第6話 部屋の宝
◇
後片付けをして、夕飯の準備をした時には既に、時刻は九時を回っていた。
いつもならとっくに食べ終わっている時間だが、今日は当番の俺が望月の話を聴いていたため、この時間になってしまった。
遅くなると椎名辺りが毎回ちょっかいを掛けにくるのだが、今日はそれがない。きっと御島と遊ぶのに夢中なのだろう。
俺は三人を呼ぶため二階に上がり、つい最近まで空き部屋だった御島の部屋をノックした。
「御島。夕飯できたからそろそろ降りてきてくれ。あと椎名先輩も降りてきてくださーい」
俺はドアの向こうにいるであろう二人に声をかけた。
だがしばらく待ってみるも、返事どころか物音ひとつ聞こえてこない。
寝ているのだろうかとドアに手を掛けると、目の前ではなく背後のドアが開いた。
「よぉ。今日はえらく遅かったな。何かあったのか?」
ヘッドフォンを首に引っ掛けながら、小林が心配そうに言った。
いつもはチャラチャラしていて、俺を面倒事に巻き込んでいくような奴だが、たまに優しいところがある。
「ちょっとな……閉店ギリギリで来店した客にコーヒーを出してた」
「ふーん……」
小林は何か含みがあるような相槌を打つ。
「何だよ?」
「お前、望月と知り合いなのか? 結構楽しそうにしていたみたいだが」
「……見てたのかよ」
俺は内心で焦りながらも、声を落ち着かせた。
店内で話すのは少し迂闊だったのかもしれない。望月だって勝手に聞かれるのはあまり気分も良くないだろう。
「まあな。つっても、俺が見たときにはもう帰る頃だったけど」
「そうか。まあ、俺も今日初めて会ったんだけどな」
取り敢えず話は聞いてなかったようで安心する。
「そうなのか? それにしては……っと、この話はまた今度だな」
「え?」
小林がふと、視線を俺の後方に移したので、釣られるように俺も振り返る。
「二人して何の話してるの? 恋話?」
そこには、妙に艶々した椎名と壁に持たれながらぐったりとしている御島の姿があった。
御島の様子を見るに、相当遊ばれたようだ。
やっぱりあのとき、無理にでも引き留めて仕事させるべきだったかなと今更ながら後悔していると。
「そう恋話。何か恭介に好きな人が出来たみたいでな」
小林が俺を押し退けて、とんでもないことを言い出した。
「おい。お前急に何を……」
「ほんと川島君!? 同じ学校の人? あ、あたし分かっちゃった。さっき話してた人でしょ!」
「何で先輩まで見てんすか! しかも違います!」
前のめりになって今にもぶつかってきそうな椎名の顔を押さえる。
何で女子はこの手の話題を好むのだろうか。片方は男だけど。
「ふむ、違うって言うことは好きな人はいるんだな」
「だからおま……」
何か思案顔で言う小林に掴みかかろうとすると、興奮した様子の椎名が両肩を掴んでくる。
「よし、あたし協力するよ! 一方通行な川島君の恋、全力でサポートする!」
さっきから俺の話を聞いてくれない。
何なのこいつら、宇宙人?
「だから、何で一方通行だって決めつけるんですか! 朝の会話を掘り返さないでください!!」
「恭介、俺たち親友だろ? だから言ってみろよ。協力してやるから」
ポンと俺の肩に手を乗せると、反対の手の親指を立てて爽やかに笑う。
だいたい親友とか友達とかを主張するやつはいじめっ子であり友達でもない場合が多い。
俺はそんないじめっ子を退治するため、相手と同じ土俵でやり返すことにする。
「お前は今すぐその口を閉じないと天井裏に隠してある……むぐ」
小林のお宝(エ◯本)の隠し場所を暴露しようとすると、思い切り口元を押さえられた。
「恭介君。君は何を言ってるのかな? 本当に何を言っちゃってくれてるのかな? バカなの? 死ぬの? いや俺が死なす」
凄い形相で捲し立てながら俺の首を絞めて、思い切り前後に揺らされる。
そんなことをしていると、今までぐったりしていた御島が椎名の隣に並んだ。
「小林くんの『巨乳jkのマル秘イケ……』なんてどうでも良いから、早く夕飯にしない?」
「え? 待って……何で御島ちゃんが知ってんの?」
どうやらホントにそのタイトルらしい。
「ホントにあるんだ……」
御島は適当に言っていたのか、本当だと知って若干引いている。
椎名はというと、御島の背後で口元を手で抑えて、笑いを必死に堪えているのが分かる。
小林、終わったな。
「な、ないから! つか、何でそんなピンポイントなタイトル名なんだよ!?」
「椎名先輩が教えてくれたの」
「椎名せんぱーい!」
名前を叫ぶ小林はもう既に半泣き状態だ。
俺はもうめんどくさいので、今にも泣きついてきそうな小林を押し退けて、部屋を出ようとすると。
「恭介……一人だけ逃げようたってそうはいかねぇぞ?」
暗いトーンの声に止められた。
俺は首だけを回して後ろを見る。
「先に言っておくが、俺の部屋には何もないぞ?」
「そんなわけあるかよ。なんつっても……」
そう言うと小林は俺の耳元で囁くように言った。
「お前の部屋に一冊、飛びっきりヤバイのを隠しておいたんだからな……」
「…………」
それだけ言うと、無言で俺の真横を通り過ぎた。
そして……。
「待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
遅れて絶叫すると、弾かれるように動いた。同時に小林は俺の部屋へと突撃する。
「ヒャッハー! 旅は道連れ、世は情けってなァ!」
「違う! それだいぶ違うよ! 道連れしかないよ!」
小林は部屋に入るなり鍵を締めて籠城する。
中からはガサゴソと物音がしており、小林の仕掛けた罠が二人にお披露目されるのも時間の問題だろう。
さて、どうしたものか……。
「あ!」
そこで今朝やった椎名の不法侵入講座を思い出す。
俺はドアノブを引っ掴むと、思い切り上げて体当たりする。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
掛け声まで似せて開けたドアの先には、引き出しに手をかけて驚いた顔をする小林の姿があった。
「なに!? お前、どうやって入った!?」
「おいおい、お前もいつも何食わぬ顔をして開けていただろ? とぼけんなよ」
俺は指をコキコキと鳴らし、ゆっくりと近づいていく。
「く、来るな! 開けるぞ? ホントに開けるぞ? 良いのか!?」
「やってみろよ……。だが、お前が引き出しを開けるのと、俺の拳がお前の鳩尾に突き刺さるのと……さて、どちらが早いかな?」
一歩踏み出せば手が届く距離で止まり、小林もこちらを警戒しながら固まる。
「「…………」」
沈黙する空気。
交錯する視線。
そして……。
「くっ!」
先に動いたのは小林だった。
引き出しに掛けていた手を引いて、中に手を突っ込みながら立ち上がり、逃げる体勢に入る。
瞬間、俺の渾身のボディブローが小林の鳩尾に突き刺さる。
「がはっ!?」
小林は口から空気を吐き出し、床に転がる。
そんなに思い切り殴ったつもりはない。
「そこか……?」
瀕死の小林を跨いで、俺は引き出しを開けた。
そこには。
「ない……だと?」
中には何もなかった。
開ける引き出しを間違えたのかと他の場所も探すが、目的のものは見つからない。
「まさか!?」
気づいたときには既に、小林が廊下に向かって本を投げるところだった。
「その、まさかだ!」
手を伸ばすのも虚しく、本は弧を描いて廊下へと飛んでいく。
もう駄目だと俺はその場に崩れ落ち、俺の日常の最後の瞬間を見届ける。
「きゃっ……」
そのとき、ちょうど入り口に立った御島の顔面に本が直撃した。
短い悲鳴の後、本が床に落ち、それを見た御島の目は冷ややかなものとなった。
「……何か言い残すことは?」
御島は口元をひくつかせながら、ゆっくりとした動作で床の本を拾い上げる。
表紙は肌色成分が多めで、女子が拾うには躊躇いそうなものだが、御島はなんの躊躇いもなく拾い上げてしまった。
そんな御島に恐る恐るといった様子で尋ねる。
「あの……『言い残す』ではなく『言うこと』の間違えではないでしょうか」
あまりの迫力に敬語になってしまった。
当の元凶である小林はというと、既に土下座している。
「何も間違えてなんかないよ。だって、もう立てなくなるくらい殴打するんだもん」
そう言って、御島は笑顔で本を振りかぶった。
「よ、よせ、御島!」
と、俺が最初に叫び。
「立てなくなるって、立ち上がれないとかそういう意味だよね? 男のシンボルの話じゃないよね!?」
と、小林が余計なことを言い、御島の目がスッと細くなった。
「おまっ……もうホント黙ってろ!」
本当に身の危険を感じ、俺は土下座していた小林を無理矢理中腰にさせ、盾にする。
「ちょ、俺を盾にするんじゃねぇ! この人でなし! 鬼! 一方通行!」
「一方通行は関係ないだろ! そもそも俺には……あ」
アホなやり取りをしていると、俺達二人を影が覆った。
「この……変態ッ!」
本は容赦なく振り下ろされた。
そんな彼女に言ってやりたい。
本は人を叩くものではなく、読むものであると。だがそれは後に言うとして、今はこれだけ言おう。
「「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」
謝罪混じりの悲鳴と打撃音が建物全体に響き渡った。
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