第6話 竜の目覚め①
つい一昨日のことだ。
私はその日も彼――――樋口竜也の演奏を聴きに行っていた。
前よりも少し、足を止める人が増えたように思う。
それは彼の奏でるメロディーからもわかるように、昔の、アナライザーだった頃の雰囲気に戻ってきているからだと、私なりに思った。
演奏が終わった後、私は500円玉を鍋に投げ入れ、その場から離れた。
「待ってくれ」
しばらく進んだところで、背後から声が聞こえた。
振り返ると、ギターを肩に担ぎ、息を切らした樋口竜也の姿があった。
「樋口さん!?どうしたんですか」
「…いや、ちょっと話したいことがあってね。少しいいかな?」
「ええ、良いですけど…」
私は戸惑いながら彼の背中を追いかけ、駅前の喫茶店に入った。
◇
「いきなり悪いね」
彼は席に着くなり頭を下げた。
「いえいえ、謝るのはこっちの方ですよ。この前、失礼なことを言ってしまったワケですし」
私はなんとか頭を上げて貰おうと、必死に手を振って答えた。
彼は水を一杯飲むと、髪をかきあげてから言った。
「まあ、あれはちょっと効いたけどね、あれで目が覚めたっていうか、このままじゃダメだって思えたんだよ。だから君に感謝したいと思ってさ」
まさかの言葉に、私は固まって動けなかった。
あの樋口竜也にそんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。
注文した珈琲とオレンジジュースがやって来て、私はようやく息をつくことができた。
私はストローに口をつけた後、座り直して尋ねた。
「それにしても、樋口さんは何故あんなトコでストリートライブを?」
「実は俺さ、あそこでスカウトされたんだよね。まだあの時は大学卒業したばっかで金もなかったし、ああやって稼ぐしかなかったんだよ」
「ええ!そうだったんですか」
「そうそう。それで事務所に3人組バンドとして売り出したいって言われてさ、ドラムの山口ともそこで出会って。でもあと1人、ボーカルがなかなか見つかんなくてさ~」
いつしか彼には自然な笑顔が戻っていた。
音楽の話をするときの彼はとても楽しそうで、私にも嬉しさが伝わってきた。
やはり、ライブのちょっとしたトークショーを任されていただけのことはある。
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