第4話 伝説の一人①
彼はまた同じ場所で、同じ時間にギターを弾いていた。
足を止める通行人はちらほらいたが、彼の演奏にはそれ以上の魅力がなかった。
音楽は技術だけではない。
観客とアーティストが一体となって、ひとつのステージを創る。
彼の演奏には観客はおろか、アーティストも存在しない。
あるのはただ、騒がしい夜の街に響く、狼のような遠吠えだけだった。
私とトモコは近くの階段に座り、その様子を最後まで眺めていた。
彼が手を止め、無言でギターをケースに詰め込み始めたのを見計らって、私たちは彼の元へ駆け寄った。
「樋口…竜也さんですよね?」
そう言うと、彼は少し驚いた様子でこちらを見た。
しばらくの沈黙が続いた後、トラックのクラクションが鳴り、彼はハッとした表情を見せた。
「…ああ、そうだよ。君たち、俺のこと知ってるの?」
「ええ、知ってるも何も、ファン“でした”から」
自分でも意識していなかっただけに驚いた。
私は押さえ込もうとしていた感情を、つい無意識の内に言葉に紡いでいた。
彼への想いが、そうさせてしまったのかもしれない。
しかし、そんな皮肉も、当の本人は気付いていないのか、それとも気にしていないのかは分からないが、特に指摘することなく話を続けた。
「まだファンがいたなんて、ビックリだなぁ。サインかい?それとも握手?写真でも良いけど―――」
「なんで辞めちゃったんですか」
私は彼の言葉を遮るように、強い口調で尋ねていた。
そのとき、トモコが隣で私の袖をギュッと握っているのが分かった。
トモコが手綱を引いてくれている間は、気持ちが溢れることはない。
そんな気がして、私は冷静さを保っていた。
「…俺たちの音楽は時代に付いて行けなかった、ってとこかなあ」
彼は途切れるような声で答えた。
彼の心が泣いているのが分かった。
本当は戻りたい、続けたいという彼の想いが、空気に触れただけで伝わってきた。
だが、どんな言葉をかけたら良いのか、今の私には答えが分からなかった。
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