第3話 復活の兆し②

「ほら、思い出して」


 私はトモコの頭を両手でマッサージしながら言った。トモコは頭が柔らかい。


「ヒントその1、世界的なギタリストでベースを担当していました!ヒントその2、3人組のバンドを組んでいて、彼はチームのムードメーカーです!ヒントその3、彼が所属していたバンド名はア…」


「“アナライザー”だ!」


 トモコは私の口を塞ぐと、大声で言った。


通行人の目が一斉に私たちに向いた後、またすぐに元に戻った。


「なんで今まで忘れてたんだろう、あの有名なバンドチーム、アナライザー!一時期凄い人気だったよね。私もファンだったんだ、特にドラムやってた…え~っと…」


「山口ヒロト?」


「そうそう、ヒロ君!待ち受けにしてた時もあったんだよ」


「へー意外…」


「私がただの優等生ちゃんだとでも思った?全盛期はバリバリのバンドオタクだったんだよ!あんたに負けないくらいね」


 トモコはおもむろにスマホを取り出すと、自信満々に写真を見せてきた。


そこにはドラムスティックを持ったヒロトとトモコの姿があった。


 しかし、トモコとわかったのはその2人しか写っていなかったからで、ただその写真を見せられただけだったら、絶対にそれがトモコだとは気づかなかっただろう。


“analyzer”と書かれた赤いTシャツを着て、ヒロトと同じように手拭いを巻いてサングラスをしたトモコは、全くの別人だった。


 音楽には人を変える力があることを、私は今日改めて気づかされた。



 今まで溜め込んでいたものを全て吐き出し、彼女は肩が軽くなったようだった。


トモコは再び歩き出すと、軽やかな口調で言った。


「それで?タッツーに会えて、ギターを聴けて、何がそんなに不満なの?」


 私はトモコの後を追うように、小走りで足を動かした。


「皆、彼のことを忘れていた…」


「そりゃあ仕方ないよ。だってもう5年前でしょ?ファンだった私でも忘れてるんだから」


 そんなわけがなかった。


バンドとしてはCDが500万枚のメガヒット。


ベースの樋口竜也は世界に通用する技術の持ち主で、海外からのオファーも多かった。


 山口ヒロトは一度、ドラムの世界大会“DRUM-OFF GLOBAL 2025”で優勝を果たしている。


 そんな大スターの彼らが、たった5年ほどで完全に忘れ去られるわけがない。


「私、やっぱり彼に会ってくる」


「彼って…タッツーのこと?会ってどうすんのさ」


「会って…アナライザーを復活させる。それができなくても、辞めた理由を本人の口から聞きたい」


 あまりにも荒唐無稽な提案に、トモコは口をあんぐりしていた。


いつの間にか私はトモコを追い抜かし、2mほど先を歩いていた。


「ちょっと待ってよ、だいたい、タッツーに会うのだって簡単じゃないでしょ?」


「…もし彼があの場所で、いつも同じ時間にやってるなら、会えないこともない。それに、『出会いっていうやつは、信じる心が出会わせる』んでしょ?」


 トモコは私の目を見つめていた。


時間が止まったみたいに、周りの音が聞こえなくなった。


 やはり馬鹿な奴だと思われたのかもしれない。


しばらくして、トモコはようやく口を開いた。


「それって樋口の名言でしょ!たしか音楽番組で言ってたやつだよね~、思い出すのに時間掛かっちゃったよ。いいじゃん、やろうよ私たちで。アナライザーは不死鳥なんだ、伝説のバンドをもう一回甦らせよう!」


 トモコは右手を高く挙げ、人差し指と親指を曲げた。


 その瞬間、私は身体に稲妻が走った。


身体中を巡るアナライザーの血が、じわじわと湧き出すのを感じた。


“アナライザー”を表すマークが、今まさに不死鳥の如く、現代に姿を現したように思えた。

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