第23話 和解の条件

芝山は駅前のデパートで菓子折りを購入すると、暗い面持ちでバスに乗車した。


芝山の足どりは重かった。


人生で初めて降参するのだから、無理もない。


今まで鉄拳で強引に解決してきた芝山も、時代の流れには逆らえないということだろう。


金と権力がモノを言う世界に、芝山はため息が止まらなかった。




「それで、何か良い情報は聞き出せましたか?」


石井はこの前の態度と打って変わって、ふてぶてしい顔を張り付けて言った。



「いや…。おたくに何を仕込まれたか分からんが、口を割らなくてね」


「ふん、言いがかりも良いところだ。そんな事実はない」


「…俺が何年教師やってると思ってんだ。生徒が嘘をついてるかどうかくらい、すぐに分かる。勿論、あんたが入れ知恵したのかどうかもな」


芝山は不機嫌そうに紙袋をテーブルの上に置くと、座り直した。



「まあ、今回は和解を求めに来たのでね。文句はこれくらいにしておきますよ」


「和解?冗談でしょう、一方的に暴力を振るっておいて。退学処分が妥当だと思いますがね。それに、それがモノを頼む態度ですかな」


「そちらだって、理事長会議が迫っとるんでしょう。あまり大ごとにはしたくないはずだ。そうでしょう?」


芝山がそう言うと、石井の顔色が変わった。



「…まあ、良いでしょう。『二度と喧嘩をしない』というのなら、今回は停学処分ということで。だが、次また同じようなことがあれば、その時は分かってるんでしょうね」


「勿論です。藤井には私がきつく言っておきますので」


蓬町の校長は、話が終わるとほっとしたような顔を見せた。



恐らく、大きな問題に発展しなかったことだけで、彼は十分なのだろう。


蓬町の校長にとってはどちらが悪いかなんてのはさほど問題ではなく、むしろ親や学校どうしの争いになる方が、よっぽど恐れている事態なのだから。



蓬町の校長に限らず、多くの学校の校長やら教頭やらは還暦までの数年間、問題を起こすことなく職務を終えたいと考えている。


確かに、何も起きないというのは良いことだし、親御さんや教育委員会からの支持も得やすいだろう。


だが、結局そんなのは「自分の都合を生徒に押し付けているだけ」なのだ。


上や下からの評価を気にしてばかりの教師など、生徒が信用するはずもない。


芝山はそう考え続けてきた。


だが、年齢としのせいか、芝山にはもう、理想の教育論を語る力は残っていなかった。



それから2週間が経った頃だった。


藤井がまた暴力沙汰を起こしたのは。



もしかしたら、負けることに気が引けてしまったのかもしれない。


それか毒蛇にやられた毒が、身体を蝕んでいたのかもしれない。



芝山が藤井から直接事情を聞くことはなかった。


処分についても、蓬町の要望に素直に従うほかなかった。

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