第55話 私の声
「……急にどうした?」
真剣に想いを口にしたつもりだったが、ハルには上手く伝わらなかったらしい。
普段通りの口調で聞かれ、結構頑張って言ったのにな、と思いながらハルを見ると、何だかハルの様子がおかしい。
「……ハル、手震えてる?」
口調は普段通りだったのに、ハンドルに掛けられたハルの手が震えているように見えた。
問い掛けると、ハルは突然手に力を込めハンドルを強く握り「そんなことない」と否定した。
やっぱりおかしい。ハルは意外と分かりやすいところがあるから、きっと私の言葉の意味に気付いている。
そう思いハルの顔を見ると、平常心を装っていたであろう顔が段々と崩れていく。
唇をかみ締め、目も泳いでいる。
「……変なこと言うなよ。驚くだろ」
それなのに、まるで言葉の意味が分からないかのように振る舞っている。
明らかに言葉の意味に気付いているのに、肝心なことには触れてこないハルを見て、気付いた。
私の告白をはぐらかそうとしている、と。
「……私、真剣だよ」
運転するハルに体を向け言うと、ハルは「危ないぞ」とそれでもまだ平常心を装おうした。
そんなハルに苛立って「ほんとなの!私、ハルと恋愛がしたいの!」と、困らせると分かっているのにハッキリと口にしてしまった。
私の真剣な声にハルは動揺しながらも運転を続け、人通りの少ない住宅街で車を停車させた。
エンジンを切ると、ハルは力無く体を背もたれに預け、そして小さな声で呟いた。
「……冗談だろ」
その声は、今までに聞いた事もないくらい低い声で、私は初めてハルに恐怖を感じた。
ハルも言い方が悪かったと気付いたのか、すぐに「……ごめん」と謝り、そして項垂れる。
長い沈黙が続き、聞こえるのは虫の声だけ。
黙り込み動かないハルに、困らせてしまってごめん、と謝ろうと口を開くと、
「……気の迷いだ」
というハルの声がした。
「……え?」
一瞬何を言ったのか分からなくて聞き返すと、ハルは項垂れたまま「気の迷いだ、すず」と答え、今度はハッキリと聞こえた。
なんでそんな酷い事を言うんだろう、とハルの言葉に絶望を感じながら「……気の迷いじゃないよ」と答えると、「いや、気の迷いだ」とすぐさまハルが返事を被せてきた。
否定したのに、ハルはそうだと信じて疑わない。
どうして?
どうしてハルは、私の気持ちを否定するの?
私の想いは、気の迷いで済むほど些細なものなの?
受け入れてくれなくていい、『兄妹なのにありえない』と笑ってくれていい、きっとそれなら諦められるから。
だけど……私の想いを否定することだけは、して欲しくなかった。
「……うぅ……」
我慢出来ず、声と共に涙を溢れさせると、ハルが漸く私を見た。
「すず……」
ハルは、泣いている私にいつものように手を伸ばし、頬を優しく撫でる。
「……だっておかしいだろ?俺達は、兄妹なんだから……」
私から目を逸らしながら、ハルは自信なさげに言う。
散々自分に言い聞かせてきた言葉をハルが言い放ったことで、「ハルのバカ!!」と私は感情を溢れさせた。
「そんなの私が一番よく分かってる!!だから、振られても仕方ないって思ってるよ!!」
ハルから聞きたいのはそんな言葉じゃない、と強く言葉を発すると、ハルは私の頬から手を離してまた俯いた。
「……ハルが困るって分かってる、ハルに好きな人がいることも知ってる、それでもこうして伝えたかったのは……」
ハルのことを、どうしても諦められない自分がいるから。
そう言葉を続けようとしたら、
「……でも、俺はすずの兄貴なんだよ……」
とハルはまた曖昧な言葉を発した。
私は、兄妹だから、兄だから、とそれしか言わないハルに腹が立ち、
「っ……私は、ハルのことお兄ちゃんなんて思ったことない!!」
と声を荒らげた。
その声に、ハルは顔を上げ衝撃を受けたような顔をしている。
我ながら酷い事を言っていると自分でも分かるのに、涙と共に溢れる言葉はもう止められない。
「ハル、全然聞いてくれない……!!昔はあんなに気持ちを分かってくれたのに!!私の気持ちを『気の迷いだ』なんて勝手に決めつけないで!!」
「……私の声、ちゃんと聞いてよ!!」
強く、そしてまっすぐに放った言葉は、ハルの胸に届いただろうか。
息を荒らげながらハルを見ると、悲しいのか怒っているのか顔をくしゃくしゃにしたハルがいた。
そして、そのハルが小さく呟いた言葉は、
「……妹とは……恋愛は、しない……」
だった。
散々曖昧な言葉で私の気持ちを否定してきたくせに……とまた怒りが込み上げ、私は勢い良く車を降りると前へ走った。
とにかくハルから逃げたかった。
「すず!!」
後ろの方でハルの声が聞こえたけど、私は走って走って走り続けた。
ハルは、追い掛けては来なかった。
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