第22話 偽の真実
「一週間ほど前でしたかね、ウチの
「…私はウチの女子生徒が被害を受けていた、と聞いておりましたが」
「いやいや、とんでもない。私も念のためその女子生徒に直接会って話を聞いたんですが、『任意の上であった』と答えたわけですよ。それなら何の問題もない。となれば、そちらの藤井君が勘違いをして暴力を振るったことになる。どうです?」
石井はそう言って不適な笑みを浮かべた。
「…その女子生徒に会ったというのは、本当なんでしょうな?」
「ええ、ちゃんと録音したテープも残っています。お聴きになりますか?」
芝山が無言で頷くと、石井はにこやかな笑顔のままバックから録音テープを取り出し、再生した。
石井の声でそれは始まった。
≪…じゃあ、もう一度言ってくれるかな≫
≪はい……私と秋人君は…その……恋人同士で、この前のことも私は許してたから……別に無理やりとか、そういうんじゃないんです。だから、藤井には…ちゃんと謝ってほしい…です≫
音声が止まると、しばらくの間沈黙が流れた。
(ここまでするのか…)
芝山はあまりの衝撃で黙り込んでしまった。
無論、相手の校長も同じだった。
だが、その沈黙を破ったのは、意外にもウチの校長だった。
「その女子生徒にはね、私も確認を取っているんです。この音声がデタラメだということぐらい、私にだって分かる」
「…どうでしょうね。気が変わったのかもしれない。本人も動転して、状況が正しく判断できなかったんでしょう。それに、もし仮にあなたたちの言っていることが本当だったとしても、そちらには証拠がない」
「今すぐにでも学校へ戻って、もう一度聞き出すさ」
芝山はすかさず口を挟んだ。
「思うような返事が聞けるといいですがね」
「それはどういうことだ」
「さあ。そのままの意味ですよ。ただ、彼女はもう心を開きませんよ、絶対に」
石井はふふんと鼻で笑った。
芝山は今こそ鉄拳の出番だと、自分に言い聞かせた。
だが、力の入った右手を、校長が静かに押さえていた。
◇
「なぜ殴らせてくれなかったんです」
芝山は蓬町高校を後にした帰りの道で、校長にそう尋ねた。
見るとさっきまでの迫力は消え、また普段の校長に戻っていた。
「…私はね、こんな性格だし、自分一人じゃただ『うんうん』と頷いて終わってしまうから、君を呼んだんだ」
「自分には分かりかねます。私はあの話し合いで、勝つために呼ばれたものだと思っていましたから」
「そりゃあ、勝つに越したことはないよ。ただ、拳で解決できることには限りがあるし、どうしようもできないことだってある。君のお陰で私もひと言、相手に言うことができた。君がいたから、勇気がでたんだ」
校長は芝山にそれだけ伝えると、後はずっと無言だった。
一面夕焼け空の中、芝山はただどうしようもない怒りを噛みしめていた。
◇
被害に遭ったはずの女子生徒に何度か話を聞いてはみたものの、彼女は一切の感情も出さず、ただ芝山の必死な問いかけを淡々と否定するだけだった。
数日後、判定を覆すことができないまま、芝山は校長と2人で和菓子を持ち、蓬町高校に向かった。
無論、白旗を挙げに行ったのである。
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