間にか彼女の両手に抱えきれず僕の両手にまで浸蝕を始めていき、二人して大荷物を抱えることになってしまった。


 片や、僕のプレゼント選びは秒で終わってしまった。彼女に買ったのは薔薇の香りとやらがする香水で、小物サイズの小ささにも関わらず一つ金貨九枚という高価な品だった。


 実は、お会計のとき店員さんに「魔王様、ここは我々が持ちますのでどうかお支払いはなさらないでください」と言われたのだけれど、それだといけないからと今回ばかりは断っておいた。たぶん、ここを経営している八魔将の一人の威光で決まったことなのだろうけれど、せっかく頑張って足を延ばしたのだから自分のお金で買い物というのをしたかった僕の我儘でもある。


 デパートを出た僕たちがやってきたのは、「スターボックス」という近くの喫茶店だ。店員さんにはさっさと注文を済ませて、僕たちは「ふう」と歩き回って疲れた体を背もたれに預けて一息ついた。


「それにしても、良い買い物ができたわね。これできっと、姉様も喜んでくれるわ」


「意外だったよ。君がそこまでユリティアのことを好きだったなんて」


「当たり前じゃない。一緒に育ってきた姉妹なんだから。姉様にお話を聞いたりしなかったの?」


「僕は基本的に、その手の話に興味が無いからね。彼女もそれを察して、特に話したりはしないんだ」


「よくそれで恋人が務まってるわね……。この際だから、私が姉様のことを教えてあげるわ。感謝しなさい」


「注文した覚えはないんだけど……」


「良いから聞きなさい。ブレンドコーヒーにお茶菓子のお供は必須だって最近の雑誌に書いてあったんだから」


「あっそう。もう好きにしてくれ」


「おほん。姉様はね、特別なの」


 そうして話し始めたのは、彼女がとても特別な存在であるという話だった。


「姉様は生まれた時から膨大な魔力と、魔力を可視化できるという特別な才能を神より与えられていた。でも、姉様はその力に驕ることなく地道に鍛錬を続けて実力を伸ばしていった。そんな中で生まれた私は、なんと魔力量は姉様以上だと聞かされた。つまり、姉様にも届き得る才覚をちゃんと有しているのだと思った。そのはずだった」


「でも、実際はそうじゃなかった」


「そうね。あなたも、試合を見たなら分かるでしょう? どれだけ私が努力を重ねようとも、あの人の剣には届かない。頑張って追いつこうと必死にもがいたところで、才能には勝てない。一時、私は姉様のことを強く妬んだし、今でもかなり嫉妬してる。どうして、私に姉様と同じだけの才覚が無かったのかって。もしも、姉様と同じくらい強ければ、あの人の隣に堂々と立てるのに」


「……それで?」


「……でも、姉様は私のことを凄く可愛がってくれるの。夜眠れないときは一緒に寝て頭を一晩中撫でてくれたり、稽古にだって付き合ってくれるし、前みたいに困ったことがあったら相談にも乗ってくれる。あれで、かなりシスコンなのよ。だから、私も自然と姉様が好きになった。それに、姉様はとても可愛らしい一面もあるのよ? 自室には自作の縫いぐるみとか結構置いてあるし、友達ができないからってそれらに話しかけて自分を慰めたりもしているの。どう、想像できる?」


「うーん、何となく? あれで結構寂しがり屋だっていうのは、最近分かってきたから」


「あんた、意外と見る目あるじゃない。姉様大好きクラブに入れてあげても良いわよ?」


「それ、どんなクラブ?」


「姉さんを愛でるクラブよ。私が会員番号一番、あなたが二番よ」


「二人しかいないじゃん」


「いいのよ、私たちだけが姉様を愛でることを許されているのだから。ともかく、私は姉様のことが大好き。だからこそ、とても心苦しいわ。二律背反の思いが同居して、どうしようもなくなっている。姉様に指摘された通り、私は姉様に勝ちたいって思いが強すぎるのかもしれない。でも、どうしても勝ちたいの。勝って、自分の力を示したい。私だって姉様の力になれるんだって、分かってもらいたいの」


「……そう」


「それだけ?」


「それだけ。アリスティアはどう思ってるか知らないけれど、少なくとも僕は君が勝てないのは才能だけが原因じゃないだろうと思ってるよ。君の剣は、ユリティアに侵食され過ぎている。姉を思う強い気持ちが、姉の剣に近づけさせ過ぎている。話を聞いている限りだと、君もユリティア同様に基礎からみっちり鍛錬を続けてきたんだろう。でも、そもそも君と彼女では体格や筋肉の付き方も違う。彼女の剣に合わせて戦おうとすると、どうしても重心がブレたり構えがおざなりになったりする」


「っ!? どうして、それを……?」


「最初に向かい合ったときには、既に分かっていたことだよ。君が必死に姉の真似をしようとしているのは伝わったけれど、それでは彼女に届かない」


「でも……。私は、姉様に一歩でも近づきたいのよ!」


「だけど、ユリティアになりたいわけじゃないんだろう?」


「……それは、そう、だけど」


「なら、もう答えは出てる。君は、君の剣をちゃんと身に付ければ隣に立つことができると思うよ。少なくとも、僕と違って君にも才能はあるんだから」


「……そういう、ことだったのね」


 その時、ちょうど頼んだコーヒーが運ばれてきたのでそれに口を付けた。とても苦くて、舌先から喉奥まで英気が染み渡るような芳醇な香りに思わず酔いしれそうになる。


 アリスティアは少々気が抜けてしまったのか、暫く自分の青い瞳をコーヒーの水面に映していたけれど……。それに手をつけることはなく、徐に立ち上がって方向転換した。


「私、帰って鍛錬したくなったわ。コーヒーは、あなたが飲みなさい」


「そう? なら、遠慮なく貰うよ」


「……ありがとう。色々と、救われたわ」


 彼女は大量の荷物を置いて、さっさと走って学園の方へと行ってしまった。陽光を反射する銀髪の揺れ具合が、彼女に繋がれた頸木を引きちぎったような元気さを現わしているようで結構いい絵になっていた。


 きっと、彼女はこれからもっと成長するに違いない。僕も負けないように、必死になって鍛錬を続けないとね。


「それはそれとして、この大量の荷物はどうしよう……?」


 結局、それらの荷物は一人で運べそうになかったので近くにあった郵便局みたいな施設に全部預けてきた。勿論、宛名は全部ユリティアにしておいたけど。


 やることが特になかったので早々に学園に帰り、日課の鍛錬を済ませてからその日は終わったのだけれど……。次の日を迎えたとき、朝の朝刊を見てとんでもないニュースが舞い込んできた。


 アリスティア王女、及びユリティア王女が行方不明に。犯人は一体、何者か?


「……え?」


 どうしてこうなった……? 僕は訳も分からないまま、何度も何度も新聞記事に連なる文字の羅列に目を通し続けたのだった。

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