第8話 衝突①

「ねえ、やっぱり辞めない?」


「今さら何言ってんの」


「そうだけど…」


トモコは珍しく不安な表情を見せた。


私の背中を押してくれた、昨日の彼女はどこに行ってしまったのだろうか。




私はトモコの腕を引きながら、放送室へ足を進めた。


立て付けの悪い扉を開け、マイクを手に取り、スイッチを入れた。


放送前のチャイムが鳴り終わったのを確認して、私は声を張った。


「こんにちは、軽音部です。私たちは今、バンドメンバーを探しています。初心者の方でも大歓迎です。興味のある人は是非、第ニ校舎の202教室まで来て下さい」


マイクをオフにすると、トモコが私の肩を掴んで言った。


「ホントなんでしょうね、ヒロくんに会えるってのは」


ヒロくんとは、アナライザーのドラム担当、山口ヒロトの愛称だ。


私はトモコの手に自分の手を重ねて言った。


「うん。樋口さんとこの間会ったとき、そう言ってたんだ」


「…でも、あんた楽器できるの?」


「ギターなら少し」


私は笑顔でトモコの方を見た。


トモコは(騙されたつもりでやってみようというような顔をして)一息ついてから言った。


「ったく、キーボードとかなら付き合うよ」


その言葉を聞いて、私はトモコに抱き付いていた。




それから3日が経っていた。


未だ新入部員は現れないままだった。


静かな202教室で、私たちは頭を抱えていた。


「バンドは別に2人でも不可能ではないと思うんだ」


トモコは早くも負け腰になっていた。


小・中・高と一緒だったトモコのことは、私が一番よく知っている。彼女はいつもそうなのだ。


「でもさ、流石にドラムがいないとダメでしょ」


「そんなことないよ、今はアプリでドラム組み込めるんだから。無理に突っ張ってないで、改正案を考えようよ」


「改正案?私は妥協案だと思うけど。トモコはいつもそうやって逃げ出すよね」


私がそう言うと、トモコは眼鏡を外した。


トモコとは何度か喧嘩をしたことがあったが、一度も勝てた試しがない。


それは単に語彙力の差もあるが、まずまずの論点で彼女に敵わないのだ。


結局、私に非がある場合がほとんどで、毎回トモコに論破されて終わってしまう。


トモコが眼鏡を外すのは、その合図のようなものだった。

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