第11話 不良バンドマン
彼の家は学校から歩いて10分ほどだった。
私は普段から電車通学なので、正直、羨ましい気持ちでいっぱいだった。
トモコを見ると、彼女の目もキラキラと輝いていた。
「私もさ、これくらい近かったら遅刻なんてしないんだけどね」
私がそう言うと、トモコは苦笑いして言った。
「あんたの場合は睡眠時間が増えちゃうだけでしょ」
まさに図星だった。
トモコはポケットから拳銃を取り出し、私に向けて撃つフリをした。
「うっ」
私は思わず胸を押さえてその場に倒れ込む。
トモコはくるくると拳銃を回すと、素早い動作でポケットにしまった。
いつもの茶番が終わったのを確認して、私は立ち上がった。
トモコとはかれこれ3年ほど、こんなコントが流行っているわけだが、正直私は飽きていた。
どちらかと言うと、トモコのお笑い好きに『付き合ってあげている』と言った方が正しいのかもしれない。
塀に寄り掛かってカッコつけるトモコに、私は現実を突き付けることにした。
「トモコ、自動拳銃でガンスピンなんて、頭吹っ飛ぶよ」
「そうなの?」
「引き金に指が掛かったら、それこそどこに弾が飛んでくかわかんないからね。いくら安全装置つけてたとしても、オススメはしないね」
「う…」
トモコは言葉を詰まらせ、顔を赤らめた。
◇
「ここだよ」
そう言いながら、トモコは赤い屋根の一軒家を指差した。
2階建てのベランダにはたくさんの洗濯物が干されている。
その中で派手な柄のシャツや下着が、息を潜めていた。
「あれ…虎だよね?」
私は声を震わせながら、トモコの肩を叩いた。
「うん…で、隣は龍だね」
私たちはまるで蛇に睨まれた蛙みたいに、その場に立ち尽くしていた。
少しして、私は動けない獲物に後ろから近づいてくる、猛獣のような気配を感じた。
足音は私たちの真後ろでピタリと止まった。
トモコと私は恐る恐る振り返り、そっと目線を落とすと、そこには中学生くらいの男の子がいた。
「ウチになんか用かよ」
トゲトゲしくも、少し高い声に私たちはほっと胸をなで下ろした。
トモコは少しかがんで目線を合わせ、優しい口調で説明した。
「私たち、藤井圭太っていう人に話があって来たの。お兄ちゃん、今家にいるかな?」
少年は一瞬驚いた表情を見せた後、顔つきが変わった。
プルプルと拳が震えている。
耳まで真っ赤になり、頭から湯気が出そうな勢いだ。
沸騰したヤカンのように、鼻息が荒くなっていた。
少年は物凄い目付きで私たちを睨むと、ドスの効いた声で言った。
「俺が藤井圭太だよ」
きっと私たちの頭には大きなたんこぶができている…そう思って反射的に目を閉じたが、彼は腕を組んでいるだけで、特に何もしてこなかった。
「どんなにムカつくことがあっても、女は殴らないことにしてるからな。良かったな」
彼は家の鍵を取り出しながら、私たちを押しのけた。
「ちょっと待って」
私が咄嗟に声をかけると、トモコはギョッとした様子でこちらを見た。
恐らくトモコは私が実物を見て、「これで諦めただろう」と思っていたに違いない。
私もそのつもりだった。
しかし、それではバンド結成への道が閉ざされてしまう。
私はほんの少しの可能性に賭けてみることにした。
「まだ何か用かよ」
そう言って腕を組む藤井の目を、私はまっすぐ見て心を決めた。
「私たちと一緒にバンドやろうよ」
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