第52話 前へ
少し休むと気分も落ち着き、ハルと共に先に遊んでいた朱里達のところへ行くと、朱里と大ちゃんは海にも入らずいつものように何やら言い争っていた。
「中島がハルさんとずーっと険悪だから、すずめが疲れちゃったんじゃないの!?」
「はぁ!?お前だってすごい勢いで『彼女いないんですか!』『すずめといつも何して過ごしてるんですか!』『仕事は何してるんですか!』ってハルさんにデカい声で聞きまくってただろーが!!めちゃくちゃ煩かったからな!!」
大きな声で言い争う二人を周りの人達も子供の喧嘩だと思って無視しているが、それでも私はちょっと恥ずかしい。
聞こえた内容からまた私の事で喧嘩してる、と呆れていると、荷物を持って隣に立つハルが「何だアイツら……」とまるで変な子供を見るような目をして呟いていた。
私は元気になった体で走り「海にまで来て何してるの!早く入ろ!」と二人の手を取ると、
「すずめ!もう大丈夫なの?」
と朱里が心配の言葉をくれた。
平気!と笑うと、先程まで言い争っていた二人もすぐに笑顔になった。
「すずめ、水着は?」
未だに着替えていない私に、朱里が問い掛ける。
皆と同じように服の下に着て来ているが、気分の悪さですっかり忘れていた。
「すぐ着替えるよ」とその場で着ていた服を脱ごうとすると、それを少し離れた場所から見ていたハルがすごい形相をして私の元へ走ってきた。
「すず!そんなところで服を脱ぐな!」
水着の上に着ていたパーカーを胸まで上げたところでハルに制止され「え、なんで?水着は下に着てるよ?」と私が疑問の声を上げると、
「それでも!ちゃんと更衣室に行け!」
とハルは付近の女性用更衣室を指差した。
「着て来てるのに……?」と朱里も不思議そうに呟いている。
変なハル、と思いながらも、何だか必死なハルの表情に文句の言葉も出て来ず、仕方なしに一人更衣室へと歩いて行った。
後ろの方で、
「大智……お前、変なこと想像するなよ」
とどす黒いハルの声がして、それに対し
「……アンタもだろ」
と言い返す大ちゃんの声が聞こえた。
「あはっ!そういうことか!」
朱里は何かを理解したように大きな声で笑い声を上げていて、一人更衣室に向かいながら何だか私だけ仲間外れにされたような気分だった。
更衣室で着ていた服を脱ぎ、この日の為に朱里と買いに行った水着で外へ出ると、またもハルは鬼の形相で私の元へ駆け寄った。
そんなハルを朱里が面白そうに笑っているのが見える。
今度はなんなの?と少し面倒臭さを顔に出していると、ハルは折角服を脱いだ私に自分の着ていた前開きのパーカーを羽織らせた。
「もー!折角脱いだのに!」と少し怒ると、ハルは嫌がる私を前に丁寧にパーカーの前を閉めて「……目の毒だろ」と小さく呟いた。
……何それ、私の水着姿で害を被る人がいるってこと?と私が青筋を立てると、そんな私に気付いた朱里が「ダメですよハルさん!」とこちらへ来てハルの肩に手を置いた。
「ちゃんと『可愛いすずめが心配なんだ!』って言わないと、伝わりませんよ」
そう朱里が助け舟を出したことで、なんとなくハルが私を心配していただけだと理解した。“目の毒”なんて言われたから勘違いしたじゃん。
誤解が解けたとはいえ、ハルの過保護さに私が少しムスッとしていると、
「この日の為にわざわざ水着まで買ったんですから、褒めてあげてくださいよ〜」
と朱里はニコニコとしてハルに言った。
朱里の言葉にハルは反省したのか「……ごめん」と素直に謝り、
「まさかそんな露出した物を着るとは思わなかったから……」
とぼそりと口にした。
私が着ている水着は、肩も胸元も隠れた一応ビキニと呼ばれる物。
下もフリルのスカートタイプでお尻は隠れていて、唯一露出している箇所といえばお臍(へそ)と脚くらい。
夏らしい青のギンガムチェック柄は、朱里が私に似合うと推してくれた物だ。
「……可愛い……と思うけど、出来ればこれを着ていてくれ……」
と何だかしおらしいハルは朱里に言われた通りに少しだけ褒めて、結局パーカーの前を閉め切ってしまった。
ハルが焦るほど露出の多い水着とは思えないけど、こんな水着でもハルは心配になっちゃうんだ。
変なの、と私は頭の中で呟いた。
そんな私達の様子を離れた所から見ていた大ちゃんが何だか思い悩むように小さく呟いていたが、何を呟いたのかまでは聞こえなかった。
ハルが着せたパーカーは早々に脱ぎ捨て、私達は海に入り楽しく遊んでいた。
ハルはビーチパラソルを立てた下で、荷物番をしながら一人涼んでいる。
たまに目をやると、ハルも私を見ていて目が合った。
暇そうだなぁと思い手を振ってみると、やっぱりハルは優しく笑って手を振り返した。
何でだろう、ふとハルを見たらいつも目が合うな。
水に揺れる浮き輪に座り、そんな疑問を抱いていると「すずめ」と私を呼ぶ少し低い声がした。
ハルから視線を外し声の方を見ると、大ちゃんが私の座る浮き輪を支えてこっちを見ている。
「なに?」と聞くと、大ちゃんは少し寂しそうな顔をして、
「……楽しいか?」
と問い掛けた。
その声は、いつも元気な大ちゃんにしては少し小さくて。
ーーあぁ、私はやっぱり酷い女だ。
何も無かったかのように接してくれる大ちゃんに、甘えすぎていた。
こうして私が無意識にハルを見つめている間も、大ちゃんはきっと……
心優しい幼馴染の心の内を想像したら、やっと伝えるべきことが決まった。
私のこの気持ちは多分良くない。大ちゃんだってきっと本音ではそう思ってる。
だけど、私はもう落ちてしまったから。
「……大ちゃん」
声を掛けると、大ちゃんは真剣な顔をして私の目を覗いた。
「……私、ハルに告白する」
こんな場所で言うことではないと思いつつも浮かんだ決意を言葉にすると、大ちゃんは優しい声で
「……あぁ」
と返事をした。
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