第9話 アウェイなクラス発表
◇
翌日。
短かった春休みも終わり、今日は始業式。
俺は校舎前でごった返す人々を押し退けて校舎の壁にでかでかと張り出された紙の前へと来ていた。
紙には人の名前がずらりと並んでおり、その上には大きな字で学年と組が書かれている。
俺の名前はその中の二年三組の欄にあった。
自分のクラスを確認したあと、知り合いが同じクラスに居ないか探そうとしたところで、明るい声と同時に背中をバシッと叩かれた。
「よお、恭介」
振り返ると、片手を挙げた小林が立っていた。
急いでいたのか、カッターシャツはだらしなくはみ出しており、目は心なしかいつもより開いてないように見える。そんな状態のなか、髪型だけはセットしていて、それが他のだらしない部分を際立たせていた。
「よお……今日はちゃんと起きれたのな」
俺は少し嫌みっぽく言うが、小林は爽やかに笑ってみせる。
「まあな。つっても、麗子(れいこ)さんの家から直で来ないと間に合わないレベルだったけど」
「そうか、それは災難だっ……ん? 今なんて言った?」
俺は話半分に聞いていた話にとんでもない事が含まれていることに気づき、思わず聞き返した。
いつもの事とはいえ、いきなり言われるとやはり驚いてしまう。
御島には嫌われているように見えたが、長い目で見ればじゃれているように見えなくもない。
それにしても、見境なさすぎじゃないですかね。この前聞いた名前は確か、優子だった気がする。
などと思考しながら、侮蔑と軽蔑の眼差しを向けるが、相変わらず小林は気にすることなく、ぶつぶつと呟く。
「今日は鈴鹿ちゃん家だけど……一回戦で帰るかな」
そう言ってうんうんと頷くと、壁に張られた紙を見上げる。
しばらくすると、自分の名前を見つけたのか「おっ」と声を漏らした。
「恭介と一緒のクラスじゃねぇか。今年は面白くなりそうだぜ」
「なん……だと?」
言われて俺も見上げ、自分の名前の少し下に小林和也の名前があることを確認する。
「マジかよ……」
俺は少し嫌そうな顔をして、声を漏らす。
小林は普通にしていれば普通に良い奴なのだが、毎回トラブルを持ってくる。だからなるべく離れたかったのだが。
「おっ、七海ちゃんも一緒のクラスじゃん。良かったな恭介」
「何がだ?」
もう一人の問題児予備軍が同じクラスと聞いて、暗い調子で尋ねる。
すると小林は俺の肩に手を回すと、声のボリュームを落として。
「隠すなよ。お前、御島ちゃんの事狙ってんだろ?」
こいつは何を言っているのだろうか。
本でさんざん殴られた挙げ句に、本の虫で数々のトラウマ持ち。どこに好意を寄せる要素があるのだろうか?
「どうしてそうなる? 俺はもうちょっと愛想の良い奴の方が好きだぞ」
冷静に返す俺に小林は少し驚いたように目を丸くする。
「そうなんか? 昨日頑張って話しかけてたから、気があるんじゃねぇのかと……」
「この恋愛脳が……。つーか、見てたんなら助けろよ! 空気が凍り付いて窒息死するかと思ったわ!」
俺は昨日の惨状を思いだし、声を荒げた。
その時だった。
「それはどうもごめんなさいね。無愛想でコミュ障だから気がつかなかったわ」
俺と小林間から突如として聞こえた声に振り返ると、そこにはいつも通りの無表情でこちらを睨む御島の姿があった。
「……御島!?」
「いつからそこに?」
俺と小林は慌ててその場から同時に飛び退いた。
「私のことを狙ってるとか狙ってないとか愛想がないとか、その辺り」
「……ほとんど聞いちゃってるじゃないか」
それを聞いて冷や汗が額から伝うのが分かる。
すると小林は何かを思い出すように顔を上げると、申し訳なさそうに手を挙げた。
「悪い恭介。俺ちょっと向こうに用事ができる気がするから向こう行くわ」
などと無茶苦茶な理由で立ち去ろうとする小林の肩を慌てて掴んだ。
「おい待て。つくならもっとマシな嘘をつけよ」
「だってこんな修羅場みたいな空気に居たくねぇよ俺……」
「お前が作ったんだろうが! 最後まで責任もって全力でフォローしろ!」
「いやだからよ、あっちに予定ができる予定なんだって」
「なら行かなければ予定が出来ないってことだろ? ならこっちを優先しろ」
なおも無茶な言い訳をして逃げようとする小林をなんとか引き留めていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「何だよ」
そう言って振り返ると、隙ありと言わんばかりに小林は手を振りほどいて校舎の方へ走っていってしまった。
俺はそれを追いかけることはせず、目の前にいた意外な人物に俺は固まってしまった。
「ヤッホー恭介君。一緒の学校だったんだね」
そこには御島ではなく、一昨日に出会った望月明日香がそこにいた。
御島はどこに行ったかと辺りを見回すと、校舎の方に歩いていく姿が確認できた。
「あいつら……」
「ちょっと、聞いてるの?」
「え、あ、ああ悪い。何だっけ?」
急に顔を近づけてきた望月から少し距離を置く。
「だから、一緒の学校だったんだねって言ってるの。ちゃんと聞いてよね」
「悪い……」
わりと本気で謝ると、望月は少し困った顔をして笑みを浮かべた。
「そんなに謝らないでよ……。それで、ボーっとしてどうしたの? 気になる女の子でもいた?」
「お前は何を言ってるんだ……」
俺は度々来る色恋の話題に、うんざりしたように返す。
「んー、怪しいね? あたしの目は誤魔化されないよ!」
望月は目を細めると、そんなことを言った。
やばい。こいつも少し変かもしれない。
「どこをどう見ても普通の一言だろ? そもそも、お前が俺をおかしいと思うのは、お前がおかしいから俺がおかしく見えるんだ」
「そういうこと自分で言う人って、大体変人だよね。ドラマや漫画とかだとさ」
「ここはドラマでも漫画でもない。現実だ」
「あーはいはい」
望月は面倒臭そうに手をヒラヒラさせると、会話を切り上げた。
始めたのは向こうなのに、何で俺があしらわれるのか。
だが言っててもキリがないのは確かなので、俺は話題を切り替えた。
「にしても、思わぬやつに会ったな」
「思わぬって……恭介君はあたしがこの学校の生徒だって知ってたんでしょ?」
「ま、まあ、制服着てたからな。知ってはいたけど……」
そう言いながら一昨日のことを思い出す。
部活帰りだった望月はバットケースに学校の制服だったはずだ。
「なら驚くことないでしょ? それとも何かあたしに……」
「ない」
「ちょっと、まだ最後まで言ってないんだけど?」
「悪い、似たようなやり取りが最近多いから反射的にな」
俺は頬を掻いて、睨む望月から目を逸らした。
すると望月が「みてみて」と俺の肩を揺らした。
「なんだよ?」
「ほら、恭介君と同じクラスみたいだよ!」
嬉しそうにはにかみながら、クラス発表の紙を指差した。
「え?」
言われて俺も見上げると、三組の欄の下の方に望月の名前があるのが確認できた。
「マジかよ……」
「ね! 今年は楽しくなりそうだなぁ」
望月は小林と同じようなことを呟きながらクラス表を眺める。
俺はそんな望月をよそに、今年は大変になりそうだなと、真逆なことを考えるのだった。
「早く行こ、恭介君!」
望月は俺の手をとると、そのまま校舎へ走り出した。
こうして、新たな受難な日々が始まった。
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