第46話 割り切った想い

 ハルへの想いを消し去ると決めた週明け、登校すると朱里と大ちゃんが教室で何やら言い争っていた。


「何があったかはすずめから直接聞けって言ってんの!!」

「だから!!聞けねーから相沢に聞いてんだろ!?」


 既に本人がその場にいるのに、気付かない様子の二人は言い争いを続けている。

 周りにいるクラスメイトたちは、助けを求める顔をして私を見つめていた。


 ため息を吐きながら二人に近付き「おはよ」と声を掛けると、二人は私を見て気まずそうに挨拶を返した。


「朝からなんで喧嘩してるの?」

 二人の言い合っていた声から察するに、私が亡くなったお母さんのことで沈んでいた件に関してだろうと推測する。


 今回事情を話していなかったお節介な大ちゃんが、こっそり私の様子を探ろうとして朱里に聞くも教えてくれなかった、というところだろうか。


 私が名探偵のような推理をして大ちゃんを見ると、

「……あれ?なんか回復してる?」

と大ちゃんは私の表情で何か察したみたいだ。


 確かに、大ちゃんは私のことをずっと気にかけてくれていて、私がハルのことで辛かった時も話を聞いてくれた人だから、本当のお母さんのことも話しておくべきかもしれない。


 最近知った本当のお母さんのこととか、ハルへの気持ちを断ち切ったこととか、大ちゃんには知っていてもらいたい。


「後で話すよ」と私が言うと、困惑気味だった大ちゃんは「……おう!」と笑って返事をした。



 放課後、朱里には一人で帰ってもらい、大ちゃんと二人で話すことにした。


 以前ハルの想いを聞いてもらった屋上で、二人並んで地べたに座りお母さんのことを話すと、大ちゃんは何だか複雑そうな、難しそうな顔をして静かに聞いていた。


「……お母さんは、すっごく明るくて前向きだったんだって。それで、私のことも恨んでない、怒ってないって思えたの」


 だからもう平気だよ、罪悪感で押し潰されそうな気持ちはなくなったよ、そう大ちゃんに伝えると

「元々、すずめが罪悪感を感じるようなことじゃないだろ。お母さんだってそう思ってるよ」

と空を見上げて言ってくれた。


 そうだね、きっとそう。

 だけど、この間までの私は、自分が一番最低な人間だと思ってたんだよ。

 私だけはお母さんを忘れちゃいけなかったって。

 お母さんの愛情を、覚えていたかったって。


 私が私を最低だと思う気持ちはやっぱり今もまだ消えていなくて、それはきっと、これから先もずっと消えることはないんだ。


 私は大ちゃんと同じように空を見上げ、頭の中でそう呟いた。


「あと、ハルを好きなのも、もう辞めようと思うの」

「ふーん…………は!?」


 先程まで亡くなったお母さんのことを話していたのに突然ハルの話題を出したからか、大ちゃんは大きな声で「なっ、なに!?なんで!?」と驚きの声を上げ、勢いよく私を見た。


「まぁ、兄妹だし。ハルは兄として私を愛してくれてるんだから、こんな気持ちは良くないでしょ」


 もういいの、と私が小さく息を吐くと、大ちゃんは途端に真剣な顔をして「……そっか」と言った。


「…………」

「…………じゃあさ……」


 暫くの沈黙の後、先に口を開いたのは大ちゃんだった。


「もしハルさんが告白してきたら……どうすんの?」

「……え?」


 意味の分からない質問に疑問符を浮かべながら大ちゃんを見るが、大ちゃんは至って真剣な眼差しで私を見ている。


「いや、それは万が一にもないでしょ」と笑って言えば、質問に答えなかったことが気に入らなかったのか、不服そうな顔をしている大ちゃんが視界に映った。


 なんでそんな顔するの。

 妹である私がハルを好きになったことは例外として、兄のハルが私に告白してくるなんて、普通に考えたら有り得ないでしょ。


 不服そうな顔を浮かべる大ちゃんにそう思いながら、私もムッとした顔になってしまう。


 そんな私に気付いたのか、大ちゃんは表情を崩して「……すずめは、他の奴と恋愛する気になったってこと?」と質問を改めた。


 ハル以上の男の人でも現れない限り、すっかり我儘になりきってしまった私が恋に落ちることは無いだろうな、と思いつつも「うん」と答えると、

「じゃあ……」

と大ちゃんは新しい質問を私に投げ掛けた。


「…………俺は?」

「……え?何が?」


 またしても質問の意味が分からなくて、頭の上に疑問符を浮かべて大ちゃんの顔を見ると、口をモゴモゴとさせながら何か言おうとしている。


 大人しく返事を待っていると、大ちゃんの頬が赤く染まっていることに気付いて、

「大ちゃん、熱でもあるの?」

と私は隣に座る大ちゃんの額に手を当てようとした。


 その瞬間、大ちゃんは額に当てようとした私の手を勢いよく掴み、


「おっ……俺と、恋愛しないか!?」


と頬だけでなく顔全体を赤く染めて、言い放った。

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