第16話 基礎とは即ち、種である
ここは魔法剣術学園、座学の授業は当然のようにあるけれど、生徒たちが期待してるのは剣術に関する授業の方だ。その中でも、剣術に関する実技の授業となれば大多数は血の気が盛った獣のように喜んで参加する。
ここで剣術を学ぶ意味は、将来的に魔族や魔物、あるいは同族を相手に戦える人材を育てるのが主な目的だ。国境警備隊になるため、自衛のため、冒険者になるため、王国騎士団に入るため、ごく僅かではあるけれど勇者軍に入るためと理由は人それぞれである。
ただ、皆一様に将来が掛かっているというのが共通点だ。だからこそ、皆んなは必死になって教わる技術を自分のものにしようとする。
その気迫は中々のもので、「今回みたいな場合」だと少なからず文句も出るというものだ。
「すまないな、黒組の諸君。今日は担当のケビン先生がいないため、代わりにこの私、クロイツ・シードルが赤組と一緒に面倒を見ることになる」
「ちぇっ、最底辺の赤と一緒かよ」
「私たちのこと、ちょっと舐めすぎじゃない?」
「自主練にしてくださいよ」
「それは無理な話だな。これはお前たちの成績にも関わってくる授業だ。文句があるなら受け付けるが、その時点で大減点は避けられないから覚悟しろ」
クロイツと名乗った体育会系の黒い肌をしたムキムキマッチョは、僕たち赤組を担当している先生だ。シグルス王国流剣術皆伝の実力を持ち、家柄もそこそこ良いシードル家の長男というそこそこ優良な物件だ。
面倒見が良く赤組からは人気があるけれど、黒組のケビンっていう先生と比べたら見劣りしてしまう。因みに、ケビン先生はイケメンで家柄もかなり良く、誰に対しても紳士的だという噂を聞いたことがある。
剣術も腕が立つし、複数の流派を皆伝している剣才と聞く。僕も一度手合わせをしてみたいけれど、その彼は体調を悪くしているとの話だ。
その代わりを務めるとなると荷が重いだろうけれど、クロイツ先生には是非とも頑張っていただきたい。ここには魔王となる僕と将来的に対峙する生徒がいるかもしれないんだ、ちゃんと育ててくれないと潰し甲斐がないもんね。
「赤だ、黒だと言ってはいるが、お前たちは所詮実戦も知らないお子様だ。本物の戦場に出たこともないのに、剣術の型がちょっとできるからって調子に乗ってると痛い目を見るぞ」
「その型もままならないような奴らと一緒ってのもな」
「本当、落ちこぼれと同等に扱われても困るよね」
それを言われると先生も返す言葉がないのか、困り顔を晒しながら後頭部をかいた。正直、僕たち赤組も自分たちのクラスなのに居心地が悪くて空気がギスギスしている。
ここで言う赤組とか黒組っていうのは、魔力測定の色分けをトレースしたものだ。一応は明言しておくと、黒組だからと言って必ずしも黒色相当の魔力量を持っているわけではない。
授業の前に行われた選定試験において、剣の技量と魔力量を総合して配置されている。黒に配属されたということは、剣術も魔力量も赤を圧倒的に上回っているのは明らかだから落ちこぼれと罵られても仕方がないことなのかもしれない。
「確かに、剣術と魔力量の才に恵まれた黒組からすれば、赤は落ちこぼれ何だろうな。剣術はまだこれから才能が開花する可能性もあるが、魔力量に関してはこの年齢になってくると並大抵の努力では伸ばすのは難しいとされているしな」
表向き、魔力量は成長と共に増幅して僕たちくらいの年齢になってくるとほぼ確定すると言われている。僕みたいに魔力を使いまくって叩き上げる方法を思いつく人は少ないらしく、その情報が表を出回らないのは何処かの誰かさんが強くなる秘密を隠したがるからなのだろう。
それ以外にも、当然ながら魔力を増幅させる方法はある。体外から魔力を刺激して強制的に増幅させる例の奴らみたいな謎の薬を用いる方法とか、まだ僕しか知らない方法とか……まあ、それはまた別の機会に話すとしよう。
「だが、だからこそ黒組は赤組の手本となってもらいたい。お前たちの実力との差が、これからの鍛錬で良い刺激になることをケビン先生も期待している。それに、赤組にも剣術に腕の立つ人間はそこそこいるからな、黒組にとっても全く益のない話ってわけじゃない。偶には、普段関わらない生徒と交流するのも学園生活においては大事なことだ。いいな?」
「まあ、ケビン先生がそう仰っていたなら」
「そうね、ちょっとは真面目に取り組みましょう」
「失望させんなよ、赤の先生。それから、赤組の奴らも」
どうしてこうも上から目線なのか、僕には全く分からないけれどね。赤組も言い返したい気持ちがある人は多いのだろうけれど、戦っても勝ち目がないことは分かり切っているし、あまり無用な騒ぎを起こしたくないためか言い返すことはしない。
僕からすれば、特別に強そうな人間はこの場所には……二人、くらいしかいないってのに。
「よし、じゃあ今日の講義の内容に移るぞ。君たちには二人一組になって、剣術の型を練習してもらう。組み分けはこちらで決めているので、今から名前を呼ぶ生徒同士で組むこと」
と言うわけで、クロイツ先生の指示通りに組み分けがされた結果、僕はユリティア王女殿下と組むことになった。
腰まで伸びた黄昏の光を吸収したような金髪と、男子なら誰もが憧れそうな真っ赤な隻眼の持ち主。まるで工芸品が目の前に立っているかのような完璧な容姿だが、その完璧さをどこか否定するような自信の無さが滲み出た表情や息遣いをしている。
彼女は王女、僕みたいな貧乏男爵一家と違って何もかもを生まれながらに有しているはずだ。なのにどうして、そんなにも不満そうな顔をしているのか? ふと気になってしまった。
「僕はネオ・ヨワイネ。よろしく」
「知っているかとは思いますが、私はユリティア・シグルスです。よろしくお願い致します」
「うん。じゃあ、早速始めようか」
「ええ。まずは基本の型から」
こうして、彼女との訓練が始まった。彼女は先生からの指示通りに基本の型から応用系まで順序立てて練習を開始した。
一言で言えば、彼女はもの凄く丁寧だ。そして、何より美しかった。
彼女の容姿が、とかじゃない。他の皆んなはさっさと応用の型をやったり、自己流を試したりする。なのに、彼女は言われたことだけを忠実にこなしている。
一見すると詰まらないように見えるし、実際、基礎っていうのはいつだって退屈なものだ。地味なことより大胆なことをして良く見られたり、かっこいい振り方を真似したりして、できるような気になっている方が楽しいに決まっている。
でも、彼女はそうしない。何故なら、基礎こそが最も大事なものであることを理解しているからだ。
家とかだって、土台がしっかりしていないと簡単に崩れてしまう。それと同じで、どんな技術も基礎を大事にすることが応用的な技術、あるいは隠された才能に愛されることになる。
才能とは、所詮は肥料に過ぎない。持っていれば早く成長するだろうけれど、種がなければ育たない。
だから、僕は彼女の振るう剣をとても好ましく思う。空を描く曲線は予め定められていたかのように美しさを体現し、間合いの中で取られるステップは社交ダンスを踊っているかのように優雅だ。
これほどまでに僕と波長が会う人物は、中々いないかもしれない。けれど、彼女は僕との間に何かを見出した様子はない。
ただ、剣を振るう相手が僕だったというだけ。恐らく誰が相手だろうと、彼女は変わらない剣を振るうのだろう。
そのことを少しばかり寂しく思ったけど、彼女がそうしたいなら僕も付き合うまで。
でも、それでも諦められなくて僕は対話を試み続けた。剣を振るい、足並みを揃えて、他人の思考を読み取れるように寄り添っていく。
しかし残念なことに、彼女が何を考えているのかを知ることは終ぞ叶わなかった。そして、あっという間に授業時間の終わりがやってきた。
「ありがとうございました」
「ありがとう。とても有意義だったよ。そっちは?」
「私は……。いつも通りのことをしたまで。しかし、中々綺麗な型だったと思いますよ。この空間にいる、誰よりも。あなたには、素質があるかもしれません」
「嬉しいことを言ってくれるね。でも、僕にそんな才能はないよ。僕は凡人にできる精一杯をこなしているに過ぎないからね」
僕は当然のことを言っただけだが、意外にも彼女は驚いたらしく瞳孔が少し開いた。その時、彼女が何を感じたのか僕は知る由もない。
「そうですか。まあ、どう捉えるかは人それぞれかと思います。それでは、私はこれで」
彼女がその場から去り、背中で揺れる金色の清流を眺めながら……。
「意外と見てたんだな」
と、思わず呟いてしまったのはここだけの話である。
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