第11話 共通の話題




 椎名が部屋を出て行ってからしばらくすると、俺はやりかけのゲームを再開した。

 再開した時には既に日にちが変わっており、部屋の外からは小林と椎名の声が聞こえてくる。内容はよく聞こえないが、まだ告白の続きでもしているのだろう。

 俺はそう適当に解釈すると、ぼんやりとした頭を振って、意識をゲーム画面へと戻すと、主人公の体力ゲージがいつの間にか赤色になっていた。


「おわっ、やっべ」


 慌ててコントローラーを操作して体力を回復させると一息ついた。そのとき、背後でキーッという音が鳴った。

 いつもとは違い、慎ましく開けているのか蝶番が軋む音が聞こえてくる。

 また椎名が来たのかと思ったが、日頃の開け方を見ていると、それはないと直ぐに断定した。

 なら誰かと思い振り返ると、すっかり建て付けの悪くなったドアから顔を覗かせる御島の姿があった。


「御島? こんな時間にどうした……って、まあこれだけうるさいと寝れないよな」


 俺はこの状況を作り出した事へ若干の罪悪感を覚えていると、御島は首を横に振った。


「それは良いんだけど……ちょっと中に入れてもらっても良い?」


「あ、ああ……どうぞ」


 そう言って、御島は一冊の本を大事そうに抱えながら部屋の中に入ってくると、後ろ手にドアを閉めた。

 そして、部屋の中を数歩進んだところで、部屋の中をキョロキョロとしだした。

 挙動不審なやつだ。


「座れば?」


 なかなか腰を落ち着かせない御島に勉強机前の椅子に座るように、顎をしゃくってみせる。

 それに対して「うん」とだけ頷くと、椅子に座った。

 俺はベッドに座り、何の用か話すように促す。


「それで、こんな時間にどうかしたのか? 先に言っとくけど、苦情なら受け付けないぞ」


「えっと……何の話?」


 御島はキョトンとした顔をする。

 こんな時間にわざわざ尋ねる用事なんて、苦情ぐらいだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「いえ、何でもないです……」


 俺は大人しく引き下がり、どうしたのかと改めて用事を聞いた。


「この前、川島君『ホワイトアウト』を読んだことあるって、言ってたよね」


「ん? ああ、確かに読んだことあるけど……」


 言いながら先日の事を思い出す。

 感想を言っている途中でうっかり御島の地雷を踏んでしまい、そのまま部屋に返してしまったのだった。

 それから二週間の間、特に話題には上がらなかったのに何で今更なのだろうかと考えていると。


「ついさっき三周目を読み終わったところだから、川島君と話してみたくて……」


「俺と?」


 俺は自分に指をさして、驚いてみせる。


「うん。前にも言ったと思うけど、この本を読んでる人と出会ったの、初めてだったから……」


 本で顔を隠すように上げると、チラチラとこちらの様子を伺った。

 俺は不覚にも、その仕草に可愛いと思ってしまい頬を掻きながら目を逸らした。


「そ、そうか……」


「うん……」


 そこで会話が途切れてしまった。

 御島と話すといつもこうだ。話題はあるのに、何故か盛り上がらない。

 御島の方が緊張しすぎてるからなのか、俺も釣られてどうやって話題を広げるのか途端に分からなくなる。

 いつもはどうやって話していたか、どういう話をしていたか、そればかりが頭の中をぐるぐると回り、結局何も言葉に出来ないでいる。

 だが、こちらがリードしないと御島はきっと喋れない。


「そ、それでね!」


 だから急に声を上げた御島に、俺は凄く驚いた。


「前に川島君が言ってた続編への入り方、私もすごい良いと思ってた」


「えっ、お、おう……」


 いきなり目を輝かせる御島に気圧された。

 その顔は今まで見てきた無表情じゃなく、微かだが笑っていた。

 そんな彼女を見て、俺も口元が綻ぶのが分かる。


「そうだな……『ホワイトアウト』の最後。雪の積もる真っ白な世界で息絶える、主人公が見た光景を表現したやつな」


「うん。最後のページが両開き白紙で、下手に絵を入れるより何か伝わってくるものがあって……」


 そう言うと本の一番最後のページを開いて見せる。


「ここまでだと、結局主人公は報われなかったってことになるけど……」


「ああ。でもこれには、続きがあったんだよな」


「うん。それが『ブラックアウト』だね。私もまさか続編が出るとは思わなかった。報われなかったけど、終わり方はすごく綺麗だったから」


「俺が読み終わったときにはもう続編出てたから、そんなに驚かなかったけどな」


 俺は気が付けば、さっきの緊張が嘘だったかのように喋っていた。御島も本当に楽しそうに話してくれている。それが、少しだけ嬉しかった。

 だからだろうか。彼女の事をもっと知りたいと思った。

 彼女の見る世界を、もっと見てみたいと思った。


「なぁ御島。何かオススメの本とか教えてくれないか?」


「えっ?」


 突然の申し出に御島は目を丸くした。


「いや、こうして好きな事について話すの結構楽しいなって思ってさ……まあ、御島が嫌じゃなければだけど」


 俺は少し恥ずかしくなり、目を逸らした。

 横目で見ると御島は少し困ったように俯いている。

 少し走りすぎたかと思っていると。


「嫌……」


「い、嫌!?」


 まさかそんな直球で言われると思わなかったので、かなりショックだ。

 つーか泣きそう。

 俺が瞳をうるうるさせていると、御島は俯いたまま。


「……じゃない」


「は?」


 恥ずかしそうに御島は言葉を付け足した。


「嫌……じゃないよ。私も楽しいから……川島君と本の話するの」


「…………」


 悪意のある言葉の間隔の開け方に一瞬だけ呆けると、身を震わせた。

 そんな俺に心配そうな表情をしながら手を伸ばす。


「川島、君? どうかしたの?」


 その手は俺に触れる前で止まると、行き場を失ったかのように宙をさまよわせた。

 俺はそんな彼女の行動に思わずため息を吐く。


「……紛らわしいわ!」


「えっ? な、何が……」


 急に大きな声を出す俺に、御島は怯えたように身を一歩引く。

 だが俺は気にせず続けた。


「どんだけ時間差があるんだよ! 『嫌……』で切るとか……何? わざと?」


 そう言うと御島はムッとして、怯えた表情を消した。


「な、何それ! そっちが勝手に勘違いしたんでしょ!」


「なんだと!? あんなところで言葉を区切られたら誰だって勘違いするわ!」


「しょ、しょうがないでしょ! 途中でなんて返そうか迷ったんだから……」


「迷ったって……?」


 つまりそれは『嫌……』の後の間は、本当に嫌だったかもしれないということだ。

 いきなり冷静になった俺を見て御島も気づいたのか、必死な顔で何かを言いかけると、ため息を吐いて立ち上がった。


「……部屋戻るね」


「あ、ああ……」


 俺はそれだけ返して、力なく部屋の外に歩いていく御島を見送った。

 ドアがゆっくりと閉まり、部屋は静まり返った。

 いつの間にか椎名と小林の声もなくなっており、完全な静寂が俺の周りを包む。

 せっかく仲良くなれるチャンスだったのに、それを変な意地が邪魔をしてしまった。

 本の話をしながら少し心を開いてくれたような気がして、俺はそれが少し嬉しかったのに、それを棒に振った。

 もう話せないかもしれない。そう思うと、少し胸が痛む。

 俺はベッドの上で横になると、シミ一つない真っ白な天井を眺めた。

 真っ白な天井は先ほど話していたせいか『ホワイトアウト』のラストを連想させた。

 報われない最後。

 そしてその内容は、大切なものを失ったまま何も変わらずに、雪景色の中で静かに眠るといものだ。

 俺はそれを思い、口から溢れるように呟いた。


「嫌だな……」


 そして瞼をゆっくりと閉じると、部屋のドアがガチャリと鳴った。

 椎名が来たのかと思うも、既にまどろんでいた体を動かす気にもなれず、そのまま無視する。


「…………」


 だが、いつまで経っても動く気配がなかった。

 不審に思った俺は、重たい体を起こしてドアの方を見るが、そこには誰もいなかった。

 そして代わりに、一冊の本が置かれていた。


「…………ッ!?」


 俺は飛び起きてその本を拾い上げると、一枚の紙がヒラリと宙を舞った。


「……あ、ちょ!?」


 慌てて掴み、薄い字で書かれた内容を読む。


『これ、さっき話してたオススメの本。よければ読んで』


 たったそれだけの文。

 それでも、このときの俺はそれだけでも嬉しかった。嫌われていないということだけは分かったから。

 それと同時に明日の予定が決まった。


「明日は一日読書だな」

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