第53話 線香花火

 ハルに告白すると宣言することで、大ちゃんの告白に対して間接的に“ごめんなさい”と言ったつもりでいると、大ちゃんもやはり意味に気付いたようで「……そうだと思った」と諦めを含んだ声で呟いた。


「すずめ、実は諦め悪いもんな」と笑う大ちゃんに、謝るのは何だか違う気がして「……うん」と肯定の言葉を返すと、大ちゃんは「あーあ!振られたわ!」と思い切り声を出し私の座る浮き輪を大きく揺らした。


「わぁっ!?」と突然の衝撃に驚き、なんとかバランスを保って大ちゃんを見ると、大ちゃんはいつものように楽しげに笑って「驚いたか?」と言った。


 優しい大ちゃんのことだ、きっと空気を重くしないよう気遣ってくれたんだろう。


「……ありがとね、大ちゃん」


 今更ながらお礼を言えば、大ちゃんはどうでも良さそうに「何のこと〜」としらばっくれた。


「そういえば、相沢どこ行った?」

 思い出したように問い掛ける大ちゃんの声に、私も漸く存在を思い出した。


 さっきまで一緒に泳いでいたのに、と思いながら二人してキョロキョロと朱里を探していると、私達の正面の海水からプクプクと空気が漏れ出ていることに気付いた。


 私がその泡を眺めていると、突然そこから何かが「バァ!!」と声を上げて飛び出してきた。


「うわぁ!!」と私は盛大に浮き輪から落ち、大ちゃんも「なんだぁ!?」と驚く声を上げた。


「あははっ!!大成功〜!!」


 私達を驚かせた犯人は、朱里だった。


 水面から顔を出し「もー!朱里!」と私が怒っているのに、朱里は楽しそうに笑っている。


「おっ、お前、ずっと沈んでたのか?」


 朱里の行動に若干引きながら聞く大ちゃんに、もしかしてさっきの話を聞かれていたのかと思い朱里を見ると、

「まぁね!それで、さっきから何話してたの?」

といつも通りの態度で朱里が接してくるから、何も聞いていないのかと大ちゃんと共に安心の息を吐いた。


 浮き輪にしがみついて浜辺にいるハルを見ると、私が水面に落ちたのを心配したのか立ち上がっていた。

 ハルは水面から顔を出す私を見つけると、安心したようにまた座り込んでいた。



 日が暮れると、昼間賑わっていた海水浴場も家族連れなど次々と帰って行き、海を眺める恋人達や花火を楽しむ学生達だけが残っていた。


 私達も海から上がり水着から服に着替えると、持参した花火に火をつけ楽しみ出した。


 今日一日海にも入らずに私達を見守っていたハルは、花火をしているのもただ見守るだけで火をつける気は無さそうだ。


「ハルもしようよ」と私が誘うも、

「俺が火を持ったら真っ先に大智につけに行くから、辞めた方がいいだろ」

とハルにしては珍しく冗談を言っていて、その冗談を聞いた大ちゃんは不快そうな顔でハルを睨んでいる。


 朱里と大ちゃんがススキ花火で大はしゃぎしているなか、私は浜辺で気だるく座り込むハルの隣で線香花火に火をつけた。


 まだ始めたばかりなのに線香花火に火をつけた私に、「それって終盤にする物じゃないか?」とハルが隣で言っているが、「いいの」とだけ返事をして小さくパチパチ光る花火を眺める。


 ただ静かに淡く儚い命を眺める私を、隣でハルも眺めているのを感じた。


「……ハルって、昔よく海に連れて来てくれたよね」

 突然切り出してみると、ハルはフッと笑いながら「すずが強請るからな」と言った。


 確かに、朧げな記憶の中で、毎年夏休みになると私がハルに「海に連れて行け」とお願いしていたような気がする。


「初めて二人で海に行った時、すずが一人で更衣室に入って、迷子と間違われて係員の人と外に出てきた時はちょっと面白かったな」

「なにそれ!絶対嘘だよ!」

「ほんと」


 絶対に嘘、と思いつつも、ハルの懐かしむ声を聞くと真っ向から否定も出来なかった。


 優しく笑うハルの顔。

 私のことを心底愛しているように語る声。

 時々寂しそうに細める目。


 ハルの想い人も、こんなハルを見たことがあるのだろうか。


 少なくとも、私が知るハルの周りの人達は、ハルにこんな風に微笑まれてはいなかったと思う。

 だから私は、ハルがこの世で一番愛しているのは私なんだ、とずっと思っていたんだ。


 ハルが私以外を愛する筈がない。

 だってこんなに、私しか見ていないのだから。


 そんな風に傲慢に思っていたら、ハルに想い人がいることが発覚して。

 そんなことがある訳が無い、と心の中で何度も否定した。


 ハルの瞳にはいつだって私だけを映しているように見えるのにどうして、と思った時、自分がそう思いたいだけなのだと気付いた。


 線香花火から目を逸らし、ハルを見ると、やっぱりハルは私を見ていた。


 薄暗い海水浴場でハルの瞳に映る私を想像し、ハルの想い人が私だったらいいのに、なんて私は馬鹿な妄想をした。


 再び線香花火に視線を戻すと、赤く勢い良く光っていた花火が段々と勢いを弱め小さく震えだし、最後は雫のように儚く落ちていった。


 誰もが見た事のある在り来りなその様は、何故か私の胸に強く残った。

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