第22話 偽の真実

「一週間ほど前でしたかね、ウチの秋人あきひとが桜町高校の生徒と喧嘩をしたと聞きました。まあ、高校生はもう立派な大人ですし、私は特に口出しする気もなかったのですが、こちらに非が無いのに暴力を振るわれたのだとすれば、話は別です」


「…私はウチの女子生徒が被害を受けていた、と聞いておりましたが」


「いやいや、とんでもない。私も念のためその女子生徒に直接会って話を聞いたんですが、『任意の上であった』と答えたわけですよ。それなら何の問題もない。となれば、そちらの藤井君が勘違いをして暴力を振るったことになる。どうです?」


石井はそう言って不適な笑みを浮かべた。



「…その女子生徒に会ったというのは、本当なんでしょうな?」


「ええ、ちゃんと録音したテープも残っています。お聴きになりますか?」


芝山が無言で頷くと、石井はにこやかな笑顔のままバックから録音テープを取り出し、再生した。


石井の声でそれは始まった。



≪…じゃあ、もう一度言ってくれるかな≫


≪はい……私と秋人君は…その……恋人同士で、この前のことも私は許してたから……別に無理やりとか、そういうんじゃないんです。だから、藤井には…ちゃんと謝ってほしい…です≫



音声が止まると、しばらくの間沈黙が流れた。


(ここまでするのか…)


芝山はあまりの衝撃で黙り込んでしまった。


無論、相手の校長も同じだった。


だが、その沈黙を破ったのは、意外にもウチの校長だった。



「その女子生徒にはね、私も確認を取っているんです。この音声がデタラメだということぐらい、私にだって分かる」


「…どうでしょうね。気が変わったのかもしれない。本人も動転して、状況が正しく判断できなかったんでしょう。それに、もし仮にあなたたちの言っていることが本当だったとしても、そちらには証拠がない」


「今すぐにでも学校へ戻って、もう一度聞き出すさ」


芝山はすかさず口を挟んだ。



「思うような返事が聞けるといいですがね」


「それはどういうことだ」


「さあ。そのままの意味ですよ。ただ、彼女はもう心を開きませんよ、絶対に」


石井はふふんと鼻で笑った。


芝山は今こそ鉄拳の出番だと、自分に言い聞かせた。


だが、力の入った右手を、校長が静かに押さえていた。



「なぜ殴らせてくれなかったんです」


芝山は蓬町高校を後にした帰りの道で、校長にそう尋ねた。


見るとさっきまでの迫力は消え、また普段の校長に戻っていた。



「…私はね、こんな性格だし、自分一人じゃただ『うんうん』と頷いて終わってしまうから、君を呼んだんだ」


「自分には分かりかねます。私はあの話し合いで、勝つために呼ばれたものだと思っていましたから」


「そりゃあ、勝つに越したことはないよ。ただ、拳で解決できることには限りがあるし、どうしようもできないことだってある。君のお陰で私もひと言、相手に言うことができた。君がいたから、勇気がでたんだ」


校長は芝山にそれだけ伝えると、後はずっと無言だった。


一面夕焼け空の中、芝山はただどうしようもない怒りを噛みしめていた。



被害に遭ったはずの女子生徒に何度か話を聞いてはみたものの、彼女は一切の感情も出さず、ただ芝山の必死な問いかけを淡々と否定するだけだった。



数日後、判定を覆すことができないまま、芝山は校長と2人で和菓子を持ち、蓬町高校に向かった。


無論、白旗を挙げに行ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る