〔教頭編〕

第20話 錆びた拳

桜町高校の教頭・芝山しばやま哲夫てつおは、自分を訪ねてきた女学生2人が部屋を出たのを確認すると、職員室にある自分のデスクに戻り、足元の重い引き出しを引いた。


芝山は几帳面に保管された書類をバラバラと手で捲りながら、飲みかけの缶コーヒーを一口飲んだ。


芝山は今、30年ぶりに燃えていた。



―――数ヶ月前


藤井圭太という男子生徒が蓬町の高校生に暴力を振るい、トラブルになった。


きっかけはウチの女子生徒が絡まれているのを見かけた藤井が、助けようと間に入ったことなのだが、要するに「逆恨みをされた」ということだろう。



(まあ、よくあることだ)


当時の芝山はその話を校長から聞いた時、特に気にも留めていなかった。


「…2人に『ばか野郎』とでも叱って、2・3発はたけば終わりますよ」


芝山がそう言ってあしらうと、校長は「とんでもない」といった表情で反論した。



「芝ちゃん、今のご時世、そんな荒ワザ通用しないよ。生徒への注意でさえ言葉使いに気を付けろ何だのと言われ、怒鳴りつければ親から批判を喰らいかねない時代なんだから。それにね、向こうの校長が親に圧かけられたのか分かんないけど、ウチの生徒を『退学処分にしろ』って言ってきてるんだよ」


「…それはいくらなんでもやり過ぎやしませんか?良いとこ停学処分でしょう。それに、向こうにも十分非がある」


「私もそう思うんだけどさ、親がその学校の理事長らしいんだよ」



「子供の喧嘩に親がいちいち口を出すんですか?」


「…今はそうなのかもね。とにかく、お願いだから芝ちゃんも来てよ。私、こういうの苦手なんだから」


校長は泣きそうになりながら芝山の手を握った。


「…分かりました」


芝山は薄い頭をポリポリと掻きながら、渋々その話し合いに同席することを承諾した。



まあ、昔に比べれば何てことはない。


前任校ではそんなこと日常茶飯事だったし、その前の高校では何人か殴って更生させたこともあった。


芝山はそんな過去の功績を振り返りながら、仕事に戻った。



だが、現実はそんなに甘くはなかった。

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