第51話 私だけに見せる顔
「夏休みさ、海行こうよ!」
一学期最後の日、終業式を終えて朱里と二人教室で談笑していると、明日からの夏休みに浮かれている朱里は唐突に提案した。
「思いっきり泳いで、海の家で焼きそば食べたり、ビーチバレーしたり……それで、夜は花火とか!」
楽しそうに次々とやりたい事を話す朱里の声に反応し、
「なになに?海行くん?」
とさっきまで男子達の輪の中で話していた大ちゃんが会話に入ってきた。
「うん、すずめと行きたいと思ってるんだよね」と朱里が返すと、大ちゃんも「いいね、俺も行こっかな!」と何だか乗り気だ。
「三人で行こうぜ」
そう私に笑い掛ける大ちゃんは、まるで私に告白した事なんて忘れているみたいだった。
告白から随分経ってしまったというのに、大ちゃんはあの日以降もいつも通り私に接してくれていて、私が思い詰めないよう気遣ってくれているということがよく分かった。
大ちゃんは優しい。少しお節介だけど、いつも私を守ってくれようとする素敵な男の子だと思う。
そんな大ちゃんと付き合ったら、きっと幸せになれるだろうな。
そう頭の中では思うのに、何故だかそれを伝えることに躊躇してしまう自分がいて、私は未だに告白の返事が出来ないでいた。
「すずめの水着姿が見たいんですか〜?」
大ちゃんから告白された件を話していないはずの朱里が、まるで大ちゃんの想いを知っているかのように堂々と言った言葉は、私に疑問を抱かせた。
だけど、朱里に相談でもしていたのかとすぐに疑問は晴れた。
朱里の少し馬鹿にしたような言葉に「なっ……ちがうわ!!」と頬を染めて否定する大ちゃんを見たら、やっぱり私は告白されたのか、と改めて実感した。
「海、行こっか」と二人を見て言えば、二人共パッと笑顔になり、すぐに計画を立て始めた。
近場の海ならどうやって行こうか、電車なら何時間だろうか、水着は服の下に着て行こうか、持ち物は何がいるか、そんな話を進めていると、朱里が何か思いついたように声を上げた。
「でもさ、子供だけで行くより一人くらい大人がいた方が楽じゃない?車出してもらったり、遊んでる間荷物見ててもらったりさ」
突然そう言ったかと思うと、朱里は勢いよく私を見た。
朱里の何かを企んでいるような顔に私が違和感を感じていると、大ちゃんも「確かにな。親とかに頼む?」と意見に賛同した。
大ちゃんが賛同したことで、朱里は企みの成功を確信したのか「いるじゃん、都合の良さそうな人が一人だけ」と黒い笑みを浮かべて言った。
「すずめのいる所なら何処にでも着いてきて、何でもしてくれるであろう妹溺愛イケメンが……」
何だかすごく分かり辛く言っているけど、これはきっと誰でも分かる。
なんだハルのことか、と理解して、確かにハルなら車を運転して連れて行ってくれそうだな、なんて思い大ちゃんを見てみると、心底嫌そうな顔で朱里に無言の訴えをしていた。
そういえば、仲悪いんだったね。
*
夏休みに入り、計画していた海水浴の日が来ると朱里と大ちゃんは私の家の前に集まった。
朝からの集合で、朱里は少し眠そうだ。私も眠い。
「なんでお前がいるんだよ」
車にもたれかかったハルが大ちゃんに向かって言うと、負けじと大ちゃんも「俺だってハルさんに頼りたくなかったですよ」と大人のような笑顔で返した。
ハルの前でだけ見せる、大人ぶった嫌味を言う大ちゃんを初めて見た朱里は、「ここは仲が悪い気がしたんだよな〜!!」と何故か一人盛り上がっている。
暫く睨み合っていた二人だったが、結局本物の大人であるハルが小さくため息を吐いて「……ほら、乗りな」と折れたことで、私達は車に乗り込み無事に海水浴場へと出発した。
車内では、ハルと大ちゃんの嫌味合戦や、ハルに対する朱里の怒涛の質問攻撃やらが行われ、私は海に入る前から何だかお腹いっぱいになっていた。
小一時間程の運転で海に辿り着き、朱里と大ちゃんが興奮気味に「海だー!!泳ぐぞー!!」と服の下に着ていた水着を晒し騒いでいる中、私はというと折角の海なのに車に酔ったのか、そんなテンションにはなれなかった。
海なのに落ち着いている私を心配したハルが、
「すず、少し寝るか?」
と私の肩に手を添えた。
平気、と笑ってみたものの、やっぱりちょっと気持ちが悪くて、少しの間車で休ませてもらうことにした。
「二人は先に遊んでろ。後で行く」とハルは朱里と大ちゃんを海へと追い払うと、私を助手席に乗せて自分は再び運転席に座った。
助手席の背もたれを限界まで倒し、目を瞑り横になっていると、私の頬に温かい何かが当たる感触がした。
その何かは私の頬を優しく撫でる。
ゆっくりと目を開くと、朱里や大ちゃんには決して見せたことのない、優しい目をして笑うハルがいて……その目を見たら、急にはなちゃんの言葉を思い出した。
『すずめちゃんも、もっともっと我儘でいいんだよ』
優しいはなちゃんの声が、聞こえる気がする。
今だって充分我儘なのに、もっと言ってもいいのかな。
ハルは、嫌がらないのかな。
我儘な私を、面倒臭がらずに愛してくれるのかな。
どんな我儘も言っていいのなら、もし……もし私がハルを好きだと言ったら、ハルはなんて言うのかな。
ハル。
ハル……
やっぱり私……ハルが好きだ。
私の頬を撫でる手の温もりが気持ち良くて、再び目を閉じると、胸の中のモヤが晴れたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます