第11話 不良バンドマン

彼の家は学校から歩いて10分ほどだった。


私は普段から電車通学なので、正直、羨ましい気持ちでいっぱいだった。


トモコを見ると、彼女の目もキラキラと輝いていた。



「私もさ、これくらい近かったら遅刻なんてしないんだけどね」


私がそう言うと、トモコは苦笑いして言った。


「あんたの場合は睡眠時間が増えちゃうだけでしょ」


まさに図星だった。


トモコはポケットから拳銃を取り出し、私に向けて撃つフリをした。


「うっ」


私は思わず胸を押さえてその場に倒れ込む。


トモコはくるくると拳銃を回すと、素早い動作でポケットにしまった。



いつもの茶番が終わったのを確認して、私は立ち上がった。


トモコとはかれこれ3年ほど、こんなコントが流行っているわけだが、正直私は飽きていた。


どちらかと言うと、トモコのお笑い好きに『付き合ってあげている』と言った方が正しいのかもしれない。


塀に寄り掛かってカッコつけるトモコに、私は現実を突き付けることにした。


「トモコ、自動拳銃でガンスピンなんて、頭吹っ飛ぶよ」


「そうなの?」


「引き金に指が掛かったら、それこそどこに弾が飛んでくかわかんないからね。いくら安全装置つけてたとしても、オススメはしないね」


「う…」


トモコは言葉を詰まらせ、顔を赤らめた。



「ここだよ」


そう言いながら、トモコは赤い屋根の一軒家を指差した。


2階建てのベランダにはたくさんの洗濯物が干されている。


その中で派手な柄のシャツや下着が、息を潜めていた。


「あれ…虎だよね?」


私は声を震わせながら、トモコの肩を叩いた。


「うん…で、隣は龍だね」


私たちはまるで蛇に睨まれた蛙みたいに、その場に立ち尽くしていた。


少しして、私は動けない獲物に後ろから近づいてくる、猛獣のような気配を感じた。


足音は私たちの真後ろでピタリと止まった。


トモコと私は恐る恐る振り返り、そっと目線を落とすと、そこには中学生くらいの男の子がいた。



「ウチになんか用かよ」


刺々しくも、少し高い声に私たちはほっと胸をなで下ろした。


トモコはしゃがみ込み、優しい口調で説明した。


「私たち、藤井圭太っていう人に大事な話があって来たの。お兄ちゃん、今家にいるかな?」


少年は一瞬驚いた表情を見せた後、顔を赤らめた。


プルプルと拳が震えている。


耳まで真っ赤になり、頭から湯気が出そうな勢いだ。


沸騰したヤカンのように、鼻息が荒くなっていた。


少年は物凄い目付きで私たちを睨むと、ドスの効いた声で言った。


「俺が藤井圭太だよ」




きっと私たちの頭には大きなたんこぶができている…そう思って反射的に目を閉じたが、彼は腕を組んでいるだけで、特に何もしてこなかった。


「どんなにムカつくことがあっても、女は殴らないことにしてるからな。良かったな」


彼は家の鍵を取り出しながら、私たちを押しのけた。


「ちょっと待って」


私が咄嗟に声をかけると、トモコはギョッとした様子でこちらを見た。


恐らくトモコは私が実物を見て、「これで諦めただろう」と思っていたに違いない。


私もそのつもりだった。


しかし、それではバンド結成への道が閉ざされてしまう。


私はほんの少しの可能性に賭けてみることにした。


「まだ何か用かよ」


そう言って腕を組む藤井の目を、私はまっすぐ見て心を決めた。


「私たちと一緒にバンドやろうよ」

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