第二章 魔王にも幼少期はある
第8話 魔王城が空き家の一室だけって、冗談だよね?
ルナと最初の訓練を始めたところから、早くも三年の時が過ぎてしまった。僕は八歳となり、ルナは正確な年齢を知らないけど同い年くらいだと思っている。
現在、僕はルナと一緒に魔王軍拡張のための計画立案、及び作戦の全体指揮を取るという仕事をしている。正直、魔王って何すれば良いのって感じだったけれど、三年前にルナから貰った大戦時代の口伝を元に何とか頑張れている。
その三年前のこと、彼女から聞いた魔王軍云々の話は要約するとこんな感じ。
もう二千年くらい前になる話で、その頃は魔族と人族が共存して平和に暮らしていたらしい。しかし、原因は不明だが互いの関係性の悪化が原因で戦争になり、その後、千年ほどの月日が過ぎていくことになる。
最初は魔力が高くて、身体能力や知力、寿命が優れる魔族が優勢だった。当時、魔族と魔物を統治していた魔王「イグニス」の手腕も相まって、戦況は魔族サイドの勝利になりそうだった。
しかし、ある時になって勇者なる存在が伏線もへったくれもなく登場。彼らの圧倒的な力は魔族軍を壊滅に追い込み、やがて魔王イグニスは討ち取られる。
イグニスがいなくなったことで魔族と魔物の加護は失われ、魔物は勇者軍によりその数を減らされ、残った魔族は人族の奴隷や家畜として利用されることになった。
その中でも一部、逃れることに成功した魔族たちは各地で隠れ家を築いたり、あるいはどこかの街や村で人族のフリをしたりして大戦時代から現在に至るまで歴史を継承し続けているらしい。当然、ルナもそのうちの一人ということになる。
しかし、各地に作った隠れ家もいつかは人族に見つかっては滅ぼされ、奴隷・家畜に落とされたり、何とか逃れた者たちはまた一から集落を築いたり、あるいは人の社会を隠れ蓑に生活をするようになる。
今でも何とかなっていはいるとは思うけれど、正直に言って崖っぷちだ。ただでさえ数が少ないんだ、人族が本気で魔族狩りに全ての精力を注いだならば魔族という種族が何年生き残れるか分からない。
そんな現状を打開できる可能性がある篝火、それが僕。千年ぶりに復活した魔王として、その使命を全うしている……ということになっている。
「魔王様! ヨワイネ男爵領の北北西、隣国との国境となるプエラ山脈の洞穴に同胞が監禁されているとの情報ありです!」
禍々しくも宝石のように美しい蒼い角を額の横から一対生やした彼女は、興奮状態らしく尻尾をブンブンと振り回して感情を全力でアピールしている。
サファイア色の瞳を持ち、見た目の可愛さとは裏腹にルナに次ぐ強大な魔力を持った彼女は僕たちの新しい仲間の一人だ。
「ご苦労、アテナ。少し休むといい」
「ありがとうございます!」
僕がコップに入れた新鮮な水を差し出すと、彼女は恐縮しつつも受け取りゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。
彼女は竜人族の少女で、名前はアテナ。ルナと同様、彼女も名前を与えて欲しいと縋ってきたので僕が上書きしておいた。
竜人族と言っても、別に竜に変身するみたいなことない。魔族が竜と交わることで稀に生まれる極小数民族、それが竜人族で、当然ながらこれもまた魔族の中の一括りに過ぎない。
竜人族の特徴は角や尻尾に限らず、肌の一部までもが頑丈な鱗に守られており、その一つ一つに高純度の魔力を宿しているため通常兵器での破壊は不可能なこと。加えて、彼女自身の持つ魔力量も尋常ではなく、たった数ヶ月の訓練だけで、数年も訓練を積んだルナに迫る勢いだ。
「美味しいです! ありがとうございます、魔王様!」
「頑張った部下に褒美を取らせるのは当然のことだ。お前はよくやっているぞ、アテナ」
「とんでもございません! 魔王様とルナ様が、隣国に売り渡されそうになっているところを助けてくださらなかったら……。きっと、私を売ろうとした闇組織の売人たちはあの世で死ぬほど後悔してることでしょう。そして私は、この喜びを魂に刻みつけ、この魔王軍のため全身全霊で働かさせていただく所存です!」
「そ、そうか。分かったから、いつの間にかサムズアップするのは止めてくれないか」
「はっ! 失礼いたしました!」
少しばかり忠誠心が高過ぎて何かやらかさないか心配だけれど、魔王軍を運営する者としては何かをやらかすくらいが丁度良いのだと思うことにしている。魔族の復活なんて世界の常識を覆すレベルで簡単なことではないけれど、だからこそ通常の手段ばかりではいけないと考えているのだ。
「それで、魔王様。報告の続きをしてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。続けてくれ」
さっきまで犬みたいに懐いていた表情がキリッと引き締まった。ここからは、もう少しだけ真面目にならないとだね。
「今回の組織なのですが、少しばかり他とは様子が違うようでして」
「何かあったのか?」
「これまでは、盗賊、山賊、闇組織の奴隷バイヤーなどといった一つの小隊、あるいは中隊で規模で構成されているものばかりでした。今回も、構成人数は三十人と中隊程度の規模で変わりはありません」
「ふむ……」
今挙げられた例というのは、どれもこれも魔族の売買に関わっていた組織らのことだ。運び屋だったり、警備会社みたいな用心棒だったり、あるいは魔族本人をしっかりと監禁している組織だったりと小物ばかり。
僕が期待していた心躍る戦いとは少し遠い気もするけれど、現実というのはこんなものなのかもしれない。
正直に言ってかなり地味。助けられた魔族も潰した組織の数を考えると小数過ぎてつり合いが取れないどころか、今や魔王軍とは名ばかりの文明を築くのも難しいチンピラ集団みたいになってきてる。
僕の興は今日までかなり削がれてきており、アテナへの返答も多少なり適当になってしまうのも致し方ないことだ。
「ならば、またどこか知らない領地か国からやってきたバイヤーなのだろう。ここ最近、ヨワイネ男爵領に出没する盗賊や山賊の数は激減し、今や激レア存在だからな」
それもこれも全部、僕やルナが魔王軍を運営する資金を目当てに彼らを襲い続けたことが原因だ。森に入ったが最後、戻ってくるような輩はいないと外の人たちが知ってしまったのだろう。
だから、やってくるのは万全の準備を整えた人たち。盗賊や山賊はお金がないから金品を奪うのだから、その正体は元々お金を有している組織か、あるいはバックに支援者がいる何者かになるわけだ。
「それが、そうではないのです。構成された組織の団員に、魔族が紛れ込んでいます」
「……何だと?」
明らかに深刻そうな声音で返事をしながら、彼女が言ったことの重大さについて必死に思考を巡らせる。
僕たちはこれまで、魔族が虐げられている現状を打開するために魔王軍を立ち上げ戦ってきた。戦いの中で、ついでに捕まった奴隷たちを解放しつつ魔王軍の配下に加えて勢力を拡大……これが、ここ最近の計画の肝となっている。
何をするにも人力とお金が必要だから、有事の際に対応できる人材をできるだけ多く確保したいのだ。
しかし、その助ける対象になるはずの魔族が敵側に回っている? これは一体、どういうことなのか……?
駄目だ、考えても分からん。考えても分からないことは、一生経っても分からないのだ。
「魔族のサイドに裏切り者が現れ始めたか? 人族に服従し、命令を実行することで自身の命を保障させるとか」
「いえ、その魔族には隷属の首輪が付けられています」
「隷属の首輪……」
意味もなく、しかし威圧的に彼女の言葉を繰り返す。
隷属の首輪は確か、アーティファクトの一つで対象を意のままに操れるというものだ。自分の魔力を首輪に込めて記憶させ、その魔力を対象に流すことで手足の一部にする。
「操られている、か」
「仰る通りです。そして、何人かいるうちの魔族の構成員の一人を捕まえて尋問を致しました」
「え、尋問?」
「な、何か問題がありましたか?」
尋問って、この子達にそんな技術を教えた覚えがないのだけれど? 一体どこで、そんな野蛮なことを覚えてしまったのだろうか。
こんな可愛い子に笑顔で拷問されたら、その人の新しい扉を開いてしまいそうで申し訳がない。
アテナも何かやらかしたのではないかと、不安そうに瞳を潤ませ揺らしている。これ以上、黙り込んでいると威圧しているみたいで可哀想になるから止めよう。
「……何でもない。続けてくれ」
「は、はい! かしこまりました! ……と言いたいところなのですが、実は何も情報が出てきませんでした」
「何だと?」
「申し訳ありません! 思考が獣以下、そもそも言語能力を備えていない戦闘人形のようなものでして。体から薬品反応も検出されましたので、恐らくは薬漬けにされて戦うことのみに特化した戦闘員に仕立てられたのでないかと……。有益な情報を得られなかった私目に、どうか罰をお与えください」
魔王っぽくするために、ちょっと威圧感を込めたんだけど逆に怖がらせてしまったみたい。僕は情報が取れなかったくらいじゃ怒らないし、誤解は解いておかないとね。
「そんなことを気に病む必要はない」
「し、しかし……」
「アテナ、お前の考えるべきはそれではない。後は、分かるな?」
「魔王様……。ま、まさか!?」
「え?」
さっさと気を持ち直して、次の作戦のために動き出せ。そう伝えたつもりだったのだけれど……。何故か、凄い張り切ってあれこれぶつくさと呟いている。
「つまり! 魔族が薬漬けにされ戦わされていたこと、それ自体が重要な情報ということですね!?」
「……え?」
「魔族は奴隷、および魔力を搾り出す家畜としての利用価値しかないとされている。しかし、実際は魔族を買い取る、もしくは独自のルートで入手し、戦闘用の奴隷として運用している存在がいるはず……。ですが、腑に落ちませんね。魔族自体、そこまで数が多いわけでもありませんし、捕まえるのだけでも一苦労なはず……。戦闘奴隷にしようなどと、どうして考えるのでしょうか?」
確かに、魔族は数が少ないせいで手に入ること自体が稀。一個体でもかなりの強さを持っているとはいえ、運用するとなると効率事態はかなり悪い。
「偶然……? いや、必然か……」
「必然……。なるほど! そういうことですか!」
「え、何が……」
「つまり、魔王様! これは何かの陰謀……。魔族を奴隷として運用できる「からくり」があるということですよね!?」
「えっと、その……」
「そして! その答えは彼らが持っているはず! そうですよね!?」
「……」
あまりにまくし立てる勢いが良過ぎて、出てきかけた言葉も既に引っ込んでしまった。この期待に満ちた眼差し、前にもどこかで見たことがあるような気がする……。
どうしよう、含ませる言い方をした結果、あらん方向に深読みしてありもしない答えに辿り着かせてしまった……。違うと否定してもいいのだけれど、その振り翳した尻尾がダランと垂れ下がって床を突き抜けても嫌だな。
僕は心の中に潜む天使と悪魔と話し合い、そして……。
「……そ」
「そ?」
「その通りだ! よくぞ、我が意図をよく読み取った! 流石は魔王軍の知恵袋、アテナだ!」
「やはり、そうだったのですね! 流石は魔王様、素晴らしい叡智に感服いたしました!」
全力で乗っかることにした。何だか最近になって、嘘を嘘で塗り固めていく作業が発生しているような気もするのだけれど、バレなければ何も問題はないのだ。
「だが、あくまで可能性の話だということを忘れるな。敵のアジトを叩きつつ、情報収集も怠るなよ」
「もちろんです! それで、魔王様。もう一つ、別件でご相談があるのですが……」
「何だ? 言ってみるがいい」
「魔王軍の構成人数ですが、今や三十人近くにまで膨れ上がっています。今はまだ人数的な問題は発生していませんが、いずれは更に構成員が増えるものと予想されます。如何なさいますか?」
そっか、いつの間にかそんなに人数が増えていたのか。僕の知らないところでルナやアテナが中心になって色々な魔族を救っては取り込んでいるからね。
全員を仲間にしてきたわけじゃないだろうけれど、殆どの魔族が魔王である僕の庇護下に入ることで奴隷や家畜になる未来を回避している。その代わりに僕たちは人材を得て人族と戦えるだけの戦力を身につける、まさにギブ&テイクだね。
これからもそういう人たちを取り込んで数を増やすつもりだし、廃墟を拠点にするだけでは駄目なのかもしれない。それに、拾った以上はちゃんとした衣食住を付けてあげたいし、そうなると財政とか諸々も厳しくなりそうな気が……。
いやいや、まずは目の前の問題を片付けなければ。となると……?
「新しい拠点か。確かに、将来的にはこの魔王城も手狭だな」
「あの、大変申し上げにくいのですが。魔王城というより、ここは魔王部屋です」
「……確かに、その通りだな」
魔王城と呼んでいるここは、例の遺跡にあった空き家を改造したものだ。食卓を執務用のデスクに見立て、椅子にふんぞりかえることで魔王の部屋っぽくしてるだけ。
一応、掃除はしたのだけれど装飾品を飾ってもあまり見栄えが良くならないどころか狭くなるだけなので、余計なものは置かずに報告と作戦立案を行うだけの部屋となっている。
因みに、例のクローゼット型のアーティファクトは魔王軍の貴重品管理のための金庫として扱っていて、今も部屋の隅を占領している。僕の魔力をアーティファクトに登録してあるので、異常があればすぐに分かる防犯システム付きである。
「そうなると、拠点の確保は急務だな。しかし、ここ周辺にはそのような場所はないはずだ」
「我々も全力で拠点を探してはおりますが、中々、我々の存在を隠すのに適した場所がなく……。魔族である我々は、見つかるだけで狩りの対象になりますから」
「……難しい問題だな」
「如何なされますか?」
「拠点の方は僕の方でも探してみよう。例の集団については、今夜に襲撃をかける。前線には僕も出るからそのつもりでいるように」
「魔王様自ら!? よろしいのですか?」
「ああ。僕も、その魔族とやらに興味がある」
最近は魔物狩りや蛮族狩りにも飽きてきたし、ここらで戦闘に特化した魔族とやらの実力を試そう。今の僕はそう簡単に死にやしないし、前世と違ってかなりやんちゃしても心配することなんて何もない。
「かしこまりました。では、夜の戦闘に向けて部隊の準備を整えます」
「頼んだ」
それじゃあ、夜まで暇つぶしに拠点を適当に探しつつ、魔物を狩って来ようかな。
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