第50話 元恋人達の蟠り

 はなちゃんに現在の恋人の話を聞きながら歩いていると、私達はいつの間にか家の前に辿り着いていた。


「着いちゃった……」とまだまだ話し足りない私が残念そうな声を出すと、はなちゃんは「またお話しできるよ」と笑った。


 本当かなぁ、と疑いながらはなちゃんを見つめると、その遥か後ろに人影が見えた。

 歩く方向からして、こちらへ向かっているように見える。


 誰なのか確認しようと目を細めるとその人影は次第に私達の元へと近付いてきて、漸く暗がりから出て来たと思うと、それはハルだった。


「……華……?」


 驚くハルの声に反応し振り返ったはなちゃんは、

「……久しぶりだね、ハルくん」

とさっきまで明るく話していたのに、少し眉を下げて笑った。


「……なんですずと?」

 ハルの質問に、久しぶりに再会した元恋人に一番最初に言う言葉がそれ?と思っているような微妙な顔をしているはなちゃん。

 多分ハルはその顔に気付いていない。


 はなちゃんが小さく笑って「ちょっとそこで会ったの」と返事をすると、ハルは何を思ったのか眉間に皺を寄せて「そうか……」と呟いた。


「ハル、今日は来ないんじゃなかったの?」


 私が気になって聞くと、

「母さんからすずがまだ帰ってないって聞いて、探しに行ってた」

と返され、ハルは本当に心配性だなぁなんて呑気に考えていた。


 三人暫く黙っていると、「ハルくん、少し二人で話さない?」とはなちゃんが口火を切った。


 ハルも何か話があるのか「あぁ」と返事をして私を見ると、

「すず、母さんが飯用意してるから」

早く家に入れ、と捉えられる言葉を言って、二人は家から離れて行った。


 家に入ると、お母さんが「遅かったね」と笑って食事をテーブルに広げていて、席に着いているお父さんも「ハルが心配してたぞ〜」と馬鹿にしたように笑っていた。


 暖かい光景なのに、私はというとあの二人が何を話しているのか、そればかりを気にしていた。



 暫くするとハルが帰って来て、スッキリしたような顔でリビングのソファに座った。


「はなちゃんは?」

 と聞き隣に座ると、ハルは再会してすぐの悩ましげな顔なんて忘れたみたいに笑い、「彼氏が迎えに来て帰ったよ」と言った。


「結婚するんだってな」と私を見るハルは、まるで憑き物が落ちたみたいに晴れやかな顔だ。


 そんなハルを見ていると、もうハルのことを好きでいるのは辞めようと決めたばかりなのに、やっぱり考えてしまう。


 ハルの好きな人が、一体誰なのか。


 高校時代、ハルと一番仲が良かったはなちゃんが恋人同士だったのは今更ながら納得がいく。

 だって、ハルがはなちゃん以外の女の人と一緒にいるところなんて見たことがなかったから。


 好きと嫌いが分かりやすいハルのことだから、あの当時は恋人であるはなちゃん以外にはきっと冷たく接していただろう。


 はなちゃん以外でハルが想いを寄せる程の女の人なんて、いただろうか。


 ぐるぐると考えるも、幼い頃の記憶では推理もなかなか上手くいかない。

 今朝は、朱里と大ちゃんの喧嘩内容を華麗な推理ですぐに見抜いたのに……と朝の出来事を思い返して、私は漸く大事なことを思い出した。


 私、大ちゃんに告白されたんだった。


 思い出してしまうと、頭の中はそのことで一杯にになって「うう〜……」と私が唸り声を上げていると、様子の可笑しくなった私に「すず?大丈夫か?」とハルが心配の言葉を掛けた。


 だけどハルには言えない。言えば、きっとハルはまた私から距離を置く。

 なんとなくだけど、そう思った。


「……もうすぐ試験だってことを思い出して……あはは」

 明らかに嘘を吐いている私に、ハルは疑いもせず「じゃあ、また教えるよ」と言い放ち、優しく私の頭を撫でた。


 ハルがそんなんだから、私の決心も揺らぐんじゃん。

 優しいハルにムスッとした顔をしたら、ハルは動揺して頭を撫でる手を止めていた。



 そしてその後、嘘で言ったはずだった期末試験が本当に訪れ、大ちゃんに碌な返事も出来ないまま一学期最後の日がやって来た。

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