第17話 無謀なゲームに勝つなら、抜け道を使わないとね。

 合同授業から数日が経過したある日の昼下がり、散歩がてら学園の庭を徘徊していたらふと人の気配を感じて近くの植木の裏に隠れ潜んだ。


 学園の庭には中央に大きな噴水があり、その周りは舗装された白いタイルの床と芝生の部分には花々が植えられていて、景観の美しさから絶好の告白スポットになっている。僕が隠れているのはその可憐な花たちが植えられている更に奥に並ぶ木々の影、ここでは聴力を魔力で強化すれば人の話し声なんかも簡単に拾うことができる。


 周囲の美しさと静かさ生み出す調和を乱すのは、二つの雑音だった。その男女二人は噴水前にやって来ると、互いに向かい合って見つめ合う。


(あれは……。一人は知らないけど、もう一人はアリスティア王女か?)


 白昼の光を取り込んだ銀色の髪と青色の瞳が特徴的な、ユリティアとは属性が正反対の王女様。ユリティアは自信なさげな感じだったけれど、アリスティアの胸を張った歩き方や呼吸にはどこか自信が漲っているように感じられる。


 性格まではまだ知らないけれど、今のところは対照的な存在と言えるだろう。


 王女と異性の何某が二人きり、しかもここが告白スポットとなれば目的は告白なのだろう。アリスティアの方は王女としての立場があるだろうし、となると告白するのは男性の方なのだろうな。


 どうしてこんな現場に出くわしてしまったのか、今からでもどうにか退却できないか考えたけれど彼らが去るのを待った方が良いかもしれない。ついでに、このゴシップを持って行けばシュウヤとの話のネタに困らないだろうと思い、ちゃんとしっかり告白の現場を押さえておくことに決めた。


 言わば、これは僕の安らぎを邪魔した罰金と思ってくれていい。本人に対して直に徴収しない辺り、僕ってば凄く優しいと思うだろ?


『あの、アリスティア王女殿下。俺と、どうか付き合ってください!』


 そうこうしているうちに、告白が始まったらしい。前座とか、前置きとかは一切なく、真っ直ぐと正面から自分の気持ちをぶつけに行ったらしい。


 告白の瞬間とは、恐らくとてもドキドキするものなのだろう。相手に受け入れてもらえるか否か、その言葉を待っている間は一瞬のようで、永遠のようでもある。


 でも、その結果は言葉にせずとも分かっているようなものだった。何故なら、アリスティアの向いている意識の方向は男性ではなく周囲の景観に向いている。


 真剣に聞いているフリはしているけれど、心音や息遣いから凡その検討がついてしまうからだ。


『ごめんなさい、あなたの期待には応えれない。だから、諦めて』


『そう、ですか……。あはは、振られちゃいましたね。すみませ……』


『用事が済んだなら、そろそろ良いかしら? 私、ここでもう一つ待ち合わせがあるみたいなの。待ち人が姿を現す前に、ね?』


 後は、分かるでしょう? そういう覇気というか、脅迫めいた語尾が見え隠れしている。男性の方はそこから長々と話でもする気だったのか知らないけれど、あまりにもあっさりと追い払われてしまって肩を落としながら去って行った。


 敗者に口なし、反論や反省会のような敗北の余韻に浸ることすらも許されないとは容赦がない。これがアリスティア王女の人となり、というわけか。


『さて、人も去ったことだし……。そこにいるのでしょう? 待ち人さん?』


 あれ、もしかして僕のことを言ってる? おかしいな、気配はちゃんと消したはずなのにバレているなんて……。


 そう言えば、さっき「待ち合わせがあるみたい」って……。つまり、ここに来た時から僕の存在は既に知られていた……!?


『姿を現さないの? だったら、体を粉微塵にしたら嫌でも姿を晒すかしら?』


 おっと、腰に携えた剣の柄に手を添えるな? まさか、本当にここで剣を抜くつもりなのだろうか……?


『出て来ないのね。なら、こっちから……』


「待った! 分かった、今で出る。だから、その剣から手を放してくれないかな?」


 彼女は間違いなく、本気で抜くつもりだった。あのまま逃げることもできたとは思うけれど、姿を現した方が色々と穏便に済みそうだったので大人しく出ていくことを選択した。


 さて、ここからどうするか……。少しだけ、ワクワクするね。


「それで? あなたはどうしてこんなところに? 盗み聞きなんて趣味が悪いわよ?」


「どちらかというと、邪魔をされたのは僕の方なんだ。僕が最初に、この庭園に来ていた。誰もいない庭園で日向ぼっこしながら、リラックスを楽しんでいたところに踏み込んできたんじゃないか。慰謝料として、君たちの告白を聞いていただけだよ」


「それは悪かった、とでも言うと思った? あなたが隠れさえしなければ、私があなたにここを去るようにお願いしただけのこと。隠れた時点で、あなたは私のことを故意に詮索しようとした疑いがある。王女殿下に対する不敬よ」


「おお、怖い。となると、僕はこのまま処刑されちゃうのかな?」


「どうかしらね。そうだわ、ゲームをしましょう。あなたがもしも、十秒間だけ私から逃げられたら不問にしてあげる」


「十秒だけ?」


「何か問題でもある? まあ、あなたにとっては長すぎるかもしれないけれど、最大限譲歩してあげているの。もしも受け入れられないなら、ここで素直に斬られなさい」


「いいよ、その話乗った」


「決まりね」


 何だか流れでゲームをすることになってしまったけれど、まさか十秒だけとは。


 相手はあのアリスティア王女殿下、恐らくだけれどこの学園でユリティアと同等かそれ以上の魔力の持ち主だ。魔王じゃない今の僕では、勝ち逃げするのはかなりハードな難易度と思われる。


 僕とアリスティアは五メートルほど離れた位置で向かい合う。彼女は未だに片足を楽にした状態で腕を組んでおり、追いかける気もないように見える。


「そんな近くで良いの? もっと離れてもいいのよ?」


「どれだけ離れても結果は変わらない。そうでしょ?」


「よく分かっているわね。それじゃあ、行くわよ?」


 彼女は前触れもなく僕の前から姿を消すと、背後に気配を感じ取った。どうやら、魔力を込め強化した脚力で高速で僕の背後に回り込んだようだ。


 これは退路を塞ぐための手段、こちらが弱いと分かっていても確実に勝つ手段を取って来るとのは賢い選択だと思う。


 何もできない僕は成す術なくタッチされる……。はずだった。


 実際は彼女の右手は僕の背中を捉えることはなく、何もない空気に触れるだけで終わった。


 僕はと言えば、突然の風圧に驚いて横に転ぶんで偶然にも避けてしまっていた。


「なっ……!?」


「いてて……。躓いて転んじゃったよ」


「偶然……? そんなはずは……!」


 彼女はすぐに気持ちを切り替えて僕へとタッチするべく方向転換、倒れた僕の方へと猪のように突っ込んで来ようとしていた。


 しかし、それもまた失敗に終わることを僕は知っている。


 何と、彼女が跳躍した瞬間に不自然な飛び方をしたせいで、彼女の伸ばした手が僕に届く手前で地面に落ち動かなくなった。まるで石像になったかのように動くことも適わず、彼女も何が起きたのか理解していない様子だった。


「ど、どうして……。あなた、私に何をしたの?」


「何もしてない。石ころにでも躓いたんじゃない?」


「躓いた? この私が……?」


 そう、躓いた。そのからくりはとても簡単なもので、僕が魔力を使って彼女が跳躍しようとした瞬間に中空の魔力を固めて躓かせたのだ。


「そして、こうなってしまえば……!」


「なっ!? あなた、何をするつもり……!?」


「こうするんだ!」


 僕は彼女が動揺している隙をついて彼女の背後に回ると、彼女の両足を自分の両脇に抱えてそのまま持ち上げながらスイングし始める。


「そーれっ!」


「や、やめ……。め、目が回る……!」


「僕だって実力は最底辺だけど、魔力を込めれば女の子一人持ち上げるくらいは簡単にできる。そして、こうなってしまえば魔力を使って踏ん張ることもできない。いくら力が強くても関節の可動域は限られているから脱出は不可能だ」


 さて、そろそろ十秒経っちゃうし放してあげよう。


「八、九、十!」


「きゃああああ!?」


 ぱしゃああああん! 盛大な水飛沫を上げると共に、僕の勝利ということで決着はついた。


 彼女を投げ飛ばした先は、噴水の中。水の中であればある程度は衝撃も和らぐだろうし、少しは頭も冷えて一石二鳥だと思う。


「さて、これで許してもらえるのかな?」


「や、約束は約束よ……。幸運に救われたとはいえ、今更蒸し返す気はない。でも、投げ飛ばす場所くらい考えなさいよ! もうびしょびしょじゃない!」


「あー……。なんか、ごめん。そこまで考えてなかった」


 彼女の制服や綺麗な銀髪もびしょびしょ、あのままでは風邪を引かせてしまうかもしれない。何とか噴水からは出れたみたいだけれど、くしゅんと小さな「くしゃみ」をしている辺り、もう兆候が出ているのかもしれないと思うと責任を感じてしまう。


「本当にごめんなんだけど、良かったら僕のブレザーを使ってよ。それから、ハンカチも。安心してよ、今日はまだ使ってないから新品同然だ」


「……いただくわ」


 彼女は自分のびしょびしょになったブレザーを脱ぎ、代わりに僕のブレザーを着た。そして、濡れた部分に僕のハンカチを当てがって水分を拭き取り、自分の髪や制服の袖を絞って一生懸命に水分を抜いていた。


 僕としては彼女のあられもない姿を見るわけにもいかず、そこから去ることにした。


「ちょ、ちょっと何処に行くの?」


「用事は済んだからね。見逃してくれるのなら、このまま去るとするよ」


「でも、あなたはいいの? 偶然とはいえ、私を負かしたのよ? このことを周知すれば、あなたは有名人にだってなれる。それに、私のこんな姿を見たのだから弱みだって握ったのだし……。それを脅しのネタに付き合うとかもできるのよ?」


「それ、自分で言う? 悪いけど、僕は興味がないからね。そういうのは、相応しい役割の誰かがやってくれると思う。僕には僕で、やるべきことがあるからね」


 僕は振り返らないまま要件だけ伝えて、その場を後にした。僕が去るまでの間、背中にずっと彼女の熱い視線がチクチクと突き刺さっていた気がするけれど、きっと気のせいだと思うことにしたのだった。

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