第3話 転生
その後の意識はなかった。
意識だけがあるようで、体はついていないようだった。
首だけがぶら下がっている感じ。
先程の男は本当に転生させてやるつもりだったのか今になって怪しく感じてきた。
あれは本当はただの夢で今の自分の状態が本当にあるべき姿なのではないか。
そうか、やっぱりこれは執筆ができなくなった自分の作り出した」幻影なのだろう。
「なんだよ、転生させてやる。って言ってたのに」
春広は、男への、いや、自分への怒りと憎悪が頭の上にズドンとののしかかった。
「どうして、どうしてなんだよう、、、」
自分の期待が一瞬にして崩れていたのが分かった。
「もうすぐ、この意識も消えるのだろうか」と絶望に暮れている時だった。
突然目の前に一点の光がぼんやりと輝いているのが分かった。
ふわりと灯ったその光は、じわじわと瞳の中で大きくなっていった。
首だけだった感覚が、体の中まで広がっていく。
「ま、まさか、て、転生、出来てる...」
春広は、まだ信じることはできなかった。
しかし、自分が畳の上で寝ているかのようなひんやりとした触り心地がした。
そして、瞼がゆっくりと開いていく。
目覚めた先は、シャンデリアが薄暗い紫色で照らしている小さな部屋だった。
そこに、転生したと決定づける確実な証拠もあった。
首を上げると、そこには大きく膨らんだ胸があった。
こうして、畳から背中を起こして座ると、肩にふわりと何かが触れていた。
それを手で触ると、指と指の間から抜けていくほどにさらさらとした黒髪だった。
「あ、あ、、!あ、本当に、できてるっ」
自分の手を凝視しても、現世のような萎れたパサパサの手ではなく、潤いのある細く、白い美しい指だった。
ここで、自分の顔を確認しようと立ち上がって鏡を探した。
狭い部屋で、不気味な紫色だったが、部屋の中には小さなたんす、クローゼット、棚が置かれていて、それらの上には高級そうなアクセサリーが大切に飾られていた。
床には、風呂敷で包まれたものや、小さな箱がぽつんと積まれていた。
しかし、どこを探しても部屋の中に鏡は見つからなかった。
部屋の中を探索していると、部屋の外からドスドス、ドスドスと大勢の人が歩いていくのが聞こえてきた。
いきなり足音が聞こえるようになあったので、何があったのだろうとドアに耳を澄まして聞いてみると、「今日も魔王様の下でのお仕事頑張るぞ。昇進して、魔王様の右に座る人になるんだ」や、「フン!お前なんかには負けないぞ。俺の方が先に昇進してやるんだからな」と言った男の声が聞こえた。
みんな同じ方向に歩いて行っているようだったので、「何かあっているのだろうか?」と思い、ドアノブをそっと引いて外の様子を見ることにした。
そっと、ドアを開いて外を見ると、驚いたことに、魔物たちが一斉に進行方向左向きに歩いて行っているのである。
歩いている者は、緑色の頭をしたゴブリンや、蛇を頭からはやしたメドゥーサ、尻尾のかわいいサキュバス、体がレンガでできているゴーレムなど、様々だった。
バレないように覗いていたつもりだったが、一体のメドゥーサが、後ろを振り返り、目が合ってしまった。
「気づかれた!」と思い、急いでドアを閉めて背中を向け、寄りかかったまま滑り落ちた。
このまま通り過ぎるのを待とうと、魔物の流れが鳴りやむのを待った。
ガヤガヤと、通り過ぎていく魔物たちの音が耳に入るたびに恐怖感が増していった。
「ばれたら、、、どうなるんだろう」
数分間待っただろうか、先ほどまでの足音は止み、辺りはしんと静まり返っていた。
「よし、そろそろ出てみるか」と、ドアを静かに開けると、顔の前に大きな瞳が表れた。
「ひゃっ!!!」
思わず声が出て、ドアを閉めようとすると、表側からドアノブを引かれてドアが閉まらず後ろ向きに尻もちをついてしまった。
どうやら、先ほど目の合ったメドゥーサが出待ちをしていたようだった。
メドゥーサは、そのまま部屋にずんずん入ってきて、ドアを閉めた。
そのメドゥーサは、尻もちついた女性を見るなり、舌を出してまた顔をじっと見た。
「なにこの子?可愛い・・・。この辺じゃ全然見ない顔だけど、人間、っていう生き物なのかな?なんて言ったいいんだろう、、、きれいな顔立ちで、美しい。ねね、お姉さん、名前、なんていうの?」
地球でいうギャルみたいなメドゥーサだった。
頭の蛇をカチューシャでまとめて、大きな瞳に、綺麗なハイライトが映り、高い鼻とともに可愛い顔をより引き立たせていた。
誰にでも明るく接する陽キャの中の陽キャという感じだ。
だが、名前を聞かれて困った。
流石にこの姿で「春広」というのはなあ、、、。どうせ転生したのなら、女の子の名前にしたいなあ。でも、「春」の字は使いたいなあ。現世の名残って感じ。
そして、はるこ?はるみ?はるか?と悩んだが、結果的に「春乃」にすることにした。
「は、春乃っていうの、、、。よ、よろしくね、、、」
「へー、ハルノっていう名前なんだー。素敵な名前ね。あ、私はローニャ!メドゥーサとドラゴンの混血でーす。これからよろしくねー」
話し終わるとローニャは、手を差し出してきた。
ドラゴンのようなごつごつとした手だったが、春乃にはその手が柔らかく温かい手に思えた。
春乃がその手をつかむと、ローニャは引っ張って、春乃を立たせた。
「じゃっ、一緒に頑張ろうな!」
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