第19話 作戦開始

 藤井の妹と会ってから3日後、トモコを説得した私は、彼女と一緒に再び教頭の元を訪れていた。


通された応接室のソファに座って待っていると、独特な整髪料の匂いと共に教頭がやって来た。



「またお前たちか」


 教頭は私たちの姿を見ると、あからさまに嫌そうな顔をした。


「 まさか、また『藤井の処分を無くせ』なんて言うんじゃないだろうな」


「そのまさかです」


 トモコが微笑むと、教頭は眉をひそめた。


 ・・・


「早速ですが、藤井君が喧嘩をした理由、教頭はご存じなかったんですよね?」


 トモコは教頭が腰を降ろしたのを合図に、ペースを掴まれまいと、先制攻撃を仕掛けた。


 しかし、教頭は全く動揺することなく、ゆったりとした口調で答えた。



「…理由は関係ない。そういう約束だったからな」


「約束?」



 私とトモコは予想外の返答に思わず聞き返した。


「約束って、一体何なんですか?」


 私が慌てて尋ねると、しばらくの沈黙の後、教頭は薄くなった頭を掻きながら答えた。


藤井あいつは先月、隣町の高校生と喧嘩をして警察沙汰になった。しかも相手の父親はその高校の理事長。向こうの校長は困り果てた様子で相談しに来た」


「藤井君を辞めるように、ですか?」


「ああ。理事長に圧力をかけられてな。だが、状況を詳しく聞く限り、藤井にも非があったとはいえ、ほとんどの原因は向こうにあった。そこで、話し合いの末『もう二度と喧嘩をしない』というのを条件に、何とか停学処分までで許して貰ったワケだ。だが、あいつはその停学期間中にも関わらず、また問題を起こした」


 教頭はそう言うと深いため息をついた。



「でも、喧嘩をまたふっかけてきたのは、向こうなんですよ」


「確かに藤井は反撃はおろか、手を出せばすぐさま処分が下るという状況だったから、多少はちょっかいを出されたかもしれん。だがな、俺はそれでも耐えろと散々忠告した」



「…妹を人質に取られていたとしてもですか?」


「妹?…藤井の妹か?」



「ええ。教頭がご存知なかった、“藤井君が喧嘩をした理由”は、彼の妹が狙われたからなんです。相手の子が藤井にに、妹を標的にしたと考えると辻褄が合います」


「…まさか」


 教頭は先程とは一転して、真剣な顔つきになった。


 トモコはその隙を見逃さず、さらに続けた。



「これは本当のことです。もし信じられないのなら、藤井君の妹さんに証言してもらいます。ですから、もう一度彼の処分を検討して頂けませんか」


 私とトモコはソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。



 元々静かだった部屋がさらに静寂さを増し、水槽のコポコポという音だけが、耳に響いていた。


 少しして、教頭は私たちの肩を軽く掴むと、重い口をようやく開いた。



「…分かった。君たちの言う通り、詳しく内容を調べることにしよう。そしてもし、藤井の妹が人質まがいの被害に遭っていたのだとしたら、私が必ず相手の生徒を謝らせると約束する」


「ありがとうございます!」



 私とトモコは精一杯声を張った後、もう一度頭を下げた。


そしてこれが、教頭攻略の作戦が成功した瞬間だった。



私とトモコが通う桜町高校の教頭・芝山哲夫。


彼が昔、「鉄拳の芝山」と生徒だけでなく教師からも恐れられていたということを私たちが知るのは、もう少し後のことである。

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