第15話 久しぶりに再会した妹のコミュ障っぷりには驚きを隠せない

 魔法剣術学園とは、その名の通り魔法剣術を主に学ぶことになる学園だ。貧乏男爵家であるはずの僕ですら通えるこの学園は、割と料金設定は良心的らしかった。


 学生は基本的に寮生活を送ることになっており、僕もまた自分に割り当てられた寮部屋に住むことになった。家が近ければそこから通うこともできるみたいだけど、学園でぼっちにならないためとか、コミュニケーション能力を鍛えるとか、協調性や自立精神を学ぶためにも学園は寮生活を推奨している。


「よお、お前がルームメイトか。これからよろしく」


 寮生は基本的にルームメイトを持ち、二人一組の二人三脚で生活することになる。ここに来た当時、僕と一緒の部屋になったA君はきっと学園生活での青春を謳歌しつつ、僕というルームメイトと夜の内緒話に花を咲かせたりとか、儚き友情を築いたりとかを想像していたのだろう。


 けれど、僕は現在魔王という仮面を被って生活しているためルームメイトの存在は正直に言って邪魔だ。


 なので、彼には自分から出て行ってもらえるように、その日、魔力を使った霊現象で彼を脅かすことにした。


 具体的には、物が一人でに浮いて襲いかかってきたり、何もないところで何度も転んだり、終いには部屋の窓から放り出されたり、といった具合にだ。


「もうやだ! 何なんだこの部屋は! まだ入学式すら始まってないんだぞ!」


「噂だけど、この角部屋は昔に男子生徒が自殺したらしくてさ。その霊が住人に襲いかかるんだってさ」


「何だよそれ!? 何処情報だ!?」


「僕の知り合いに学園の先輩がいるんだよ。その人から聞いた」


「ふざけんな! このままだと、入学する前に死んじまうよ!」


「寮の部屋を変更する手続きを学園がしてくれるかもよ。もしくは、実家通いとかもありなんじゃない?」


「分かった、分かった! 俺はもうこの部屋を出ていく! どうせ実家も近いんだ、申請すれば家から通うこともできるとあったしな! じゃあな! 俺は先に出ていくから一人で頑張れ!」


 と、泣きながら出て行った彼は僕を見捨てたつもりだったのだろうけれど、その実、僕が彼を上手く追い出すことに成功したというわけだ。ルームメイトを新しく配置する話も持ち上がったみたいだけれど、結局、僕は寮の部屋を一人で占有することに成功した。


 そこから入学式をして、学校の大まかな説明を受けて、そして授業が始まりと、特に魔王軍の誰かから連絡を受けることもなく一ヶ月ほどが過ぎ去ることになった。


 その間に、何とこの僕に友達……というよりはストーカーみたいな人がいつも隣にくっつくようになっていた。


「おい、ネオ! 学食行こうぜ!」


 昼休み、前の授業で使っていた教科書をカバンに押し込んでいたら、一人の男子生徒がこちらにやってきた。彼の席が入り口辺りなのに、わざわざ反対の窓際までやってくる辺り、彼個人からしてみれば僕を友人扱いしているらしかった。


 僕は鬱陶しそうにしながら、彼の容姿をまじまじと観察する。異性から受けの良さそうなチャラくてスポーティーな茶髪、シュッとした顎やキリリとした目つきの甘いマスク、そして全体的に細いのに所々筋肉の隆起があることでよく鍛えられていることが分かる肉体……。


 彼はシュウヤ・エンペルト。有名貴族の一人息子で、彼の父は王都でもよく名の通った貴族院の議長か何か。


 貴族院というのは王宮内で政治に意見できる有力貴族の魔窟のこと。つまり、彼の父親はそれだけ強い権力を持っているということで、その息子の彼は将来性の高い優良物件だ。


「ねえ、シュウヤ君。お昼行かない?」


「悪い、俺はこいつと約束あるから」


「えー、そうなのー? じゃあ、また今度ね」


 シュウヤの色香に釣られてやってきた女子は彼に対して笑顔を見せていた反面、去り際に僕を睨みつけて行った。しかも、周りに聞こえないくらいの悪口を友人に吐きながら教室を出ていくとは世の中の不公平さを体現しているようだった。


「すまないな、ネオ。あいつも悪いやつじゃないんだ。どうか気を悪くしないでくれ」


「別にいいけど。知り合い?」


「文通でやり取りしてるくらいには、仲が良いかな。この前、贈り物を貰ったりもした」


「相変わらず手が早いね」


「よしてくれ、俺が引っ掛けたんじゃない。向こうから集まってくるんだよ。目当ては、俺の権力とか、遺産とか、その辺りだろうけど」


「ついでに容姿もじゃないかな?」


「それはねえや。俺はこれでも、一般的な顔つきのつもりだからさ。ネオだって、髪を切って整えれば格好良くなるだろ」


「持ってる人は、持たざる人の気持ちを知らないものだよ」


 確かに鬱陶しいとは思うけれど、僕がイマイチ彼を突き放せないのは謙虚さと優しさがあるからだ。自分の力を鼻にかけず、むしろ相手を立てようとしたり、自ら汚名を被って相手を庇ったりもする。


 まさしく、正真正銘のイケメンここにあり。こんな絵に描いたような優良物件だ、異性が狙わないはずがない。


 僕は自分の席を立つと、彼の横を通り過ぎて向かうべきところに向かう。


「おい、何処行くんだよ?」


「何処って、学食じゃないの? 行かないなら置いてくよ」


「待てって! 相変わらず素っ気ないな、お前は! ツンデレか?」


「ツンしてないし、デレてもない」


「照れんなよ、本当は一緒に行きたかったんだろ?」


「やっぱり置いてこうかな」


「分かったって! 悪かったよ!」


 シュウヤは僕に置いてかれないように隣について歩き、結局、僕たちは二人で学食へと向かうことになった。


 学食で食べられるものはピンからキリまで存在する。銅貨五枚とワンコイン程度の手軽なメニューから、金貨一枚を支払わされて食べるお金持ちお貴族様コースまで様々だ。


 貧乏な僕は当然、ワンコインコースを選ぶ。お金は小さな頃から荒稼ぎしているけれど、殆どは魔王軍の運営資金に回してるから節約できるなら節約しておきたい。


 シュウヤはお貴族様コースでも十分食べていけるはずだけど、僕の向かいに座った彼が持ってきたのは僕と同じ狐うどんだった。


「毎回思うけど、どうして僕に合わせるの? シュウヤならもう少し高いものでも食べられるのに」


「俺は豪華な料理を上品に食べるより、皆んなが美味しそうに食べてるものをガツガツ食べたいんだ。それに、高いってだけで味はそう大したものじゃないぞ? なら、お前と同じやつの方が美味いに決まってる」


「そういうもんかな」


「そういうものだ」


 ボンボンだから豪華絢爛な食事を楽しみたいけど、僕に合わせて我慢してるのかと思ってた。けど、実際の彼は意外と庶民派らしい。


「というか、そもそもの話。どうして僕の友達になりたいのさ? 貴族ならコネを作ったりとかしたいものだろうに」


 この際だから聞こうと思ったこれも、僕からすれば謎なことだった。容姿は底辺層だし、無愛想だし、家柄も良いとは言えないし、おまけに魔力量は大したこともなく剣才もない(表向きはそうなってる)。


 一つ理由があるとすればユイナだろうけれど、もしもそれを言い出したところでコネの一つも作れはしない。何せ、僕とユイナは血縁関係にある実の兄妹だけど、殆どコミュニケーションのない言わば見かけだけの兄妹だからね。


 彼は豪快に啜ったうどんを飲み込むと、僕の質問に快く答えてくれた。


「それはな、お前が俺に興味なさそうだったからだ」


「何だそれ。意味が分からん。まだ、妹のユイナに近づくためって言われた方が信じられる」


「ユイナちゃんって、あの勇者候補だろ? 薄々兄妹かなとは思ってたけど、別に目当てなんかじゃねえよ。そもそも、俺は実家を出て冒険者になるつもりだからな」


「え、そうなの? 貴族として生きれば富と名声が何もしなくても舞い込んで来るのに?」


「俺からしたら、意味のないものさ。全く価値がないとは言わないけど、冒険者になって色んなところを旅した方が楽しそうだろ? 父上も納得してくれてるし、家督は姉が継ぐから」


「お姉さんがいるんだ」


「ユイナちゃんと同級生。交友関係があるかは知らないけど、元気でやってるぞ。今度紹介するよ」


「ふーん? まあ、その時はよろしく」


 これまた意外、彼は冒険者として生きていくとな。因みに冒険者っていうのはギルドってところに所属して依頼を受けながら自力で生計を立てるフリーターみたいなやつのこと。


 僕も将来的には、魔王としての身分を隠すのに都合が良いからその辺に落ち着くだろうとは思ってるけど、このままだと一緒に旅をしようとか言われかねないかも。


 このことは、彼にはしっかりと黙っていよう。


「そういうネオは、全然友達作ったりしないよな。俺がいなかったら、いつも一人でいるイメージだ。ユイナちゃんに会いに行ったりしないのか?」


「僕には学外に友人が沢山いるから必要ないよ」


「そうなのか?」


「そう。僕にとっては、凄く頼り甲斐のある人たちだ」


 ルナやアテナ、ディアといった面々は今頃どうしているだろうか? こちらに来てからというもの、一度もちゃんと話をしていないから偶には会いに行っても良いかもなんて。


「それに、ユイナは一人でやって行くのが合ってるよ。お荷物な兄が一緒にいても邪魔になるだけだ」


「そんなことないだろう。俺も姉上に比べたらまだまだ未熟なところはあるけど、姉上は一緒にいて楽しいとか、嬉しいって言ってくれるし。その実、俺も一緒にいれると嬉しかったりする」


「シスコンなの?」


「この際、シスコンでも構わない。俺は今のところ、姉上が一番好きなのさ」


 彼はよっぽど、自分の姉にご執心らしかった。けど、それを羨ましいなどとは特に思わず、そういう家族の形もあるのだと思うに留まった。


「僕は、今のところ自分から会いに行くつもりはないよ。僕はユイナに対して特に興味ない。ユイナが僕のことをどう思ってるのかも、実のところ分からないし。今のまま上手くいってるなら、それが一番良いんだよ」


「興味ないって、ネオ……。お前のたった一人の妹なんだから、もう少し大切にしてやれよ。何かあってからじゃ遅いんだぞ?」


「勇者候補なのに、何かあるって思う方が難しいんだけど。そこのところどう思ってる?」


「……確かにその通りだ」


 僕は最低ラインの実力なのだから、そもそも彼女を守るっていう発想にもならない。勇者などと言われるくらい強いのなら、自分の身に降りかかる火の粉くらい自分の力でどうにかするだろう。


 最も、僕は何かあったとしても干渉しないつもりだ。決して口には出さないけれどね。


「それでよ、話は変わるけど。この学年に、双子の王女が入学してるって話は聞いてるか?」


「ああ、聞いてるよ。名前は覚えてないけど」


「王族なんだから、覚えとけって。姉のユリティア様と妹のアリスティア様だ。廊下で何度かすれ違ったり、授業でも一緒だったりするだろ?」


「どうだったっけ?」


「何でそうも他人に無頓着なんだよ。もう少し興味持とうぜ? な?」


 何しろ、基本的に他者に対する関心が皆無に等しいからね。少なくとも、僕の友人たちを人として扱わないどころか、その辺の石ころとすら認識しないような人たちの顔や名前を覚える気にはなれない。


 いつの間にか器も空になっていたので、あまりに退屈な話が続きそうだから先に席を立つことにした。


「じゃあ、ご馳走様。先に教室に戻るね」


「おいおい、まだ食べ終わってねえって……。あ、おい! 本当に行くなよ!」


 後ろでギャアギャア言っていたけれど、構わず置いて行くことにした。こうして袖にしていれば、いつかは彼の方から寄って来なくなるかもしれないからね。


 教室へと戻る途中、意図せずして彼女と対面することになってしまった。教科書を大事そうに両手で胸に抱え、僕と同じ黒髪のフワフワウェーブを揺らしたつぶらな瞳、成長した姿であっても忘れはしないだろう。


 彼女は僕を見ても動かず、去ることもせず、避けることもせず。ただ、僕の姿を黒目に焼き付けるかのようにじっと無言で見つめていた。


「ユイナ、久しぶり。学校はどう? 友達はできた?」


 そう、勇者候補のユイナ、僕の唯一の妹がそこには立っていた。今は二年生で僕の一個上の先輩、受ける授業も全く違うから出会えたのはほんの偶然の出来事だろう。


 彼女は僕の疑問に答えることはしない。教科書で口元を隠し、半歩下がったり、戻したりを意味もなく繰り返している。


「僕のことは覚えてるかな? それとも、一年もしたら忘れたとか? 父様と母様は元気だよ。二人とも、ユイナが勇者になれるって期待してる。僕も、まあ応援してるよ」


 彼女は何も返事をしない。ただ、ゆらゆらと瞳を揺らすだけだ。


 どうやら、会っていないうちに更にコミュ障を拗らせてしまったようだ。この様子だと、まともに他人と会話すらできていないのだろうことが容易に想像できる。


 こうして向かい合っても、彼女からは強さを感じ取れない。けれど、魔力を眼に集中させれば彼女の真価がどれほどのものか分かる。


 メラメラと練り上げられた闘気に見えるそれは、体の中に止められなかった魔力の残滓だ。白色に輝くそれは、彼女の勇者らしい高潔さのようなものを象徴しているかのようだった。


 また、更に実力を上げたようだね。もしかしたら、そう遠くないうちに魔王として剣を交えることが叶うかもしれないと思うと少しだけワクワクしてきた。


 対するユイナはとうとう耐え切れなくなったらしい。彼女は大袈裟に一礼すると僕の横を通り過ぎて行った。


 そしてすれ違いざま、彼女は上等な香水の匂いを振りまきながら、僕の髪にチクリとした痛みを残したのだ。僕はその部分を手で押さえながら、彼女の走り去っていく後姿が見えなくなるまで目で追いかけた。


「……それにしても、どうして髪の毛なんて抜いたんだ?」


 ユイナは僕とすれ違った直後、常人からすれば目にも止まらぬ速さで右手を動かし僕の髪の毛を一本盗んでいった。きっと、僕でなければその奇怪な行為のことなど周囲の誰も気づいていないはずだ。


「……まあ、いいけど。授業に遅れるし、僕も行くか」


 やがて彼女の姿が見えなくなると、僕も目的地に向かって再び歩き出した。歩いている最中はまだ少し痛みが残っていたけれど、髪の毛を抜かれた記憶なんて痛みが引いていくのと同時に頭の中からも消えてしまったのだった。

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