第57話 心を込めて
すずの声が、頭から離れない。
『……私、ハルのことが好き』
『ハルのバカ!!』
『……私の声、ちゃんと聞いてよ!!』
悲しそうに、そして辛そうに訴えるすずに、俺は何を言った……?
突然の告白に対する衝撃と、酷い言葉を放ってしまった自己嫌悪で、俺は未だに混乱した頭で実家付近の道を歩いていた。
一度家に帰ってはみたが、やはり車を勢い良く降りて行ったすずが心配で結局動かずにはいられなかった。
俺の中でのすずへの想いは、日増しに大きくなっている。
高校生になったすずは、幼い頃の面影を残しながらも立派な少女になっていて、恋愛だってきっと不自由なく出来る年齢だ。
そんなすずの姿に、俺から離れていってしまう日も近いのかもしれない、と最近の俺は焦りを感じていた。
大智と何か秘密を共有していると知った時も、俺も知らないすずの秘密をあのガキが知っているんだと思うとどうにかなってしまいそうで、すずを避けたりしたのは我ながら幼稚だったと思う。
すずの告白も、そんな俺の妄想なんじゃないかと思ったりもした。
だけど……すずのあの必死に想いを訴える声を、表情を、ただの俺の妄想と片付けたくはなかった。
妹とは恋愛はできない、なんて本当は言いたくはなかった。
誰よりも自分が苦しんできた問題なんだ、本当は出来るならこれからもすずの傍に居たい。
俺を好きだと言うどんな女もいらないから、すずだけが欲しかった。
すずだけを、愛したかった。
だけど、自分たちが“兄妹である”というだけで、縛りが出来た。
その縛りは、俺とすずを結ばせない為の物。
結んでしまうと、どちらも必ず不幸になる。
だから言えなかった……俺も好きだ、と。
結果的にすずを酷く傷付けてしまったが、これでいい。
もしかしたら、もう兄妹にも戻れないかもしれないが、俺はすずの幸せを……祈って……
頭の中で自分に言い聞かす言葉が、途切れる。
「……すず…………」
何度も呼んだ名前、何度も抱き締めた体、何度も撫でた頬、何度も見た笑顔……それらは、もう取り返しのつかないほど俺の脳裏にこびり付いている。
後戻りなんて、もう出来ないぞ。
そう誰かに言われているような気がした。
「ハル!!」
立ち止まり拳を強く握ると、突然前方から名前を呼ばれた。
声の方を見ると、大量の汗をかいたすずが息を切らし立っている。
「……やっぱり……ハルじゃ、なかったんだ……」
よかった……と途切れ途切れになりながら安心したように呟くその声が少し涙声なことから、すずが俺を探しながら何かを恐れていたのだと感じた。
するとすぐ近くでパトカーの音がして、俺は音の方に視線を向けた。状況は分からないが、事故でもあったのだろうか。
「ハルまでいなくなっちゃったら……私……!!」
怯えたような切羽詰まった声が聞こえ視線を戻し、ふとすずの足元を見ると、膝や腕の至る所に真新しい擦り傷があるのが見えた。
「転んだのか!?」と咄嗟にすずの方へ駆け寄ると、突然すずは勢いをつけ俺の胸に飛び込んで来た。
「……すず?」
声を掛けると、震えたすずが小さな声で「ハルのバカ……」と呟く。
「ハルっていっつも的外れだし、私のこと沢山見てる割には私が泣いて目を腫らしてても気付かなかったり、振ったくせにそうやって心配してきたり……本当に何考えてるか分かんないよ……」
俺の胸に顔を埋めながら、すずは洟(はな)を啜っている。
また、泣かせてしまうのか。
すずを泣かせたくなんてないのに、上手くいかないな。
俺がまた自己嫌悪に陥っていると、すずはそのままの状態で「ハル」ともう一度俺の名前を呼んだ。
「……ハルも、私のことが好きなの?」
「……!!」
突然の俺の心を見透かした発言に、硬直し何も言えないでいると、すずはそれを肯定と捉えたのか「……やっぱり分かりやすいね、ハルは」と顔を上げた。
俺を見上げるすずの目は涙で潤んでいて、その姿は嘘ばかり吐いていた俺の胸に強く刺さる。
「思えば、ハルはずっと私だけを見ていたもんね」
そう微笑むすずは、もう全てを確信しているようだ。
知られてしまったのか、俺の……この醜い想いを。
「……ハルの気持ちが聞きたいの……『俺達は兄妹だ』なんて世間体を気にした言葉じゃない、ハルの想いを……ハルの、心の声を」
すずの頬を静かに雫が伝い、それを無意識に指で拭ってやると、俺の中にいるもう一人の俺が叫んだ。
これ以上すずを悲しませるな、と。
「……ずっと……すずが俺を好きになるよりも……ずっと前から……」
「お前が好きだよ……すず……」
遂に口から溢れてしまった俺の本心を聞いたすずは、この世で一番幸せそうにーー笑った。
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