第四章 魔王が人族に恋なんてするはずもない

第20話 恋人という演者

 ユリティアと恋人関係になってからというもの、彼女と過ごす時間が圧倒的に多くなった。


「おはようございます、ネオ君。これから授業、一緒ですよね? 一緒に行きましょう?」


「いいよ。特に約束とかないし」


 恋人と一緒に授業へと向かう、それ自体は特に珍しいことでも何でもないが相手がユリティアなのがまずかった。彼女はただでさえ目立つのに、その相手が貧乏貴族の底辺成績な僕だったということがとんでもないネタになってしまったのだ。


「おい、あれ見ろよ」


「ユリティア様よね。誰かと一緒にいるなんて珍しい」


「隣の男は誰? 凄いお金持ちの家柄とか、魔法剣術が滅茶苦茶強いとかなのか?」


「顔も普通だし、イマイチパッとしないっていうか、釣り合ってないような……」


「でも見ろよ、ユリティア様すんげえ良い笑顔だぜ? まさか、あれが噂の彼氏?」


 僕は他人の容姿とか家柄とかを選んで友達や恋人を作ってるわけじゃないので意識してなかったけれど、思えば貴族社会では家柄や容姿、資産といったステータスの高い人間同士がくっつこうとするものだった。まさか、シュウヤに言っていたことがこんな形でブーメランになって帰ってくるとは思ってもみなかった。


 恋人になったことで、今までは関心が特になかったユリティアに関する意外な生態が分かってきた。


 まず、彼女は交友関係をあまり構築していなかったらしいので学校では基本的に一人でいることが多いということだ。妹のアリスティアの方は学友と歩いている姿も結構な頻度で見かけることも多いが、ユリティアの方は剣術の稽古をしていたり、学園の図書館で本を読んで勉強している時間が多い。


 容姿端麗で気品に溢れていて、おまけに彼女は男勝りの実力を有してるため周囲からしたら手の届くはずのない高嶺の花……。アリスティアとの違いは恐らく、彼女よりも数段多く自分磨きに時間を費やしていることなのだろう。


 聞けば、どうやらアリスティアは第一王位継承権というのを持っているようで、アリスティアの方は第二位王位継承権を持っている。つまり、このままいけば王女になるのはユリティアの方であり、そもそものステータスや貫禄に歴然とした差があったらしい。


 そうなれば、確かに近寄りがたい高貴な存在と捉えられてしまうのかもしれない。同じ王女であるはずなのに、アリスティアと比べると教職員や生徒の対応が一線を引かれているような感じもするし気のせいではないのだろう。


 学業の実力は当然、ユリティアが学年主席の座を有している。そして剣術の成績でも、彼女は学年トップの成績を取っていた。


 僕からしてみれば、魔力量の大きさ自体はユリティアではなくアリスティアの方が上だと見ていた。その見立て自体に間違いはないはずなのだが、決定的な差として魔力を可視化できるか否かという点が含まれていたようだ。


 自分の持つ魔力を最大限掌握しコントロール、技術的に応用できているユリティアが力を持て余してしまっているアリスティアよりも強いのは当然のことだった。


 故に、ユリティアの存在は高嶺の花とまで言われていたようだったが、それでも諦めきれずに告白されることも多々あったらしい。それもそのはず、こんなハイスペック過ぎる王女のハートを射止めたなら玉の輿に乗れること間違いなしだからだ。


 しかし、僕が隣に立ってからというもの告白の波は一気に静まり返ったようだ。彼氏ができたのだから、僕が防波堤の役割を果たし近づけなくなったというのは当然の帰結と言える。


 だが逆に、僕と恋人関係になったというゴシップネタには火がつき、瞬く間に噂となって全校を駆け回ることになってしまった。多少噂になると分かっていたとはいえ、今更になって一時の感情に負けてしまったことを後悔しているくらいだ。


「やっぱり、選択間違ったかな……」


「何か言いましたか? 元気がないようですけど、私がいると迷惑ですか?」


 友達を超えて恋人になった歪な関係性だけど、彼女は何より他人と一緒にいられることに幸福を感じている節があった。なので、僕が迷惑そうな顔をする度に捨てられる寸前の小動物みたいなつぶらな瞳を向けてくる。


 こうされると、僕も弱ってしまって否定する以外の選択肢がなくなってしまう。たぶん、そういう同胞たちを長年見てきてしまって情が湧きやすくなったのかもしれない。


「そんなことないよ。次の授業の課題がダルいなって」


「面倒ということですか? ダメですよ、ちゃんとやらないと。放課後、一緒に見てあげますから勉強しましょう?」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 なるべくボロを出さないように、平坦かつ抑揚のない声音で返事をしておく。彼女はとても満足そうに微笑み、鼻歌なんて歌いながら横を並んで歩く。


 まあ、契約上の恋人って関係なんだけど。お金を受け取ってしまったからにはちゃんと責務は真っ当したい、それが僕の信条でもあるからね。


「ネオ君、頼みごとがあるのですがよろしいですか?」


「頼み事? いくら恋人と言っても、大金貸して欲しいとか、内蔵を売ってくれみたいな頼みは聞かないよ?」


「安心してください、そんなこと頼みませんよ。全く、小説の読み過ぎではありませんか?」


「そういう小説も読むんだ。僕も割と好きかな」


「本当ですか? 今度、面白いものを幾つか持ってきますね。それで、頼み事なのですが……。今日、お昼を学食でご一緒したいです」


「学食を? 僕と一緒に?」


「ダメでしょうか?」


「ダメってことはないけど……」


 学食っていうと、この間も説明したように貧民にはワンコインコースが待ってるのに対して、大貴族や資産家なら余裕で金貨を数枚使うようなコースだって注文できる。


 当然のことだけど、彼女は王族なんだからワンコインコースなんて普段は頼まないだろう。それこそ、金貨五枚コースとか平気で注文するんじゃ……。


 そうなると、僕一人がお貴族様の席に座ってうどんを啜るわけにもいかないだろう。肩身が狭くなるし、場違い過ぎて逆に敵意とか反感をお釣りで貰いそうだから遠慮したい。


「……言っておくけど、僕は普通のワンコインランチを頼むし、貴族席には行かないよ? 一般庶民と同じ底辺層の席で、カレーとかスパゲッティとかを食べるけどそれでも良い?」


「ワンコインランチ……。それはつまり、硬貨一枚で食べるランチですよね? それなら、私も食べますよ。安心してください、ネオ君を無理に貴族の方々がいる席には連れて行きません。ネオの隣であるなら、それで。普段、ネオ君がどんな風にご飯を食べるのか楽しみです」


「……そう、なら良いけど」


 僕は彼女の言うワンコインランチというのは、恐らく僕が考えているのとは違うのではと思っていたけれど、敢えて突っ込むようなことはしなかった。


 もしかしたら、百億万が一の確率で、庶民的な感覚を持っているお嬢様って可能性もあるからね。流石にこの場で指摘するのは野暮というものだろう。


 ……と、問題を先送りにしたのが間違いだった。


 昼休み、僕はいつも通りに学食に行き、今日はボロネーゼな気分だったのでワンコインで頼んで自分のお気に入りの席に着いた。


 向いには当然ように、シュウヤが座っている。彼は頼んだカレーを頬張りながら、何やら物申したそうな目でこちらを見つめていた。


「なあ、最近付き合い悪いよな? それもこれも、全てはユリティア様とイチャイチャしてるからか?」


「別にシュウヤと付き合ってた覚えはないし、彼女とイチャイチャしてた記憶も特にないけどね」


「イチャイチャだろ、あれは! 女の子と二人で次の教室に向かったり、放課後に勉強したり、お菓子を作ってもらったり、そういうのをイチャイチャって言うんだ!」


「シュウヤも嫉妬っていうの? するんだね。てっきり興味ないのかと思ってた」


「してるさ! だって、俺が最初に目をつけた友人を横から掻っ攫ってったんだからな!」


「あ、そっち? イチャイチャしてる方じゃなくて?」


「前にも言ったが、俺は姉上一筋だ!」


「さいですか。それは失礼」


 彼はヤケクソ気味にカレーをバクバクと口の中にかき込んでいく。どうやら、僕と一緒にいれない学園生活が相当堪えているらしかった。


 確かに彼もまた魔族を排斥したい側の人間だから等しく興味ないのだけれど、仲良くしたがっている相手の気持ちを無碍にするのもあまり気分が良くない。だから今までちゃんと友達やってきたし、これからも出来る限りは友達を続けるつもりだ。


「でもね、僕にだって言い分はあるんだ」


「ほう? どんな釈明があると?」


「だってさ、朝起きて寮から学園の校舎へ向かうと入り口で待ってるんだ。そこからはほぼずっと一緒。妹のユイナですら、こんなに一緒にいたことはないよ。皆んな遠慮しちゃうし、シュウヤだって関わろうとしなかったでしょ」


「つまり、関わろうとしなかった俺が悪いと?」


「そうだよ。今の僕は正真正銘、ユリティアと恋人同士の関係なんだ。恋人を優先するのは当たり前だし、関わってこない人間の相手をする必要はないでしょ」


「おい、待て。遠回しに俺のことを友達じゃないと切り捨てなかったか?」


「そうだっけ? もう覚えてないや」


 そこに、目的の人物が現れた気配を感じ取ったのであまり余計なことは言わないように自衛しておく。その人物は一歩、また一歩とこちらに近づいてきている。


「ともかく! 少しは俺の相手もしてくれよ。お前の方から鬱陶しいとか、迷惑とか、もう少し遠慮してほしいみたいなのでもいいから頼んでくれないか?」


「うーん、それは無理。ユリティアの方が大事だし」


「ユリティア様ばっかに構わないでくれよ。俺だって、友達と遊びたいのにさ。王族相手じゃどうしようもないだろ? だから、お前の方から言いくるめて……。ところでネオ、お前はどうして昼食に手をつけないんだ?」


「そりゃ、一緒に食べるからだよ。ね? ユリティア」


「はい。今日はネオ君と一緒にお昼を食べる約束をしましたから」


 ユリティアはちょうど、シュウヤの後ろ側に立っていた。無論、今の会話は聞かれていたと僕が保証しよう。


「ゆ、ユリティア様……。ご、ご機嫌、う、う、麗しゅう……。いつから、そこ、に、いらっしゃったので?」


 シュウヤらガタガタと壊れたブリキのロボットみたいな挙動不審で、後ろのユリティアに面と向かって挨拶しつつ尋ねる。ユリティアの方は見たこともないくらい凄い笑顔で彼に答えを授けた。


「ともかく、辺りからでしょうか?」


「ほぼ全部俺のパートじゃん!? ネオ、お前裏切ったな!?」


「何のことだが。ユリティア、そんな失礼な奴は放っておいて座りなよ」


 割と本心からの言葉だった。例えシュウヤであったとしても、僕の友達を無遠慮に侮辱して許されることではないと思うのだ。


 しかし、彼女はいつものように微笑むと女神でも降臨したかのような声音で諭してきた。


「ネオ君、そう邪険にしないであげてください。皆様が私に遠慮してしまって、ネオ君との交友の機会を奪っているの事実ですから」


 自覚はあったんだと、今更ながら思った。まあ、僕は別に誰かと交友しようと思ってもいないからいいんだけど、少しくらいはかまってちゃんなシュウヤの我儘にも付き合えるかもしれない。


「とはいえ、この方にはネオ君を渡したくないと思いましたけど」


「そんなぁ!? それはおかしいって!」


「何もおかしくないですよ。本人のいないところで悪口を吹聴するような殿方は嫌いです」


「すんませんでした」


「分かればいいのです。では、ネオ君。お隣失礼します」


 ユリティアは誰に対しても博愛の心を持って接するのかと思えば、意外と好き嫌いもはっきりとしている方らしかった。けど、別にそこまで意地悪をする気もないらしく、素直に謝ったシュウヤのことを簡単に許したり、やっぱり心根は優しいようだ。


 彼女が隣に座った時、自然と僕は彼女の持つトレイの上に置かれた品々に目を奪われることになる。彼女が持ってきたのは、到底ワンコインランチなど生易し過ぎるくらいの豪華ラインナップだった。


 高級なお肉のレアを高そうなソースで和えた料理に、格式高い料亭に出てきそうな前菜、三ツ星レストランでもお目にかかれるか分からないカルパッチョ、そして有名パティスリーが出しそうなチョコレートケーキと明らかに貧乏貴族たちが居座る席に持ってきてはいけないものだった。


「ねえ、一応聞くんだけどそれは?」


「ワンコインランチ、というものです。本日は、ネオ君と一緒の食事を楽しみたくていつもより少なめに致しました」


「因みにお値段は?」


「金貨一枚ですけど、何か問題でもありましたか?」


「……悪いけど、それはワンコインランチどころか二百枚コインランチだよね。一般的なワンコインランチっていうのは、お金のないような人たちが一握りの銅貨を惜しんで買うものだから」


「そ、そうなんですか? てっきり、これが普通なのかと……」


 やはり、王族と貧乏貴族では価値観にかなり大きな差があるみたいだった。それはそうだろう、生まれてから毎日のように高級料理の数々を口にしていればそれが当たり前になるのだから。


 まるでこの世界の残酷さを単純化したかのような構図だ、このままではいけないと僕は思います。


「それなら、ワンコインランチを試せばいい。ほら、これを食べみなよ」


「これは、何でしょう?」


「パスタだよ。ボロネーゼっていう牛肉と濃いソースを和えたもの」


「これが、ワンコインランチのパスタ……。……よろしいのですか、いただいても? はしたなくないですか?」


「いいよ。僕はマナーとか特に気にしないし、ここでは無礼講じゃないかな」


 ユリティアは本当にボロネーゼを食べたことも、もちろん見たことすらないのだろう。凄く不思議そうにそれを観察してから手の震えを抑えるようにフォークを握ると、慎重にパスタへとフォークの先を通してくるりと上品に巻き付け優雅に口へと運んだ。


 いつの間にか周囲の視線も集まっており、彼女の咀嚼する様子を皆で見守るシュールな光景が出来上がっていた。ユリティアは味を確かめるようにゆっくりと口を動かし、ゴクリと飲み込んだ。


「……どうかな? やっぱり、口には合わな……」


「美味しいです! とっても!」


 彼女は目をキラキラと輝かせて喜びを露わにする。よほど名残惜しかったのか、フォークの先についたソースをパクリと口に入れるほど美味しいらしかった。


「そんなに美味しかったの?」


「ええ、それはもう。まさか、銅貨一枚ほどの値段でこんなに美味しい物が食べられるなんて思いもしませんでした」


「まあ、実際には銅貨五枚くらい使ってるんだけどね。それでも、コース料理の値段と比較したらボロネーゼ二百杯分になるからね」


「こんなに美味しいのに、そんなにも食べられるなんて……。素晴らしいです!」


「そ、それはどうも……」


「あの、不躾なお願いで申し訳ないのですが……。もう少しだけ、いただけないかと」


「別にいいよ。その代わり、そっちのも頂戴」


「もちろん、喜んで。こういうのを、シェアと言うのでしょ? 恋人同士で、お互いの喜びを分かち合えるなんて尊いですね」


 僕は王族に対してかなり無礼なことを言っている自覚はあったけれど、彼女が嬉しそうならそれでいいかと思って遠慮なく高級ランチをタダで堪能できた。やっぱり、庶民の食べるそれとは違ってどれも上等な品だと分かるけれど、全体的に味付けが薄くて量も少なかったから物足りなかったかも。


 うん、やっぱり普通のランチが一番だよねと改めて思うことができた……と締めくくれれば良かったんだけどね。嫉妬や怒りの籠った周囲からの視線が、非常にチクチクして痛かった。


「……ネオ。お前、それでもイチャイチャしてないとかほざくなら、この食堂にいる奴ら全員を敵に回すぞ。特に男子な」


「ご忠告どうも。もう遅いと思うけれど」


 シュウヤの言葉は、ここにいる全員の総意を綺麗にまとめあげた見事な発言だったと褒めておく。だからって何かをされるわけじゃないけれど、食堂での肩身が更に狭くなったのは言うまでもない。


 ついでに付け加えておくと、この日以降、ワンコインお姫様なんていう人物が一人の貧乏貴族の手によって爆誕してしまった。

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