第21話 恐れていた事態を回避するには、予想の斜め上の行動を要することもある(たぶん)
ユリティア王女殿下とお友達になってから、早くも一ヶ月の月日が経過してしまった。その間にも、一応は魔族の王として学内で色々なところから情報を集めていた。
まず、魔族を処刑していた時に発生した例の侵入者の事件に関して。あれは、犯人の目星もつかないまま箝口令が敷かれることになり、今や誰もあの時の話はしない。
恐らく、学内で余計な混乱や恐慌を避けるための措置だろうね。犯人が見つからないのに騒ぎ立てても仕方ないし、表向きは魔力の暴発とでもしておけばそれで解決だ。
まあ、犯人は僕なんだけどね。それは僕だけの秘密である。
次に魔族の養殖場に関して。まだ確証はないけど、学園内の地下施設にそれは存在していると思われる。
今は特に手を出す気はないけれど、あの助けた魔族との情報も照合して助ける準備を整えられればと考えている。
あと、気になることが一つ。この学内に不自然な魔力の流れがある。その大元をまだ特定はできてないのだけれど、どうやら学外まで伸びているっぽい感じがするんだよね。
でも、これも今はパス。魔力を辿るのって、毛玉みたいに絡み合った無数の糸の中からたった一本の細い糸を探すくらい大変なんだよね。
それなりに労力を要するし、火急の要件って訳でもなさそうだから長期休暇中に調べるのが良いだろう。それか、もしくはルナ辺りと合流した時に調べてもらうのもアリかなって思ってる。
さて、話は変わって僕の友人のユリティアのことだ。
彼女はワンコインの快感に目覚めてしまった後も僕への対応は特に変わることなく、むしろ距離感が縮まってきているような気がしてならない。
「……ネオ。これから帰るのですよね? 途中までご一緒しませんか?」
今日も今日とて、まるで雛鳥が親の後ろを引っ付いて歩くみたいに僕のところにやってきた。この一ヶ月間様子を見てきたけれど、流石の僕も少しだけ心配になってしまった。
余計なお世話だとは思うけれど、ここはお友達としてちゃんと指摘した方がいいのかもしれない。
「別にいいけど、ユリティアはそれでいいの?」
「……というと?」
「僕は見ての通り友達が少ないからさ。僕と一緒にいる時間が長いと、他の友達ができないんじゃないかなと思って」
「……何か、問題でもあるのですか?」
僕は心配して言ったつもりだったのに、逆に質問で返されてしまった。彼女は特に友達が一人しかいないことを気にしている様子はなく、それなら僕もこれ以上は何も言わないでおくことに決めた。
「いや、何でもない。杞憂だったみたいだ」
「……そうですか。では、早速……」
「見つけたわ、姉様」
ユリティアが何か言おうとした時、それを遮って目の前に現れたのは仁王立ちしているもう一人のお姫様だった。スポーティーな金髪と鋭い目つきがクールビューティーなアリス……ティア、様。
辛うじて思い出せたその人物の特徴で覚えてることがあるとすれば、ユリティアの双子の妹で、半魔って理由から姉のことが嫌いってことくらいか。
「姉様、いつの間にかお友達なんてできたのね。しかも男で、こんな冴えない人間を選ぶなんて姉様は人を見る目も腐ってるのかしら?」
ちょっと待って、僕のことを遠回しにディスってない?
彼女と直接会話をするのは初めてなのに、面と向かい合いながら隣人と話してる間に僕のことをなじるってかなり高度な嫌がらせだなぁ。
「ねぇ、ちょっといいかな」
「何? あんたみたいなカスに用はないんだけど」
「カスって……。僕は確かに冴えない人間かもだけど、ユリティアの悪口を言うのは妹としてどうなの?」
「かもしれない、じゃなくてそうでしょ。シグルス王国辺境に領地を構える貧乏男爵家ヨワイネの長男、ネオ・ヨワイネ」
初めて話す相手に凄い突っかかってくるな、このお姫様。ユリティアとは性格が百八十度違ってすぐ人に噛みつこうとする、言わば狂犬みたいな人物だ。
そんな狂犬が今日接触してきた理由は恐らく、ユリティアの秘密を知る人物が僕ではないかと疑い始めたからだろう。無理もない、あの喧嘩の直後にぼっちなユリティアと友達になった人物が現れたら疑うさ。
いつ来るかと思ってたけど、まさか……。
「僕のこと、知ってるんだ? もしかして、事前に調べてた?」
「ええ、もちろんよ。姉様に近づくような下賎な輩がどんなものか調べるのは当然でしょ」
ということらしい。ずっと接触して来なかったのは、僕という人物に関する情報をかき集めていたからだそう。
僕が半魔のことをネタに彼女を脅して何かさせている可能性がないか、その裏を取るためにね。多分だけど。
あるいは、単純に妹として姉がどんな人物と友達なのか知りたかったとか? 嫌いな相手のためにそこまでするのかは、甚だ疑問だけれどね。
「そうしたら、調べれば調べるほど溜息が出るくらい呆れる結果だったわ」
「ふーん? 何が分かったのさ?」
「あなたの家は所謂、貧乏、つまりお金がないの。ヨワイネ家は元々有力な家族の一員だったけれど、あなたの父であるマスタード・ヨワイネは元冒険者のネイチャート・サイエンスと結婚。一度は家族の地位を捨てたけれど、魔物の大群を討伐するのに貢献したことで男爵の地位を与えられた。彼は家族同士のしがらみを嫌ったため、お金にもならない辺境の土地を領地として構え、半ば隠居する形で生活しているわ。ただ、年々経済的な状況が悪化していったからこそ、今はあなたの妹であるユイナ・ヨワイネに勇者になってもらうという形で将来を託すことにしたのでしょうね」
「へえー、そうなんだー」
凄いな、僕の知らないことまで綿密に調べ上げてる。僕にとってはどうでもいいことだけど、彼女の努力は称賛に値すると思うよ。
「他にもあるわよ。あなたの魔力は……」
他にも色々とペラペラと喋っているようだけれど、途中から聞く力も無くなったので「うん、うん」と頷くだけのマシーンとなって内容は全て左から右に聞き流していた。こういう要点を得ないような話し方をする人は、そのうち皆んなから飽きられる存在になるから気をつけたほうがいい。
要点をまとめて簡潔に、これが会話の基本だからね。
「つまり、あなたは姉様からお零れをもらうことが目的なのでしょう?」
「えーっと……? どうしてそうなったの?」
「話を聞いてなかったの? 貧乏で、魔力も無くて、剣術もおぼつかず、おまけにルックスまで平凡以下なあなたが、姉様と普通に仲良くなれるわけが無いって言ってんの!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
彼女はグイグイっと詰め寄ってきて威圧をかけてくるが、ユリティアとはちょっとした秘密を共有しているだけの単なる友達だ。確かに隠しあっている秘密は国家反逆罪レベルのことだけれど、バレなければ何一つ問題はないことだし。
それに、その秘密を抜きにしてもユリティアとは上手く付き合って生きていると思うし、仲良くなってきてる自覚も一応はあるからね。
「あなた、姉様に何をしたの? どうやって取り入ったの?」
「普通にお友達になろうって言った」
「それを私が信じるとでも?」
青い瞳が懐疑的な視線を送り続けているけれど、僕はただ鏡に映る自分を見つめ返すように黙っていることしかできない。痺れを切らしたのかユリティアの方に「どうなの?」的な意味合いを込めて視線を送った。
「……彼の言う通りよ、アリスティアちゃん。私に初めてお友達になろうって言ってくれたから、お友達になろうって決めたの」
「……言わされてるかもしれないでしょ。まだ分からないわ」
「当人の言葉を信じないなら、誰の言葉なら信じるのさ?」
「私は誰の言葉も信じないわ。強いて言うなら、私自身の言葉しか信じない。私が導いた答えが間違うわけないもの。もしも間違っているなら、それは答えの方が間違ってるんだわ」
「そんなわけないでしょ」
まさか、こんな如何にもって感じの「世界は自分を中心に回っている」を体現した人がいるとは思わなかった。その底知れない自信の源が何なのか、それだけには少し興味がなくもないかもしれない。
「ともかく、嘘を吐くのは辞めなさい。本当は姉様を利用するために友達になったって言いなさい」
「嫌だよ」
「このままだと、私が導いた答えが間違ってたって認めることになるじゃない。早く訂正しなさい」
「因みに訂正するとどうなるの?」
「王族を騙していたこと、王族を自分の利益のために利用しようとしたこと、姉様の体を弄んだこと諸々の罪に問わせるわ。取り敢えず、豚箱にぶち込む」
「それを言われて訂正する人はいないと思うけど。それに、体を弄んだ覚えもないし、そもそも彼女とはただの友達だって何度も言ってるじゃないか」
「じゃあ、あんたは何も聞いてないの?」
「聞くって、何を? ああ、もしかしてユリティアが実は食欲旺盛ってこと?」
「え、そうなの姉様?」
「……えっと、はい……。彼にはこっそり話したのだけど、私はその……。食べることが好きで、実は王宮の料理や学食で満足できず……。最近は、ワンコインランチなるものを知ったから、それで結構な量を……。彼には、放課後の運動に付き合ってもらったりもしてるの」
「……何これ、惚気?」
アリスティアですら知らなかったユリティアの一面を聞いて、完全にぽかんとしていた。僕はどうしてそうなるって突っ込みたかったけれど、ここは高い精神性でグッと堪えることができた。
王女二人と板挟み、こんな状況が続いているせいかギャラリーも増えてきた。一刻も早く話を切り上げたくなってきた僕とは対照的に、アリスティアは何やら考え事をしている。
「……やっぱり、勘違いなのかしら? でも、確かに誰かいた気がするのだけれど……」
やっぱり、彼女が調べているのは王族の秘密である「ユリティアが半魔である」ということを僕が聞いていたかどうか、それが気になるみたいだ。でも、それを直接尋ねることは、万が一にも本当に僕が知らなかった場合は秘密を露呈することになるからできないはず。
現状、彼女は疑い続けることくらいしかできないのだ。辛抱強く待って、僕がボロを出すその瞬間を確実に押さえること、それが彼女の現時点での最善手だ。
実は、あの現場には誰もいなかった。そう彼女が結論付けてくれるのが一番ありがたいのだけれど、話した感じ、彼女の性格だと……。
「ねえ、ネオ・ヨワイネ。私と付き合いなさい」
そうそう、こういうときは「私があなたの私生活を見張ってやる!」的なノリになるから華麗に躱してこの場を離れる……。
「え? 聞き間違いかな?」
「聞き間違えてないわよ。私と付き合いなさい。男女の恋仲として」
「……何で?」
「その方が私にとって都合が良いから。姉様とは友達なのでしょう? なら、何も問題ないじゃない。私と付き合えば、四六時中、イチャイチャできるわよ? 貧乏貴族が、王族と。良い思いができていいわね」
こいつ、四六時中ってところをわざと強調したぞ! 顔がめっちゃ悪代官みたいな表情していて、美少女に悪魔が乗り移ったっていうか思考自体が悪魔そのものな気がする。
「おい、アリスティア様が告白したぞ」
「誰、あいつ? あんなのがタイプなのか?」
「確か、ユリティア様と最近ずっと一緒にいる……。まさか、姉妹丼!?」
そんなわけあるか! ごほん、ギャラリーは放っておいてまずは目の前の問題を解決しよう。
僕の懐に潜り込んで胸の内を探ろうって魂胆が見え見えな露骨過ぎるハニートラップに僕が引っかかるわけがない、本来ならね。
今回の相手は王族ときている。そうなると、ちょっとばかり話が違ってくるんだこれが。
ここで無下に断るようなことをすれば、僕の学園生活に少なからず支障をきたす可能性がある。例えお遊びの恋愛だったとしても、それが戯言だったとしても、王女の方から告白したという事実が重要なのだ。
だからと言って、ここで万が一にでも付き合うなんて言ったらこの女は絶対に文字通り四六時中、僕を見張るだろう。彼女の性格上、執念深くて自分の間違いを絶対に正さないし、意思を曲げない、まさに蛇のようなしつこさを余すことなく発揮するはずだ。
いくら精神を鍛えていようと、安心できない日が連続で続けばどこかでボロを出す可能性が無きにしも非ず。このままでは、魔王になる前にユリティアと一緒に心中しなきゃいけなくなる……。
そんなこと、させてたまるか!
「そ、それはできない」
「どうしてかしら? まさか、王族の誘いを理由も断るなんて言わないわよね?」
ヤバい、どうしよう。上手い言い訳が思いつかない……!
このままだと、マジで付き合いたくもない相手と恋仲になってしまう。一番良いのは既に恋仲である異性があることだけど、僕にはユリティアくらいしか異性の友達なんていないし……。
……どうせ失敗したら皆破滅、ここは一か八か賭けてみよう!
「ぼ、僕が君と付き合えないのは……」
「付き合えないのは? 何よ、はっきり言ってご覧なさい」
僕は隣にいたユリティアの腕を組んで引き寄せると、いつものポーカーフェイスで上っ面をキメ顔で偽装しながら言ってやった。
「僕、彼女のことが好きなんだ。できれば、今この瞬間にでも付き合ってほしいって思ってる」
「……え?」
「は? 姉様が好きですって? あんたみたいな奴が姉様と付き合えるわけないでしょう。第一、全然釣り合ってないじゃない! 私とはもっと釣り合ってないけれど、そんな私と付き合えるのだからそれで納得しておきなさい!」
「誰が何と言おうと、僕はユリティア以外と付き合う気はない」
「この分からず屋!」
今更っと自分の方が高嶺の花だって言っていたけれど、華麗にスルーしておく。僕が絶対に意見を曲げないという態度にイラついたらしく、小さく舌打ちをすると今度は標的をユリティアに変更した。
「姉様も、さっさと腕を振り解いて言ってやりなさい! こんな冴えないブスで甲斐性なしな貧乏貴族は付き合えないって! そうすれば、姉様の大切な友達は私が大事に飼ってあげるから。ね?」
僕はもう、彼女の言葉にかけることにしてみた。彼女が少なからず好意を見せてくれたのなら僕は救われ、突き放されたらゲームオーバー。
滅茶苦茶ドキドキハラハラ、心臓の鼓動が鳴り止まないのなんて久しぶり過ぎる。この高揚感を戦い以外でも感じられるなんて、素晴らしいじゃないか……!
頬が緩んで口元が歪みかけるのを必死で抑えながらユリティアの言葉を待っていると、彼女は虫の声くらいか細い音量で何かを発音した。
「……すよ」
「姉様、聞こえない。もっとはっきり言ってやりなさい」
「……だから! お付き合い、してもいい、ですよ。いえ、違いますね。こちらこそ、よろしく、お願いします」
「…………………………は?」
「「「「アリスティア様が振られて、ユリティア様とお付き合いすることになったああぁぁぁぁぁ!?」」」」
「どういう状況だよ。これ!?」
「小説くらいでしか見ない超レアな場面だぞ!」
「誰か、映写機ないのか!? スクープだぞ!」
ヤバっ、ここにいるとスクープのネタにされかねない! こっちは極力目立ちたくないんだ、さっさと逃げるに限る!
「行こう、ユリティア!」
「……はい!」
ユリティアの白い柔らかな手を取り、人混みを何とか避けながら彼女を攫った。軽快な足音は喧騒をかき消し、彼女の靡かせた長髪で金色の軌跡を描くようにして走り続け、やがて無人の教室へと逃げ込むことに成功した。
二人して息を整えた後、取り敢えず僕は彼女を気遣いながら次の行動を即座に決める。
「ごめんね、急に走らせて」
「……大丈夫です、これくらいは。普段から鍛えておいて、良かったです」
「それから、重ねてごめん。君にその、公衆の面前で告白するようなことをして」
「……それも、気にしないでください。私は、あれが最善の選択だったと思いますから。あのままだと、アリスティアちゃんと強制的にお付き合いすることになってたでしょう」
「気づいてたんだ、あれが嘘だって」
「……私も、一応は王族ですから。あなたが私に恋慕を抱いてないことくらいは分かっています」
よっしゃ、ラッキー! どんな理由をつけて別れようか、悩む必要がないじゃないか。
ここでは告白の件は有耶無耶にして、頃合いを見て喧嘩別れしたって噂を流せば彼女と友達ごっこをする必要もなくなる。僕たちは互いに重要な秘密を握った共犯関係、それだけが残れば僕の魔王としての生活は暫く安泰になる。
「そっか。なら、さっきの告白は無効かな。ユリティアには悪いけれど、暫くは付き合ったふりをしてもらって、それから……」
「……嫌です、それだけは」
初めて見せた彼女の強い意志。明らかな拒絶、その意味は嫌悪からではなく好意を示すためのものだった。
分かっていても、僕は敢えて問う。それが例え自分の望まない回答だとしても、自分の選択に責任を負うために。
「というと?」
「……私、あなたのことが本気で好きみたいなんです。だから、その……。無かったことにするなんて、寂しいことを言わないでください。良ければ、このままお付き合いしてくださいませんか?」
夕陽に染まりかけた教室、二人だけの世界、そして目の前にいるのは王女で美少女。彼女の赤い瞳は茜色より輝かしくも美しく、涙で潤ませることで宝石の魅力を引き立たせるスポットライトになっている。
男なら誰しも一度くらいは憧れるラブコメ展開にヒャッハーするのだろう、普通は。けど、今の僕は「付き合う」の一択しか選べない選択肢画面を見て絶望していた。
「……わかっ、た」
システムに言わされたみたいに、言葉を詰まらせながらも何とか発音できた。彼女は僕が好意に応えてくれたと思い込んで、これまで以上に嬉しそうな笑みを浮かべて喜んだ。
「……やった! ありがとうございます、ネオ」
ええっと、これは、つまり……。
僕、本当にこの国の第一王女様とお付き合いするってこと?
すぅーー……、はあぁぁぁぁ……。
僕は彼女の幸せ満開な笑顔を画面の下に追いやり、黄昏る代わりに天井を見やった。
少しだけ後先を考えなさ過ぎたかも知れない。僕は、さっきした選択を後悔しながら今後どうしていくか必死だ頭の中で考えることになった。
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