第8話 クズ襲来




 御島を部屋に戻してから一時間が経った。

 窓の外はまだ明るいが、先程よりも日が落ちているように感じる。

 店内にはもちろん客はいない。従業員も俺以外にはいない。

 椎名も小林も今ごろは春休み最後の日を満喫していることだろう。

 俺も二人ほどではないが休みを取って遊んだりもしたが、やはり俺も学生。遊び足りない感はあり『社畜してんな~』とか高校生で思う始末。

 もう少しまともなやつが入ってくれれば俺への被害も半減するだろうが、入ってきたのは無口で無愛想の本の虫。おまけに数々のトラウマを抱える地雷持ちときた。

 常々思う。この喫茶店にまともなやつはいないと。

 そのうち客まで変なやつが集まって来るんじゃないかと不安になってくる。

 そう思った矢先だった。

 カランと来客を告げるベルが鳴った。


「やあ、恭介君。相変わらず不景気な顔してるね」


 現れたのはいかにも最近の若者と言われそうな、この喫茶店の空気とは合わない華やかな少女。九頭朱里くずあかりだ。

 肩より長い髪はやんわりとウェーブをかけており、色は染めているのか地毛なのか茶色よりの黒髪だ。

 一年の時のクラスメイトで、皆からは親しみを込めて『クズ』と 、特に『ズ』の部分を強調して呼ばれている。

 実際に中身はクズで、それは本人も自覚しているため、いつも笑ってごまかしている。


「何だよ九頭……冷やかしならお断りだぞ?」


「酷いなぁ、ちゃんと客として来たに決まってるじゃん。全然客が入っていく姿がないし。あ、あたしコーラね」


 九頭は俺が案内するでもなく、いつもの定位置である店の奥の窓際の席に勝手に座ると、適当な調子で注文する。


「客が入っていく姿って……まるでずっと見ていたような物言いだな」


 俺はメニューを広げる彼女を尻目に、コーラを注ぎながら適当に言葉を投げる。


「んー、店の前でずっと見てたからね」


「ふーん、そうか……は?」


 一瞬流しかけて、九頭がとんでもないことを言ったのに遅れて気づく。

 今こいつ何て言った? 店の前で見てた?

 俺が訳がわからないと言った様子で動揺しているのを気にも止めず、九頭は何でもないように口を開く。


「だいたい二、三時間くらい喫茶店の前のベンチに座ってたかな……」


「えっ、何でそんなことしてんの? 暇なの?」


 テーブルにコップを置くと、正面に座った。

 他に客もいないから良いだろうとの判断だ。


「うん。暇だった。暇だったから……」


「だったから?」


 途中で言葉を切ったので、釣られるようにおうむ返しにすると。


「この喫茶店の前を通る客に対して笑顔をプレゼントしてた!」


 瞬間、俺のチョップが九頭の脳天に刺さった。


「お前のせいかよ! このクズが!」


「もぉ、痛いな恭介君! 何するの!?」


 チョップされた頭を押さえながら、九頭は激昂する。完全に逆ギレだ。

 今日の昼過ぎから客が一人も来ないなとは思っていたが、まさかそんなことをしている奴がいたとは思っていなかった。


「『何するの?』はこっちの台詞だ! この経営真っ赤っかの喫茶店になんてことしてくれてんだ!」


「だから、店の前で笑顔をプレゼントしてたって言ってるじゃん! 店のために頑張ってね!」


「それと客入りにどう関係があるんだよ!」


「そんなの、美少女が店の前にいたら普通は足を止めて『ちょっと寄ってみようかな……グヘヘ』くらいには思うはずだよ!」


「自分でそれ言うの!? しかも、何で対象が不審者っぽいおじさんなんだよ! そんな奴来ても困るんだよ!」


 実際、九頭の容姿は整っており、わりとモテると小林に聞いたことがある。

 だが性格が最悪のため、告白してきた男子を「ああ、無理無理」とか「身の程をわきまえてよね☆」とか言って追い返していたらしい。

 そんなことをしているから女子には嫌われ、男子には敬遠されつつある。

 俺はため息を吐いて、額に手を置いた。


「……学校はそれなりに平和かと思っていたが、お前を見ているとそうでもない気がしてきた」


「ん? 何の話?」


 九頭はキョトンと首をかしげる。


「別に……こっちの話だ。それより、本当は何しに来たんだ?」


「え?」


「いや、店を見守るためだけに来たわけじゃないだろ? 何か用があったんじゃないのか?」


 俺は面倒臭そうに言いながら、視線を逸らすように窓の外を見る。

 店の前は子供連れの主婦やサラリーマン然とした人達が大勢行き交っているなか、この店の前で足を止めるものはいない。

 まるで、見えていないかのように通りすぎる人達を見ていると少し寂しい。

 そんな心境を知ってか知らずか、九頭はいつもと変わらないテンションで。


「いやね、別にそんな、あわよくばご飯を食べさせてくれたりとか思ってないけど、どうしてもと言うなら夕飯を一緒に食べても良いけどって」


「何だよそれ。いつも通り、ただ夕飯をたかりに来ただけじゃないか」


 俺がジト目で睨むと、九頭は怯んだように口元を歪める。

 実は言うと、九頭がこの喫茶店に来る理由は分かっていた。

 親の帰りが遅い日は、自炊かコンビニ弁当になるのと、一人で食べるのが寂しいのだそうだ。

 だからこうして、たまに夕飯を食べに来るのだが、その度にこうして茶番劇を繰り広げている。


「ち、違うよ! それに今日は店の前で三時間も呼び込みしたんだよ!? この店のマスコットとして!」


「何がマスコットだよ……思いっきり営業妨害じゃねぇか」


「そんなこと言わないでよ! あたしだって役に立とうと頑張ったんだよ!? もうちょっと誉めてくれても良くなくなくない!?」


 九頭は唾を飛ばしながら、早口で捲し立てる。

 本当に善意で手伝っていたのなら誉めてやりたいところだが、こうも強情で恩着せがましいと誉める気をなくす。

 こいつのこのクソみたいな性格はどうにかならないかと、わりと本気で思う。

 九頭はグッと拳を握ると、勢いよく立ち上がる。


「もうこれはあれだね、誰かの陰謀だよね。本気じゃなかったとはいえ、あたしが居て誰も寄ってこないなんておかしい!」


「なら本気出せよ……。原因は明らかじゃないか」


 俺は呆れるように言った。


「本気? そんなの……」


 九頭は言いながらゆっくりと目を閉じると。


「あたしに本気を出させない世界が悪い!」


 カッと見開き、自信満々に言い放った。


「ああ、そう……」


 そんなことを堂々と言える彼女に、俺はそうとしか返すことができなかった。

 自信満々に鼻を鳴らす彼女の肩を掴んで、取り敢えず座らせる。

 そんな俺の行動を見て「やっと分かったか」みたいな顔をして、嬉しそうに座るが、分かったのはこいつの思考がニートのそれであるということだけだ。

 友達がそんな道に行くのを止めないのは俺の良心が痛むが、高校生活はまだ二年もある。今やらなくても、また今度やれば十分に間に合うはずだ。

 あ、これもニート思考か。

 などと考えながら、俺は彼女を諭すように言う。


「……お前はよく頑張った。だからもう何もするな。夕飯食べても良いから、何もするな。頼む」


「えへへ……ようやく認めたね。恭介君も素直じゃないなぁ」


 全く誉めていないのに、九頭はすごく嬉しそうにはにかむ。

 その様子を見ると、俺の切実な願いはあまり届いてなさそうだ。

 俺は諦め混じりにため息を吐いて。


「もう飯なら食わせてやるから、奥に行ってろよ。今なら新顔も居るだろうし」


 俺は適当にあしらうように手をヒラヒラとさせて、店の奥へ行くように促す。

 そんな俺のことを無視して、九頭は話し掛けてくる。


「新しい子入ったんだ。新入生?」


「いや、俺達と同じ二年で在学生だ。なんでも、親が転勤になったらしい」


「ふーん……」


 九頭はそれを聞くと、とたんに怪しい目付きで俺を見る。


「何だよ?」


「その人ってもしかして、七海ちゃんじゃない?」


「七海ちゃん? 誰だよ……って、ああ、御島の事か? 何だよ知り合いだったのか?」


 俺は言いながら御島のフルネームを思い出した。

 まだ昨日のことだというのに、すぐに忘れてしまうとは……人の名前を覚えるのは中々に大変だ。

 それよりも、疑問はこいつがどこで御島と知り合ったかだ。

 俺と一緒のクラスだから、知り合う機会といえば部活とか委員会があるが、九頭は両方ともやっていなかったはずだ。

 御島の方は知らないが、少なくとも部活はやっていないのは確認済みだ。

 そもそもこの二人、全然話が合う気がしないのは俺の気のせいだろうか?

 俺が怪訝な顔をしているのに気づいたのか、九頭は少し慌てた様子で口を開く。


「知り合いっていうか、友達! 親友! 心の友だよ!」


「そこまで綺麗な言葉を並べられるとかなり怪しいんだが……。本当に友達なのか?」


 俺はジットリとした視線を送ると、九頭は「うぐ……」と言葉を詰まらせた。


「悪いが、全然タイプが違うように思えるんだが? お前と御島の会話が想像できない」


「そ、そんなことないよ! 七海ちゃんとは親友! そう、新しい友と書いて、新友だよ!」


「それ最近友達になったやつだよね!? ニューフェイスだよね?」


 俺がツッコミを入れると、九頭は面倒臭くなったのか、耳を塞いで聞こえない振りをしだした。


「こいつ……」


 俺は、そんな彼女に呆れるしかなかった。


「あー……もういいから、とっとと行けよ」


「……何よその態度、もぉ……」


 俺がぞんざいな態度で答えると、九頭はぶつくさと文句を言いながら店の奥へと消えた。

 やっぱり客も変な奴しかいないようだ。

 類は友を呼ぶということわざはこういう時に使うのかなと思いながら俺は、すっかり癖になってしまったコーヒーを入れると、一口含む。

 すると、二階から御島っぽい悲鳴が聞こえてきたが、俺は聞こえない振りをして、のんびりとした時間を過ごした。

 明日のクラス替えは、どうか一緒のクラスにならないようにと祈りながら。

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