第6話 僕の部下兼奴隷は優秀です

 ルナに魔力で自分の姿を変える術を教えて、それを実行に移してもらった。彼女は魔力制御のセンスが非常に良く、すぐに黒髪黒目の清楚系大和撫子に生まれ変わった。


 ついでに魔力を操作する訓練もしていたら朝日も昇り始めたので、彼女には変身したままの状態を維持してもらって一緒に帰宅した。


 取り敢えず、彼女のことは領地の近くを通った奴隷商から買ったと説明しつつ、使用人に頼んでお風呂の準備をしてもらった。


 流石に臭い汚れ塗れのまま家族に紹介したくなかったので、徹底的に綺麗にしてから魔力で服をちゃちゃっと生成してもらった。


 やっぱり、魔力の扱いが凄く上手いんだよなぁ。僕も彼女くらいの才覚があったらと思ったが、無いものねだりしても仕方ない。


 ここは、優秀過ぎる部下を持てたと思って納得しておこうと思う。


「こちら、僕の奴隷になったルナです。領地の近くを通った奴隷商から買いました」


「ルナと申します。よろしくお願いします」


 ルナはどこで教わったのか、非常に礼儀正しく挨拶をして見せた。あまりの上品さに母親は言葉を返さず、父親に至っては食い入るように見つめていた。


「ネオ、その上質な奴隷を本当に奴隷商から買ったのか? どう見ても金貨三十枚は下らない上物だが?」


「こういう時の為にお小遣いは貯めてありましたので。彼女のお世話も僕がするので問題ありませんよね?」


「ぐぬぬ、そんな素晴らしい奴隷を買うとはうらやまけしからん話だ……。金貨五十枚! これを出すから新しい奴隷でも……」


「嫌だよ、彼女は僕のものだ」


「な、何を……。最近、友人が質の良い奴隷を仕入れたと自慢してきたのだ。頼む、譲ってくれ!」


「丁重にお断りします」


「くっそぉ……」


 父親が悔しがるのも無理ない話だ。奴隷というのは家族の間では持っていると財力がある証明になるらしく、貴族間での取引に使われたりもする代物だ。


 言わば、ペットを飼っているのと同じ感覚だろう。唯一違うところは、ペットみたいに愛着が湧いて手元に置いておくという発想が乏しいことくらいか。


「あなた、そんなのだから奴隷の一人も買えないのよ。息子に集るような甲斐性無しにはお似合いだわ」


「ぐはっ!?」


「パパ、かいしょーなし? ママがいつも、だらしなくてばかっていってるのとかんけいある?」


「がはぁ!? よ、嫁からだけでなく娘からまで言われるとは……」


 思いの外、父親にはクリーンヒットだったらしく青い顔をして机に突っ伏していた。妹も着々と母親の調教が効いてきているらしく、そのうち女子強い系家族になるのも夢じゃないのかもしれない。


「じゃあ、そういうことだから。部屋に戻るね」


「ちょっと待ちなさい、ネオ」


「何、母様?」


「ユイナが三歳になったから、今日中に魔力測定の儀式をするわ。あなたも参加しなさい」


「……はーい」


 そうか、もう魔力測定の儀式をする時期なんだ。正直に言って、僕はあまり興味がないから参加しないで魔王軍再興のための作戦を立てようと思ってたんだけどなー……。


 ……仕方ない、母に逆らうと後々面倒なことになるからね。妹の力を把握しておくって意味でも、必要なことなのかもしれない。


 そんなこんなで朝食を済ませて部屋に戻ると、ベッドに腰かけて目の前のルナと向かい合う。


「お疲れ様、ルナ。取り合えず、第一関門は突破だね」


「そうね、あなたのおかげで何とか家の内部に入り込むことはできたわ。これの維持も結構疲れるのだけれど、解いても構わないかしら?」


「いや、ここにいる時はなるべく変装したままで。魔力を制御する訓練をしつつ、もっと魔力保有量を上げないと。来るその日まで、日々鍛錬だよ」


「……そう、なら私もその精神を大切にするわね。ありがとう」


「いいってこと」


 部下の教育っていうのはしっかりとやっておかないとね。大事なのは「ほうれんそう」と「地位に胡坐をかかないこと」なのだから。


 調子に乗って天狗になったりとか、部下を単なる駒だと勘違いするといつか痛い目を見る。他でもない前世で才能に打ちのめされてきた僕が言うのだから、この言葉に間違いはない。


「それで、話は変わるけれど……。ここが、魔王軍の仮拠点ってことでいいのかしら?」


「一先ずはね。でも、これから仲間を増やすつもりなら別の拠点を見つける必要があるけれど」


「そうね。そうなると、当面の目標は仲間集めと新しい拠点探しかしら」


「あとは、ルナを戦えるようにすることも追加しておいて。魔王軍最初の加入者が弱いと示しがつかないだろうし」


「ええ、分かったわ。それじゃあ、それ以外の時間はあなたの従者として活動を……」


「いや、それには及ばないよ。今でも十分生活できてるし、傍に居てくれるだけでいい」


「駄目よ!」


「……え?」


 ルナはサムズアップしながら、力強く僕の言葉を否定する。昨夜までとは違って、ちゃんと手入れの行き届いた髪や肌から甘い石鹸の香りが漂ってきた。


「外側だけ取り繕っても潜入していることがバレかねないわ。だから、ちゃんと従者の仕事も覚えないと。掃除に洗濯、あなたの身の回りの世話も任せて」


「うーん……」


「……嫌なの?」


 ルナが不安そうな顔をして、上目遣いで尋ねてきた。こんな幼子で既に社畜根性が身についてしまっているのは嘆かわしいけれど、彼女は人に必要とされたがっているようにも見える。


 もちろん、彼女の言う通り使用人として潜入するなら使用人の仕事をマスターするのは有益なことだと思う。でも、体裁さえちゃんとして後は魔王軍復興に時間を割いた方が効率的なのは明らかなのだから。


 ……だとすると、あまり無下にしてしまうと信頼関係の問題に繋がってきそうだな。同じ組織で動くのなら、互いに信頼できるということを主従関係という形で示した方が良いのかも。


「分かったよ、ルナの提案を受け入れよう」


「本当!?」


「うん。でも、あまり無理はし過ぎないこと。いいね?」


「ええ! ありがとう、任せてくれて!」


 気品溢れる笑顔の裏で、見えない耳や尻尾がはしゃいでいるのが分かる。喜んでくれるのは嬉しいけれど、あまり無理しちゃだめだからね。


 働き過ぎは体の毒、ただでさえやることが多いのだから倒れられても困るし。その辺は、主人役の僕がちゃんと管理していこうと思う。


 大まかな話がまとまったところで、部屋の扉がノックされた。


「坊ちゃま、ユイナお嬢様の魔力測定の儀式のお時間となりました」


「うん、今行く。ルナ、それじゃあ一緒に行こうか。魔王軍云々の話は、ユイナの儀式が終わってからってことで」


「分かったわ。それにしても、あなたに妹さんがいたのね。どんな子なの?」


「どんな子? うーん……分からない。顔を合わせるのは食事のときくらいで、ほとんど関わってないからね。そもそも、話しているところも見たことないし」


「へえ、人族の家族関係って割とドライなのね」


「どうだろう。僕が特別、興味がないだけだと思うよ」


「あなたは魔王だものね、人の子にさして興味が湧かないのも頷けるわ」


 薄情とか、人でなしって罵られるかと思ったけど、勝手に勘違いしてくれたみたい。でも実際、ユイナってどんな子なんだろうっていうのはちょっと気になってた。


 これから行われる儀式で分かるだろうし、取り敢えずは支度を整えて儀式に参加しよう。

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