第2話 漆黒の境地
「ぐっ……」
臓器がえぐられていく感覚を感じ、一瞬にして死を確信した春広だっだが、倒れたあと、記憶が鮮明なまま周りが真っ暗な世界に迷い込んだ。
360度どこの方向を向いても暗闇。
「あぁ、これが死なのか……俺、死んじまったのか……」と春広は落胆した。
「まだ、現世でもやりたいことがたくさん残っていたのに」
もっと自分で作品を書きたかった。
自分の作品の劇場版を見てみたかった。
スピンオフだって出版したかった。
ブラック企業でどれだけ鋼のメンタルを手にしたところで死ぬ時は一瞬でとてもあっけなかった。
そんな事実が嫌で嫌で仕方なかった。
でももう現世に戻るのは無理なのだ。
「どうしてだよぉ…ぐすっぐすっ」
暗闇の地獄の中で一人、顔を落として声を殺して泣いていたが、少し経つと暗闇の中からはっきりと声が聞こえた。
「おい、おい、聞いているのか。辻春広よ。将来が安泰ながらに無念に亡くなってしまった哀れな男よ。お前に一つ救済のチャンスを与えよう。」
いきなり暗闇から聞こえてきた「救済」という単語に反応した春広は、顔を上げて声の行方を探したが、やはりそこには暗闇があるだけだった。
「なんだ、やっぱりただの幻聴じゃないか。この状況に体も拒絶反応を示すようになってしまったのか。幻聴なんかで心なんか休まらないのに」
「幻聴なんかではないぞ」
また聞こえたその声は、確かに春広の背中からだった。
「誰かいるのか?」
春広が振り返ると、闇の中に一点だけぼんやりと光が灯っていた。
その光は手を伸ばせば指先で触れることのできそうな距離から一筋の光を春広に差し出しているようだった。
「なんなんだよ、誰だよ」
その光の方向に向かって叫ぶと、今度は後ろから声が聞こえた。
「残念だったが、私の姿をお前の目から確認することはできない。しかし、必ず君の後ろにいる。おっと、申し遅れたが私は神様だ」
「なんだって……」
「まあ、そんなに落ち込むでない。今日の私は機嫌がいいからな。お前に救済の手を差し伸べてやる」
「なんだよ、俺はもう死んでるんだよ、、、。今更何なんだよ。救済とか言っても、もう現世で作品を書くことなんてできないんだろ?」
「まあ、そうだな。お前はもう既に火葬済みだし、ここから自分の体を持って現世に戻っても、小説よりも火葬後の復活に世界中の人は目を向け、オカルト団体に教祖として引っ張られて執筆どころではなくなるだろうからな」
「もう、火葬済み、か」
春広は、悔しさのあまり拳を作って地面に叩きつけた。
触れたところから波紋が広がっていく。
「まあまあ、安心しなさい。ちゃんとお前が生まれ変わった先では執筆できる環境を整えてやる。このままでは不完全燃焼だろうからな」
「体は燃焼してしまったよ」
「まあそうネガティブになるな。お前、現世ではいい人を演じるのも疲れただろう?ブラック企業でボロ雑巾みたいな扱いを受けてきたんだから、転生先は勇者たちと共に戦い、苦悩を抱えながら冒険するよりも魔王の肩を持つほうがいいんじゃないか?魔王の下で執筆活動に励むといい」
「魔王?」
晴広は、神を名乗る男が何を言っているのか分からなかった。
正直、男のことは信用しておらず、幻覚か幻聴かなにかかと思っていたが、本当に執筆ができるようになるのであれば話は違う。
しかも、悪の方につくことができる。
このことがとても春広の心に引っかかった。
確かに男の言う通り「社会のため」に活動することは疲れた。
自分は、空き巣に殺されて死んだのだ。
「善」が「悪」にやられてしまったのだ。
、、、それなら、悪のほうにつくほうがいいじゃないか。
「なあ、お前、本当に神なのか、、、?」
「そうだ、さっきも言ったが、お前を生まれ変わらせてやろうと思ってる。嫌なら断ってもらっても構わん。まあ、そうしたらこの暗闇の中に囚われることになるけどな」
「、、、魔王のもとに生まれ変わらせてほしい」
春広は、覚悟を決めて言った。
すると、男は「ふはははは」と「お前が魔王なのではないか」という感じで豪快に笑い出した。
「ははははは、言ってくれると思っていたよ。ただ、すぐには転生させない。ちゃんと設定を決めてからだ。まあ、お前がお姉さんキャラであることは確定してるけどな。「ネコミミママ」とかいう名前で活動していたんだ、お姉さんキャラに憧れていたんだろ?あ、あと猫耳もつけてやる。現世に忠実な見た目にしてやる」
「こんな俺が、、、お姉さんに?」
「そうだ、あと巨乳も追加してやる。嬉しいだろ?」
猫耳やお姉さんという設定はまだ理解できたが、巨乳の設定は意味が分からなかった。
「なんで、巨乳?」
「私の趣味だ」
「はい」
その後も転生先の設定を決めていった(ほとんどは神の独断と趣味だった)。
ただ、意外と設定は易しかった。
どうやら、転生先の魔王城をホワイトにしてくれるらしい。
地獄のような環境でストレスを溜めこみすぎて、ボーナスステージが直ぐに嫌になるのを防ぐためだそうだ。
しかも、付き合いにも困らないようにしてくれた。
「よし、まあ事前設定はこのくらいにして、そろそろ転生させてやる。準備はいいか?」
春広は、唾を飲み込んで首を縦に振った。
すると、体が熱くなり、溶けていく感覚に襲われた。
そして、漆黒の部屋での意識がどんどん薄れていった。
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