第4話 危なげな二人
◇
店内に戻ると、彼女はチャラそうな男に捕まっていた。
千歳の話が本当なら、あともう二押しくらいでこの喫茶店に血が流れそうだが、止めた方がいいのだろうか? それとも救急車か?
などと考えながら、ポケットの中のスマホの感触を確かめていると、チャラ男が彼女の前のテーブルに手をついた。
「ねぇ、御島ちゃんってさ、今日からここに住むんだよね? 何で二年生からなの? 何かやらかした?」
彼女の名前は
そして初対面のはずの相手に馴れ馴れしい男については、残念ながら知り合いだ。
名前は
この『喫茶ヴェルモント』の住人で、俺の隣の部屋だ。
そんな小林に対してあからさまに嫌そうな顔をすると、御島は視線を上げた。
「お、親が五月辺りから転勤で居なくなるから……」
「へぇ……そうなんだ。ここは寮母とかいないから、家事とか全部自分でやらないとだからな、最初のうちは大変かもしれないな」
話してくれる意思があると見たのか、小林は御島と対面になるように座る。
女慣れ半端ないな……と思いながら、もう全部こいつに任せちまおうと自分の分のコーヒを入れる。
「まあでも、なんか分からないこととかあったら遠慮なく言ってくれよ。俺、意外と頼りになるよ?」
「そ、そうですか。そのときはお願いします」
ぐいぐいと来る小林に若干引き気味の御島はこちらに視線を投げる。
その目からは『見てないで助けろよ』と言っているような気がした。
仕方ないので、俺はコーヒを片手に二人に近づいていく。
「御島ちゃん固いな。もっと砕けて喋っても……」
「小林。もうその辺にしとけ」
小林の台詞を遮るように俺は頭に軽くチョップする。
せっかくの女の子との会話を邪魔されたからか、こちらを振り返る小林の表情は若干不機嫌そうだ。
「んだよ恭介。今御島ちゃんと話してるんだから邪魔すんなよ」
「その御島がさっきから視線で助けを求めていたんだが?」
「え?」
小林が振り返ると、御島はコクコクと頷いた。
どうやら本当に困っていたらしい。
この二人がもし付き合ったらちょっと面白そうとか思ったのは内緒だ。
「それであの……」
へこむ小林を無視して、御島は話を切り出すが、途中で言葉が止まってしまった。
話すのが苦手なのか、口をパクパクさせながら時折こちらをチラチラと見ては、もじもじしている。
よほど恥ずかしいことを言おうとしてるのだろうかと思い。
「どうしたんだよ御島? トイレか?」
「…………ッ!」
瞬間、俺の脳天に本の角が刺さった。
「ぎゃあああああああああああっ!」
俺は絶叫し、頭を押さえてしゃがみこむ。
そして、絶叫した後に気づいた。女の子がトイレを我慢しているのに対して、わざわざ尋ねるのはあまりにデリカシーがなかったと。
俺は片手で頭を押さえながら御島の方を見ると、真っ赤な顔で本を握っていた。
「ま、待て! 俺が悪かった。デリカシーがなかったよな?」
ジリジリと近づいてくる御島に合わせて俺も一歩ずつ下がるが、すぐに壁にぶつかった。
そこでふと千歳が言っていたことを思い出す。
『しつこく絡んできた男に分厚い本を投げつけたり、角で叩いたりして病院送りにしたって』
血の気が引くのを感じた。
そして激しく後悔した。もっとオブラートに包んだ発言をするべきだったと。
俺は壁に背中を預けながら、既に本を振り上げている彼女に俺は今年最高の作り笑いで。
「御島……お花摘みに行って来いよ」
すると、御島の目がスッと細くなり、本は容赦なく振り下ろされた。
俺は咄嗟に目を瞑る。
「…………?」
だが、痛みはいつまで経っても来ることはなかった。
ゆっくり目を開けると、ちょうど頭に軽くコツンと本の角が当てられたところだった。
「えっと……御島?」
「……え」
御島は何事かをボソリと喋ると、視線を逸らした。
『え』とは何だろうか。
『トイレへ行きたい』だろうか?
いや、やめよう。今度こそ殺されそうだ。
俺は早くもギブアップし、両手を挙げて降参のポーズをとる。
「すまん、もう一度言ってくれ。よく聞こえなかった」
「だから……名前、まだ聞いてなかったから、なんて呼べば良いか分からなくて」
「あ……あー、うん」
言われて気づいた。そういえばまだ名乗っていなかった。
俺は小林が彼女の名前を呼んでいたから知っていたが、彼女は俺のことを知らないんだった。
それにしても、名前一つ聞かれるまでにまさか病院送りにされかけるとは、やっぱり今年も大変そうだ。
そう思いながら俺は口を開いた。
「俺は
「
御島は俺から本を離すと、小さく頭を下げた。
こうして話してみると、やっぱり普通だ。少し口下手だけど、他の二人に比べれば全然マシだ。
俺は去年よりも楽になるかもと、僅かな期待を胸にする。
「なんだよ二人して……」
そうこうしていると、いつの間にか空気になっていた小林が隣にいた。
「俺も混ぜろよ!」
「構ってちゃんかよ……」
よほど御島に嫌がられたのがショックだったのか、少し涙目だ。
「混ぜろってお前……本で殴られたいの? Mなの?」
「ちげぇよ! なんか二人して楽しそうだから、俺だけ取り残された気分になったんだよ!」
「小林君はホモなの?」
「御島ちゃん!?」
思わぬところからの攻撃に、小林は動揺する。
いつもと立場が逆転して少し楽しい。これが客観的に見たいつもの俺の立ち位置かと思うと少し悲しくはあるが。
「御島ちゃん、ハッキリ言うけどな。俺は女の子が好きだ。大好きだ。だから、ホモなんてことはあり得ない! 絶対にな!」
「え、あ……うん。そこまで必死に言われると……」
「小林……俺にそっちの気はないからな?」
俺は小林から少し距離をとる。
思い返せばこいつはいつも、いきなり肩を組んできたり、妙に距離が近かったりと、やたらとボディタッチが多い。
まさか女の子を手当たりしだいにナンパしているのはホモを隠すためのカモフラージュだったとは……。
「恭介!? なんでそっちに寝返ってんだよ!」
「寝返るもなにも、元々俺は御島派だが?」
「何でだよ!?」
「そこまで否定するならホモじゃないんだな? 御島さん、やっておしまいなさい」
「ん、わかった」
俺の指示に、御島は無表情で本を振り上げる。まるで殺戮ロボットのようだ。
「だから、Mでもねぇから!」
「じゃあ何だよ?」
「ノーマルっていう考えはねぇのかよ? つか、御島ちゃん? 何でどんどん近付いてくるの?」
小林は両手を前にして、いやいやをするように後ろへと下がっていく。
「良かったな小林。ご褒美だ」
「だから俺はMじゃ……な、ちょ! ぎゃあああああああああああっ!」
御島は容赦なく本をフルスイングし、店内には絶叫が響いた。
脳天にやられたときも痛かったが、小林のフルスイングもなかなか痛そうだ。というか、絶対初対面の時にしつこくした恨みも入ってるだろと、思わなくもない。
俺は店内に客が居なくて良かったと心のなかで安堵し、両手をそっと合わせた。
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