第十話 優柔不断と絶不調
要するに私は、あれから二週間が経過した
それと、これは横手さんにフラれた場合に備えての完全なる予防線だが、先週の校外学習で起きた"予期せぬ
――もう六限だし、たぶん今日も今日とて告白出来ずに
確かその日は、朝の九時半に雷門前集合。全組AB班(九時半集合)、CD班(九時四十分集合)、EF班(九時五十分集合)といった具合に分けられ、説明が終わった班から順次行動開始という流れだった。人混みが大嫌い
そんな状況に
まあそれはいいとして、その後は雷門の前で記念撮影をして、すれ違う人とぶつからないよう若干萎縮しながら仲見世通りを散策して。『どうか私を、横手さんのお婿さんにして下さい! お力添えのほど、何卒よろしくお願い致します!』と御本尊様へお願いし終えたあたりで
「――舞茸? どうした?」
「…姫ちゃん…っ…きもちわるぃ…」
いや、そらそうでしょうねぇ。あなた
しかも
「髙梨さん! 申し訳ないんだけど、一ノ瀬さん具合悪いみたいだから、保健委員か長塚先生に伝えておいてもらえる?」
「うん分かった、もし相撲観戦無理そうだったら、A班のグループに連絡して。私が全部伝えておくから」
「ありがとうございます、助かります」
「一ノ瀬さん、大丈夫?」
「伊藤くん、ちょっとトイレ借りていいか、お店の人に確認を」
「了解、すぐ訊いてくるわ」
「…オッケー! 大丈夫だって」
「サンキュー伊藤くんっ! ほら舞茸、急ぐぞ!」
レストランから出てきた彼とすれ違うようにして、私は「すいません」を連呼しつつ大
「っこほ、ごほっ…げほっげほっ…げぇぇっごほっ」
…という
「おい…大丈夫か…」
「…」
自業自得とはいえ、
「…朝から具合悪かったの?」
「…ぅ、ううん…途中から…」
「――少し休んだら、今日は早退しな。親御さんに来てもらって、すぐ帰って休んだほうがいいよ」
「…でも、姫ちゃんと同じグループなのに…」
「んなこと言ってる場合か。親友命令だぞ。今日は早く帰って寝なさい」
私が諭すようにそう言うと、舞茸は声を
…別に…泣かなくてもいいじゃん…
私はトイレットペーパーのような吐息に、そんな言葉を
「…ごめんね…遅刻したり…お昼にこんなことさせて…」
「いいから気にすんな。そんな日もあるから。――ほら、洟垂れてるからちゃんとかんで」
「――ありがとう…」
「制服は…大丈夫そうだな。――よし、じゃあ戻って休憩し…」
「ねぇ、姫ちゃんも一緒に待ってて」
「…はいはい。言われなくても一緒に待ちますよ」
一先ず花畑から帰還すると、お店の方がカウンターに水を用意して待ってくれていた。私は微に入り細を
「本当に有難うございました」
私は偶然の産物ならぬ偶然のお土産を受け取ると、舞茸に代わりお礼を言って、そそくさとお店を後にした。もう少し
「一ノ瀬さん大丈夫?」
「うん」
「もう先生には伝えてあるから、無理しないでね」
「ありがとう。髙梨さん」
しかし椅子に座って待つ舞茸のまぁ大人しいこと大人しいこと。それがあまりにも
「――もぉ姫ちゃん。あんまり見ないで」
私には、そう言って微笑む舞茸の顔が容易に想像出来たわけであるが…
まああんなお願いをしておきながらこんな
「――ねえ、姫ちゃん」
「ん?」
「私のこと…ゲロ女って思ってる?」
て、おい! 食後ですよ食後!
「思ってる訳ないだろっ、あたしは小一男子かっ」
「…」
「…いや、思ってないって」
「…」
「――あぁもぉっ、心配なんだよ…お前が…」
その長い長い沈黙の糸の先に
…無論その握力は、純粋な愛が
しかしそれを
と言ったわけで、私はようやっと寝息を立て始めた舞茸の恋心を、文字通り"手ずから"
「姫ちゃん♪」
チャイムが鳴ると、私のもとへお
「…なぁ舞茸、悪いんだけど、抱きつくのは一日二回までにしてくんない?」
「無理。私姫ちゃんが好きだから」
「…だからって毎日一時間おきに抱きつかれたら、あたしも授業に集中できないんですけど」
私がそう言うと、舞茸は私の肩に顎を乗せた。
「ちょっと、ファンデ付いちゃう」と、私が彼女の
いやー私の横手さん
「――二人がカップルだったら、美人同士だし完璧だよねー。こうして見てるだけで、なんか幸せだわぁ」
まあ何はともあれ、その言葉によって挑戦者が負傷したからには、本日予定されていた告白計画も残念ながら延期である。
『姫ちゃん。今月中にお返事聞かせてね』
しかし私がどれだけ横手さんへの告白を延期しようとも、このお方の猛追から
『夏休みまで待ってよ。あたしもまだ勉強とかテストのこととかでいっぱいいっぱいだから』
夜九時過ぎ。私は舞茸にそう返信した。すぐ既読になって、泣き顔の
『待てないってこと?』
私が間髪入れずそう返すと、
それを待って寝不足になると、翌日の私の体調まで泣き顔になりかねないので、その夜は『おやすみ』と連投して、読書を省いて早めに寝た。
翌朝。アラームを止めてトーク画面を開いたら、しれっと既読になっていた。私は少し安心して、まだ温もりの残る掛け布団の香りを嗅いだ。その香りが、私の制服に染み付いた、あの舞茸の甘い残り香のように思われて。私は
*¹グリーグ:『ペールギュント第一組曲』 "朝" (Morgenstemning) Op.46-1。
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