第12話 勧誘
時が止まったようなかんじがした。
カラスの鳴く声だけが空に響いていた。
夕陽が私たちの背中を照らしていた。
彼は戸惑った顔をしていたが、なんとか理解しようと、率直な疑問をぶつけてきた。
「何で…俺なんだ」
「まだ私とトモコのふたりしかいなくてさ、あと一人ドラムが必要なんだよね」
私はありのままに答えた。
「俺がドラムやってたの知ってんのか」
「うん」
「じゃあ、何で今やってないのかも知ってるんだろ?」
「喧嘩でしょ。それで、しばらくの間停学になってる」
「そうだ、ならわかるだろ。バンドは他の奴と組め」
彼はそう言って玄関のドアを開けた。
「今度の文化祭までに、バンドを組まないといけないの。それまでにある程度のレベルにもってくには、君が必要なの」
驚いたことに、そう言ったのはトモコだった。
「文化祭?それじゃあ あと2ヶ月もないじゃねぇか」
彼は呆れた声で言った。
それでもトモコは続けた。
「“アナライザー”って知ってる?」
「…当たり前だろ。音楽やってて知らねえ奴なんかいねえよ」
いつの間にか、彼の獣のような目は少年のような目に変わっていた。
そうか、やはり消えていなかったのだ。
人々の心の中に、まだ生き続けていた。
私はそう実感した。
「で、それがどうしたんだよ」
「私たちね、たまたまベースの樋口に会ったんだ」
「樋口だって!?マジかよ。俺も会いたかったなあ」
彼は顔に手を当てて空を仰いだ。
「あんたはドラムやってるんだから、ヒロ君推しなんじゃないの?」
トモコは口を尖らせて言った。
「もちろんヒロトも好きだけど、樋口のベースがあってこその“アナライザー”だからな」
(なかなかわかっているじゃないか)
私はトモコに聞こえないよう、心の中で共感した。
「その樋口が、文化祭に来てくれるって言ったんだよ」
「おいおいマジかよ」
さっきまで警戒していた虎は、今はすっかり猫のように大人しくなっていた。
「で、バンド入ってくれるの?」
「樋口さんに見て貰えるんなら。でも、一つ問題が…」
彼はうなずいた後、顔をしかめた。
「停学期間が文化祭を越しちまってる」
その言葉に私とトモコははっとした。
そうだ、こいつはワルなのだ。
すっかり意気投合していたが、こいつは喧嘩で停学処分になったばかりだ。
先生からの評判も良くない。
バンドを組む前に、大きな壁があったことに私たちは気づいた。
「トモコ…」
「わかってるよ、説得するんでしょ」
トモコはニヤリと笑った。
(もしかしたら、こいつもワルなのかもしれない)
「おい、どうすんだよ」
顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべる私たちに、本業のワルが聞いた。
私は彼の方を向いて胸を張った。
「私たちがなんとかする」
それだけ言って、私とトモコは足早に彼の家を後にした。
文化祭は8週間後に迫っていた。
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