第13話 戦艦大和
「ダメだ」
教頭の低い声が響いた。
校長の代わりに出てきた教頭は、頑固そうな顔つきをしている。
実際、話し合いもまともにできないくらい、頑固親父なのである。
◇
私とトモコが校長室に乗り込んだのは、今から10分程前のことだ。
ノックしたドアを恐る恐る開けると、独特の「ツン」とするような匂いが私たちを包み込んだ。
基本的に、先生が溜まっている部屋には生徒の嫌がる空気が流れている。
そしてそれは、校長室も例外ではない。
育毛剤やら、消臭剤やらの分子が入り交じり、充満している。
私は一度深呼吸をして心を落ち着かせ、深々と礼をして中へ入った。
事前に担任から校長へ伝えてもらうよう話をつけていたので、向こうは準備万端といったところだった。
頭の薄い教頭は、既に腕を組んでソファに待機していた。
赤と黒を基調としたスーツ、さらに教頭のずっしりとした重圧も相まって、戦艦大和を彷彿とさせた。
「座りなさい」
教頭は軽く咳払いをしてから言った。
私とトモコは促されるまま、ソファに腰を下ろした。
ふたり分の重さと過度な柔らかさで、私たちはソファに沈み込むようにして教頭と対峙した。
身動きの取れない私たちに、彼はゆっくりと砲身を向けた。
「話は緒方先生から聞いた。今停学中の藤井のことだな」
「はい。どうにか期間を減らしていただけないでしょうか」
「何故だ」
教頭は不思議そうな顔で言った。
「今度の文化祭で私たち、バンドをやるんです。そこで藤井君を誘ったのですが、どうも停学中らしく、出ることはできないと…」
「そうだ」
教頭はピクリともしない。
(相当頑固だぞ…)
私はトモコに目で訴えた。
トモコは座り直すと、咳払いをしてから私からバトンを受け取った。
「ですから、藤井君の停学期間を縮めて欲しいんです」
「無理だな」
「どうしてですか」
トモコは食い下がった。
(さすが、学級委員長なだけある)
私は彼女の姿を感心して眺めていた。
「あいつが何をやったか、知ってて言ってるのか?」
「喧嘩だったということは」
トモコの迫力に押されたのか、教頭はため息をついた後、引き出しから2枚の写真を取り出した。
「…これは?」
「黙って見てみろ」
教頭はソファにもたれると、居心地が悪そうに言った。
「これを…藤井君が?」
私は震える声で聞いた。
写真には一人の少年の顔が写っていた。
頬と目の周り、顎には大きなアザができ、鼻は折れ曲がっている。
私は思わず目を背けた。
その様子を見たトモコは、すぐに写真を裏返した。
「これで分かっただろう。あいつはカッとなると、どうも自分自身の制御が効かないらしい。昔のように殴って更正させるわけにもいかんし、停学処分にするほかない、というわけだ」
「喧嘩の理由は?」
「それが、何度も聞いたが話さなくてな。まあ、どうせしょうもないことだろうがな」
トモコはその言葉を聞くと、呆れたような顔をして言った。
「詳しい事情が分かってもいないのに、停学処分にしたのですか」
「喧嘩したことに変わりはない。それに、写真を見ただろう。いくら高校生同士で、いかなる理由があろうとも、擁護できるものではない」
教頭は理由を説明すると、清々したというような顔をした。
「…お忙しいところ、すみませんでした」
私たちはそれ以上、何を話せば良いのか分からず、それだけ言って立ち上がった。
ドアの前で軽く礼をして顔を上げたとき、教頭の拳が固く握られていたのを、私は見逃さなかった。
◇
「明日、藤井に話を詳しく聞こう」
教室に繋がる渡り廊下を歩きながら、私はトモコに言った。
トモコは前を向いたまま、黙って頷いた。
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