第13話 戦艦大和

「ダメだ」


 教頭の低い声が響いた。


校長の代わりに出てきた教頭は、頑固そうな顔つきをしている。


 実際、話し合いもまともにできないくらい、頑固親父なのである。



 私とトモコが校長室に乗り込んだのは、今から10分程前のことだ。


 ノックしたドアを恐る恐る開けると、独特の「ツン」とするような匂いが私たちを包み込んだ。


基本的に、先生が溜まっている部屋には生徒の嫌がる空気が流れている。


そしてそれは、校長室も例外ではない。


 育毛剤やら、消臭剤やらの分子が入り交じり、充満している。


私は一度深呼吸をして心を落ち着かせ、深々と礼をして中へ入った。



 事前に担任から校長へ伝えてもらうよう話をつけていたので、向こうは準備万端といったところだった。


 頭の薄い教頭は、既に腕を組んでソファに待機していた。


赤と黒を基調としたスーツ、さらに教頭のずっしりとした重圧も相まって、戦艦大和を彷彿とさせた。



「座りなさい」


 教頭は軽く咳払いをしてから言った。


 私とトモコは促されるまま、ソファに腰を下ろした。


ふたり分の重さと過度な柔らかさで、私たちはソファに沈み込むようにして教頭と対峙した。


身動きの取れない私たちに、彼はゆっくりと砲身を向けた。



「話は緒方先生から聞いた。今停学中の藤井のことだな」


「はい。どうにか期間を減らしていただけないでしょうか」


「何故だ」


 教頭は不思議そうな顔で言った。


「今度の文化祭で私たち、バンドをやるんです。そこで藤井君を誘ったのですが、どうも停学中らしく、出ることはできないと…」


「そうだ」


 教頭はピクリともしない。


(相当頑固だぞ…)


 私はトモコに目で訴えた。


トモコは座り直すと、咳払いをしてから私からバトンを受け取った。


「ですから、藤井君の停学期間を縮めて欲しいんです」


「無理だな」


「どうしてですか」


 トモコは食い下がった。


(さすが、学級委員長なだけある)


 私は彼女の姿を感心して眺めていた。


「あいつが何をやったか、知ってて言ってるのか?」


「喧嘩だったということは」



 トモコの迫力に押されたのか、教頭はため息をついた後、引き出しから2枚の写真を取り出した。


「…これは?」


「黙って見てみろ」


 教頭はソファにもたれると、居心地が悪そうに言った。



「これを…藤井君が?」


 私は震える声で聞いた。


 写真には一人の少年の顔が写っていた。


頬と目の周り、顎には大きなアザができ、鼻は折れ曲がっている。


私は思わず目を背けた。


 その様子を見たトモコは、すぐに写真を裏返した。


「これで分かっただろう。あいつはカッとなると、どうも自分自身の制御が効かないらしい。昔のように殴って更正させるわけにもいかんし、停学処分にするほかない、というわけだ」


「喧嘩の理由は?」


「それが、何度も聞いたが話さなくてな。まあ、どうせしょうもないことだろうがな」


 トモコはその言葉を聞くと、呆れたような顔をして言った。


「詳しい事情が分かってもいないのに、停学処分にしたのですか」


「喧嘩したことに変わりはない。それに、写真を見ただろう。いくら高校生同士で、いかなる理由があろうとも、擁護できるものではない」


 教頭は理由を説明すると、清々したというような顔をした。



「…お忙しいところ、すみませんでした」


 私たちはそれ以上、何を話せば良いのか分からず、それだけ言って立ち上がった。


ドアの前で軽く礼をして顔を上げたとき、教頭の拳が固く握られていたのを、私は見逃さなかった。



「明日、藤井に話を詳しく聞こう」


 教室に繋がる渡り廊下を歩きながら、私はトモコに言った。


 トモコは前を向いたまま、黙って頷いた。

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