第7話 僕の妹って、実は凄く優秀らしい

 さて、ここで妹のユイナについて僕が知っている限りのことを説明しておこう。


 彼女は僕と同じ黒髪、黒目の女の子。男子である僕とは違い、蝶よ、花よと父から可愛がられ、母からもかなり愛情を込めて育てられているようだ。


 僕も愛情をもらっているとは思うけれど、父は母に怯えているだけだし、母は武術訓練という形で示す暴力的な愛情表現がお得意だ。最近は家庭教師を付ける、付けないという話も持ち上がっているとの情報もあるし、明らかに家督を継がせる算段を立てている。


 実を言うと、その推測にもちゃんとした根拠がある。そう、ユイナには僕よりも優秀かもしれない兆候が既に見えているのだ。


 彼女がこの世界の言葉を話せるようになったのは生後半年後のことだ。僕は転生している影響か最初から言葉を知っていたし、話し始める時期も生後十か月から一年くらいで調整したからこの時点で僕よりも頭は良いと少なくとも両親には思われている。


 けど、それを抜きにしてもあまりに言語習得が早過ぎる。医者にもかなり驚かれており、両親はすぐに妹がただならぬ才覚を持っているのではないかと注視するようになった。


 その感覚は非常に正しく、正確だと言わざるを得ない。何せ、食事のときとか子守を任せられた時、彼女は何もないはずの場所に手を伸ばす仕草を見せていた。


 魔力を可視化して見ると、そこには魔力の滞留が必ず存在していたし、彼女は一般人よりも魔力に対する感度が高いらしい。


 少なくとも、一歳前後の時点で既に緑……いや、黄色一歩手前くらいの魔力を保有していたはずだ。この二年くらいなら、今は黄色か、良ければ紫色には届いているはず。


 このことを知っているのは当然、僕だけ。でも、 それもこれも全ては今日の魔力測定の儀式で明らかになることだ。


 まあそれとなく教える手段もないではないけれど、僕はそんな無粋な真似はしないと決めている。お楽しみは最後まで取っておかないと、驚きが半減してしまうからね。


 因みに、紫色となると王宮に仕える宮廷魔術師長、王国騎士団長レベルくらいとされている。黒に到達したなら伝説の勇者並、きっと妹には魔物や魔族を専門に相手取る勇者軍に入れるだけの才能があると考えている。


 妹が勇者になってしまったら僕と敵対することになってしまうけれど、それはそれで全く問題ない。好敵手が増えることは歓迎するべきことだし、何より立ちはだかる障害は躱すのではなくぶっ壊す方が面白いに決まっているのだから。


 ルナと一緒にユイナの部屋へと向かうと、僕の時と同じように既に準備は整えられていた。


「遅いわよ、ネオ。早く来なさい。ユイナの儀式を始めるわ」


「はーい」


 僕とルナはゆっくりとユイナに近づいていく。そのとき、ルナが後ろから僕だけに聞こえる声で耳打ちした。


「あの方が、ネオの妹? さっきも食卓にいた」


「うん、そうだよ」


「凄い魔力を持ってる……。今の私じゃ敵わない」


「ふーん、ルナも感じられるんだ」


「まあ、多少は……」


 魔族は軒並み、強大な魔力を操る素質が高いとされているけど本当らしい。それが分かったのはいいけれど無駄口が多いと怪しまれるので会話は一旦ここで終了だ。


 僕がやってきたのを確認してから、母が取り仕切る中で儀式は始まった。


「では、魔力測定の儀式を始めます。あなた、ユイナの手を水晶に」


「分かったよ、ハニー。さあ、ユイナ。ここに手を置くんだぞ」


「こう?」


 父に導かれるままにユイナは水晶玉に手を預ける。すると、水晶玉が彼女の魔力を吸い上げ始め、どんどん色を変えていくではないか。


(ふーん、予想外だ。まさか……)


「黒!? 黒だと!? うちの娘が……」


「落ち着いて、あなた。すぐに教会に連絡を。魔王の生まれ変わりかどうか、調べてもらう必要があるわ」


「ああ、そうだな!」


 冷や汗を浮かべた父は血相を変えてユイナを母に預けて部屋を慌ただしく飛び出して行った。となると、必然的に視線は僕の方へと向けられる。


「ネオ、ユイナは勇者軍に入れる可能性がある。でも、もしも魔王の転生体だった場合は、あなたがしっかりしなければならないことを覚えておきなさいね」


 魔王の生まれ変わりかもしれない。それはつまり、彼女が魔王だった場合の家督は僕が継ぐことになるという威圧でもあった。


 僕としては丁重にお断りしたいところなんだけど、こればっかりは回避しようもない。しかし、そうなると配下を率いて魔族たちをまとめる魔王としての役割を全うするのが難しくなるから困ってしまう。


 うーん、今からでも適当に事故死を偽装する算段を立てておいた方が良いかな?



「分かってるよ、それが決まりなんだもんね」


 それはそれとして、僕は理解ある長男という立場も演じておく。今の段階で家族間で軋轢を生むのは得策ではないし、そうなると彼らを始末しないといけなくなる。


 いくら命が軽い世界と言えど、家族を殺傷するようなことはできればしたくない。人畜無害な貧乏貴族の長男、それが僕の今の姿なのだから。


「ならいいわ。さあ、鍛錬の時間よ。今日は自主練習にするから、ちゃんと剣を振りなさいね」


 というわけで、僕はルナに剣術や魔力の鍛錬方法を伝授することにした。両親に見られるわけにもいかないので、昨日ルナを助けた遺跡を訓練場の代わりに使うことにした。


「やあ!」


 鋭い切っ先が僕の剣先を捉えに来るが、まだまだ無駄な動きが多く大振りだ。足運びも稚拙だし、魔力の扱いも煩雑で木剣に流した魔力は振った傍からすぐに霧散してしまう。


「何もかもが中途半端だね。まずは魔力を乗せずに、僕から剣術で一本取れるところから始めようか」


「でも、それではあなたに追いつけない」


「僕に追いつこうなんて、百年早いよ。この世界に来てから五年、ずっと鍛錬に身を捧げてきたんだから」


 因みに、前世でも色々な格闘技を学んでいた時期があったから、換算するともっと多くの年数分だけ研鑽を積んでいることになる。この歳で他人より物事を考えられるのも、僕の実年齢が五十歳くらいなせいでもあるから普通の子供が僕に知識や戦闘技術で勝てないのは当たり前なのだ。


 僕は彼女の振ってきた剣を軽く弾いてやると、殺気を込めた剣先が彼女の細い首に吸い込まれていく。避けられないと分かった彼女は必死で剣と首の間にガードを入れようとしたが間に合わず、彼女の首が吹き飛ぶ直前で剣の動きは止められた。


 そして、程よく痛みを与えられる程度に彼女の首を小突いた。手加減を上手くできるようになったのも母との修行のお陰だから、母には大いに感謝しないといけない。


「やられたわ……。それに、ちょっと怖かった」


「元々、剣術は相手の命を狩るためにやるんだ。怖くて当然、その刃が自分にも向けられるんだからな。もう辞めるか?」


「……いいえ、こんなところで躓いていられない。せっかく、魔族を復活させる希望に幸運にも巡り会えたのだから、自らそれを手放すようなことはしない」


「そうか、良い覚悟だ」


 彼女は芯が強い。心の中核に存在している意志がダイヤモンドのように輝いているのに、脆いそれよりも硬い。


 何度打ちのめしても、その度に立ち上がってより強い心が出来上がる。ルナはきっと、ユイナよりも将来有望だと僕は思っている。


 彼女は瞳に確固たる決意を宿して立ち上がり、足の震えを気迫で強制的に止めて剣を構えた。


「もう一本、お願い!」


「ルナが倒れるまで、付き合おう。僕の動きを真似して、僕から一本取れるようになるんだ」


「……ええ! やってやるわ!」


 それからも二時間ほど休まずに打ち合い続け、彼女が汗まみれで息もあがった頃合いを見計らって休憩時間を取ることにした。 僕が空き家の壁に身を預けるとルナも隣に座り、今は一緒に休憩中である。


「ねえ、イグニス」


「どうしたの、ルナ」


「あなたの妹さん、とても危険だとは思わない? 勇者軍に入れるだけの実力を持っているなんて、いずれ魔王軍の敵になるんじゃないかって思うのだけれど」


「確かに、そうかもしれないね」


 勇者軍というのは、元来は魔王軍との戦争において最前線で戦っていたリーダーである勇者が率いる特攻部隊のことだ。その国の騎士団や宮廷魔術師たちの支援の元、率先して戦場に出て魔物や魔族を狩りまくる。


 魔王が討伐された現在は、ここシグルス王国においては有事の際に魔物や魔族を狩る特別部隊になっているらしい。構成人数はほんの僅かの少数精鋭、明確な構成人数については機密らしいけれど一人ひとりが群を抜いて強いとの噂だ。


「一個小隊だけで相手の軍を壊滅させられるほどの力を持つ……。確かに、ユイナがその組織に入ったら、僕たちの脅威になってしまうかもしれない。でも、それもまたよし」


「いいの? 本当に後悔しない?」


「だって、僕の妹だし。それに、強い奴と戦えるのならその方が面白そうだからね」


「そう」


「反対しないの?」


「私は、魔王であるあなたの意向に従うわ」


「そっか。なら、この話は終わりかな」


「じゃあ、そろそろ次の話をしましょうか。魔王軍再興に向けた作戦会議、そのための情報をあなたに渡すわ」


 僕は気合を入れ直すために背中を起こして背伸びをした。暖かな日差しと程よく吹き抜ける爽やかな風が心地良く、こんな日は悪巧みをするのに絶好のタイミングだ。


「じゃあ、教えてもらおうかな。僕が生まれる前の、魔王軍と魔族について」

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