第21話 才能には勝てないのか?

 ユリティアと恋人関係になってから二週間あまりが経過したある日の放課後のこと。


「お待たせしました、ネオ君。さあ、帰りましょう」


「うん、そうだね。と言っても、僕の場合は目と鼻の先だけど」


「いいんですよ、こうして一緒に居られる時間があるだけで幸せですから」


 そして、彼女が手を差し出すと自然と指を絡めて恋人繋ぎをする。これも彼女からの要望であり、恋人らしいことをするための儀式のようなものらしかった。


 そしていつも通りに寮の前まで送ってもらい、そこでお別れをする。それが僕らの日常であり、恋人として過ごすささやかな一時でもあった。


 だが、もはや日課になりつつあった学園本校舎玄関前での待ち合わせ場所に、もう一人待ち伏せていた人物がいたらしかった。銀色の風を引き連れてやってきた彼女は、何やらマルイ印の手荷物を持つを有していて、恋敵でも睨むような鋭い視線を僕たちに向けて放っていた。


「ちょっと待って、二人とも」


「あら、アリスティアちゃんじゃない。今日はどうしたの?」


「今日は二つ要件があるの。一つは、遅くなったけれどブレザーとハンカチ。これ、あなたに返すわ。その、あの時はありがとう」


「どういたしまして……」


 アリスティアが手渡してきた袋の中には、制服やハンカチと一緒に個包装された何かが入っていた。


「これは? 何か、入っているみたいだけど」


「それは、最近巷で有名になっているお菓子よ。甘くて美味しいクッキーの詰め合わせ。マルイっていう高級大型ショッピングモールで、貴族の間で飛ぶように売れてる人気商品。あなたが手にすることは二度とないだろうから、大事に食べなさい」


「なるほど。ありがとう」


「……どういたしまして」


 たぶん、そのショッピングモールって身内が経営してるやつだと思うんだよね。ルナやアテナ辺りに頼めばいつでも仕入れることができそうだけど、せっかく貰ったものだから有難くいただくとしよう。


「それで、二つ目の要件なのだけれど……。ネオ、姉様と今すぐ別れて」


「え、どうして?」


「そして、私と付き合いなさい」


「……はい? どうして?」


「決まってるじゃない。私、あなたが欲しいの。だから付き合って欲しい。それだけの話よ」


 何だろう、話の展開が急過ぎて思考が追いついていない。僕が、誰と誰が付き合うって話だって?


 僕には既に彼女役になっている人材が隣にいるわけで、その座を彼女が奪おうとしているっていうことは……。もしかしてこれって、三角関係とかいう面倒なやつじゃないよね?


「うふふ、面白いことを言うのね。アリスティアちゃん」


(うわ~~、すっごい笑顔を浮かべてる……)


 ユリティアは隣で天使にも勝る素晴らしい作り物の笑顔を浮かべていた。最近になって分かってきたことだけれど、彼女は怒れば怒るほどに笑顔に磨きがかかってくる。


 今の彼女は、自分が見てきた中でも特に怒っている部類だと思われる。握られている左手の握力が少し強くなってきていて、僕じゃなかったらとっくに複雑骨折している頃だろう。


「人様の恋人がいる目の前でNTR宣言するなんて、良い度胸だと思わない? 私、今とっても不愉快な気分になっているのだけれど分かる?」


「それはこっちの台詞よ、姉様。人が狙っていた者を横から掻っ攫って……。昔からいつもそう、姉様は私の欲しいものを当然のように次々と奪っていく。でも、今度はそう上手くいかないわ。私、二人のことをずっと観察していたのだけれど、ネオが姉様と付き合っている理由ってぶっちゃけ金よね?」


「その通りだけど、どうして分かったの?」


「見てれば分かるわよ。後ろでこっそり金貨をやり取りしたりとか、賄賂で金貨を渡したりとか、図書館や昼食のときも金貨を渡したり……って、金貨しか渡してないじゃない!」


「それこそ今更だね」


 そう、僕がユリティアと付き合っているのはお金を貰っているからだ。デートをするときとか、一緒にご飯食べたり、勉強したりするときとか、嫌そうな顔をするとその都度買収される。


 最初からそれ目当てで付き合っているのだから、当然のことではあるのだけれど……。それのどこに不満があるというのだろうか?


「別に良いんじゃないの? 僕はお金が貰えて、ユリティアは恋人としての時間を勝ち取ってる。いわば、ホストみたいなものだと思うけど?」


「あんたみたいな貧乏で冴えなくて学も力もないホストがいてたまるものですか! こんなのホストどころかヒモよ、ヒモ! 姉様も、貴重なお小遣いをこんな人間につぎ込んで良いんですか?」


「私は満足してるから問題無いわ。むしろ、お金があれば言うことを聞いてくれるし、一番分かりやすくて良いと思うけれど?」


「何なのよ、この二人の関係性は……。でも、この際だからそれでも問題ないわ。何故なら、こうしてここに私がやってきたのはネオを買収するためなんだから」


「へ?」


 彼女は自分の手を前に出してピースを作って見せた。それに一体、何の意味があると言うのだろうか?


「金貨二千枚。いえ、三千枚出すわ。これで、私と恋人になりなさい」


 これはピースではなく、数字の2。しかも桁外れの数値だ、その指がもう一つ追加されたということは……。これまで以上の収入が、アリスティアと恋人になるだけで手に入ると言うのか……!


「ぼ、僕は……。決して契約を反故にするような男じゃない。清廉潔白で誠実であること、それが僕のポリシーなんだ。それとも何か、僕が簡単に寝返るような愚かな人間に見えるのかい?」


「見えるわ。今、私の目に映ってる姿が何よりの証拠だと思うの」


「そう、その通りだ」


 僕は既にアリスティアの差し出す右手に握手しようと自分の右手が勝手に動いていたことに気付く。これはもはや金への執着による本能としか言えないわけだが、当然それを彼女が許してくれるわけもない。


「ネ~オ~君~? 何してるんですか~?」


 僕の手首をがっちりと彼女の左手が掴んでおり、あろうことか一ミリたりとも動くことができないでいた。


 おかしい、素の筋力ならば圧倒的に僕の方が上のはず……! これが、火事場の馬鹿力という奴のなのか……!


「あ、あはは……。何、してるんだろうな~~?」


「うふふ~~」


「あはは~~」


「ふっ!」


「がはぁ!」


 魔王ではない僕に彼女の攻撃を防ぐ手段は存在しない。手を繋いだ状態でのゼロ距離からの鳩尾一点蹴り、彼女の膝が急所に食い込んで悶えることしかできなかった。


「どれだけ鍛え上げた強い人間であろうと、魔力を使っていなければ構造的欠陥が生じます。特に鳩尾は筋肉を付けられない急所の一つ、魔力で防がなければ相当な激痛でしょう。大人しく、今はその痛みをしっかりと噛みしめてください。ゆくゆくは、ちゃんと私の恋人になることが喜びに感じられるよう調教してあげますから」


「うわ~、姉様ったら野蛮ね。仮にも自分の恋人にそんな暴力的な行動を取るなんて、良いのかしら?」


「良いんです、何故なら彼にはお金を渡しているわけですから今は私の所有物です。しっかりと躾けて、誰が持ち主なのか分からせてあげないといけませんからね」


「ようやく本性を現したわね、雌猫。昔から思っていたのだけれど、その猫被りは気持ち悪いわ。せめて、彼氏の前でくらい化けの皮を剥いであげなきゃ」


「お気遣いいただきありがとうございます。そんな献身的な妹には返礼として、お仕置きが必要なのかもしれませんね」


「やってみる?」


「望むところです」


 というわけで、僕たちは体育館前へと移動してきた。この時間は部活終わりでちょうど片付けも終わった頃だから、使っている人は誰もいない。


 つまり、周囲に人気がないため思う存分、模擬剣を振るうことができる。


 二人は互いに向かい合うと、そのままシグルス王国剣術の構えを取った。剣を冗談に構えるのはこの国の剣術の基本の型だが、この時点で既に僕にはどちらに軍配が上がるかが見えていた。


 それでも、二人が真剣に向かい合っているのなら邪魔をするのは無粋というものだろう。何かを守るため、あるいは何かを示すため、何かを勝ち取るために戦うというのはいつ、どんな時代、どんな世界でも尊いことなのだから。


「いつでも来て良いですよ」


「なら、遠慮なく!」


 先に仕掛けたのはアリスティアの方だ。剣を上段から袈裟斬りにし、手首を捻り上げて更に切り返す。


 王国剣術の攻めの一手としてはとても堅実な攻め方だったが、ユリティアは半歩だけ後ろに下がり、重心を少し左にずらしただけで簡単に避けてしまった。


「くっ!? なら、これはどう!?」


「……」


 アリスティアは斬撃よりも刺突の方が得意らしく、魔力を使っていないとはいえ中々に速く鋭い連撃を披露して見せた。手首をしなやかにスナップさせることで軌道を少しずつずらし、相手の予測よりもズレた位置に剣先を持ってくることで相手を翻弄する。


 少なくとも、並の相手にならこの程度でも十分に通じるのだろう。増して、魔力を込めてもっと速く突きを繰り出せば動体視力に頼っている状態で躱すことはまず不可能に近い。


 だが、ユリティアにはそれが通用しない。何故なら、彼女はアリスティアの体内を流れる魔力を感知して次手を察知している。


 加えて、彼女の技術も冴えたるものがある。なるべく最小限の動きで相手の動きを躱し、逆に視線や筋肉の動きを使うことで相手の剣先を誘導までして見せている。


 これが歴然たる技量の差、そもそもアリスティアからしてみればユリティアに対して勝ち目などありはしなかったのだ。


 案の定、決着はすぐについた。全ての攻撃を躱した上で最後の刺突を剣の柄と刃のつなぎ目ではじき返し、刃先とは逆の柄の先でアリスティアの鳩尾に一発良いのを入れた。


 繰り返した連続攻撃による体力の消耗と、酸素を吐ききったタイミングでの完璧な鳩尾攻撃は体内に残った酸素を全て吐き出させる。


 脳に酸素が行かなければ人間は正常な判断機能を失い、手足の筋肉すらもまともに動かせなくなる。これでチェックメイト、ユリティアの圧勝に終わった。


「アリスティア、あなたは何も成長していないですね。私の型を見様見真似で覚えたそれでは、決して私には届かない」


「でも、私は姉様に少しでも追いつきたい……。姉様に、勝ちたいのに……」


「勝ちたい気持ちの方が先走り過ぎて、集中力も乱れています。あなたが私に対する勝利への執着を捨てない限り、あなたは私には勝てない。ネオ君、すみませんが私は先に帰ります。また明日」


「うん、また明日」


 ユリティアが去った後も、アリスティアは立てないままでいた。僕は彼女を起こす気はさらさらなかったので、そのまま去ろうとした時のことだった。


「どうして、私は勝てないの……。やっぱり、才能には勝てないの……?」


「……」


 僕はその問いには答えない。何故なら、彼女と同じ疑問を今でも持ち続けており、転生した今でも答えを出せないでいるからだ。


 圧倒的な才能には勝てないのか? これは、僕が前世から持ち続けている最大にして最高峰の難題であり、この人生で一番解決したい命題の一つだった。

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