第6話 竜の目覚め①

 つい一昨日のことだ。


私はその日も彼――――樋口竜也の演奏を聴きに行っていた。


 前よりも少し、足を止める人が増えたように思う。


それは彼の奏でるメロディーからもわかるように、昔の、アナライザーだった頃の雰囲気に戻ってきているからだと、私なりに思った。


 演奏が終わった後、私は500円玉を鍋に投げ入れ、その場から離れた。


「待ってくれ」


 しばらく進んだところで、背後から声が聞こえた。


振り返ると、ギターを肩に担ぎ、息を切らした樋口竜也の姿があった。


「樋口さん!?どうしたんですか」


「…いや、ちょっと話したいことがあってね。少しいいかな?」


「ええ、良いですけど…」


 私は戸惑いながら彼の背中を追いかけ、駅前の喫茶店に入った。



「いきなり悪いね」


 彼は席に着くなり頭を下げた。


「いえいえ、謝るのはこっちの方ですよ。この前、失礼なことを言ってしまったワケですし」


 私はなんとか頭を上げて貰おうと、必死に手を振って答えた。


彼は水を一杯飲むと、髪をかきあげてから言った。


「まあ、あれはちょっと効いたけどね、あれで目が覚めたっていうか、このままじゃダメだって思えたんだよ。だから君に感謝したいと思ってさ」


 まさかの言葉に、私は固まって動けなかった。


あの樋口竜也にそんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。


 注文した珈琲とオレンジジュースがやって来て、私はようやく息をつくことができた。


私はストローに口をつけた後、座り直して尋ねた。


「それにしても、樋口さんは何故あんなトコでストリートライブを?」


「実は俺さ、あそこでスカウトされたんだよね。まだあの時は大学卒業したばっかで金もなかったし、ああやって稼ぐしかなかったんだよ」


「ええ!そうだったんですか」


「そうそう。それで事務所に3人組バンドとして売り出したいって言われてさ、ドラムの山口ともそこで出会って。でもあと1人、ボーカルがなかなか見つかんなくてさ~」


 いつしか彼には自然な笑顔が戻っていた。


音楽の話をするときの彼はとても楽しそうで、私にも嬉しさが伝わってきた。


 やはり、ライブのちょっとしたトークショーを任されていただけのことはある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る