第4話
「おれ、じぶんで…」
「トイレから自力で戻れない奴が何言ってんだ。ほら、足あげて」
トイレを出た廊下。頭にはクッション、濡れた腰回りにはタオルが敷かれていて。そして俺は赤ちゃんみたいに寝っ転がっている。
便器から降ろされたと思ったら、春さんの成すがまま、身を任せていたらいつの間にかこの格好だった。
あれだけ外せなかった紐をいとも簡単に外されて、ズルリと降ろされ、汚れた下半身が丸出しになる。
少し湿った暖かいタオルで、腹、付け根、性器、尻…と、順番に拭われていく。
「っは、ぁ…っはぁ…」
しんどさと気持ちよさで出てしまう、変な声。
「腰上げれる?上手上手」
まるで赤ちゃんのオムツ替え。乾いた下着とよれたスウェットが着々と身につけられていく。
「よし完成。布団戻るか」
手を首に回し、抱き上げてもらう。
「すみませ、からだうごかなくて、」
「ん、足ここ持って来れる?」
「っ、はい、」
太ももを春さんの腰に巻きつけて、抱っこされる。
「ちゃんと捕まっとけよ」
「おもくない、ですか?」
「三十路なめんな」
「飯何がいい?おかゆ?うどんも買ってきたけど」
自室の時計を見るともう五時を回っていた。おでこに貼られた冷えピタが気持ちいい。
「うーん…あ…おにぎり…」
「おにぎり?食えるのか?もっと喉通りやすいもんの方が…」
「あさの…れいぞうこ入ってるので、もってきてもらえますか?」
「あー、食えなかったのか。無理して食わんでもいいぞ」
「でも…」
「じゃあそれ雑炊にして持ってくるわ。卵は入れる?」
「欲しいです…」
「りょーかい。…あ、そうだ」
「…ふぁい?」
目が閉じかける瞬間、口に何かが入る感触。
「そのままでいいから飲めるだけ飲んどけ」
軽くそのチューブを吸うと、甘い液体が流れ込んでくる。
「ぷはっ、おいし…」
「これうまいって思うってことは、水分たりてない証拠らしいぞ。めちゃくちゃ飲んだな」
えらいえらい、と頭を撫でられて、なんとも言えない気分になってしまう。
「ほら眠いんだろ。寝てしまえ」
薄目で見たペットボトルの中身はほとんどなくなっていて。気づかないうちに感じていた喉の渇きも、もうない。目元を覆われる春さんの手のひらがひんやりして、熱い瞼が癒される。
ずっとトイレに跨っていたのが案外疲れたのか、すぐに眠ってしまった。
「ん…」
どこか懐かしい、いい匂いに目が覚めた。食器の触れる音が遠くで聞こえる。
「お、ちょうど起こそうと思ってたんだよ。雑炊、食えそう?」
「あ、はい…」
正直食欲はない。でも、食べられないほど気分が優れないわけでもない。
「体、起こせる?」
春さんに支えてもらって上半身を起こすも、グラグラしてすぐに枕に頭を埋めてしまう。
「ぅ゛~…」
「あらら…じゃあ横向いて」
枕にタオルを挟み込まれ、スプーンが口元に近づく。口を開けると、出汁のたっぷりと効いた、少し甘い味の柔らかいご飯が入ってくる。
(おいしい…)
この歳になって、いわゆる「アーン」というものをしてもらうとは思わなかった。本当に今日は子供に戻ってしまったみたいだ。ぼんやりとした頭で昔の光景が浮かぶ。
何回スプーンを咥えさせてもらった頃だろうか。ムズリとした感覚が身を襲う。
(あ…また…)
トイレにいきたい。さっきいっぱい飲んだ分が、下に降りてきている。
(でも、さっき食べ始めたばっかだしな…)
下腹をそっと押す。
(我慢、できるよな)
微かな疼き。でも、自力で行けない身としては言いにくい。それに、そこまで行きたいわけではない。
(あとで行かせてもらおう…)
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