第42話 思い出のアパート
「私がここに連れて来られた理由を、知りたいんです」
私のはっきりと意志を持った言葉に、園長先生は驚いた様子で私をじっと見た。
静かに私の目を覗き、少しすると微笑んで「私もあまり詳しくは知らないのだけど……」と話し出した。
「亡くなられた神崎さんの親族の方は、みんな神崎さんとは仲があまり宜しくなかったみたいで……それであなたがここに連れて来られた、というのは聞いたわ」
ご家族の間で何があったかは知らないの、と言われ、一体なぜ母は独りになったのかと疑問に思う。
私の親権を放棄するくらい、母は嫌われてしまうようなことをしたのだろうか。
「お父さんは?」
園長先生の教えてくれた内容に静かに疑問を持っていると、朱里が代わりに聞いた。
「残念だけど、既に亡くなられていると聞いたわ」と園長先生は言い辛そうに答え、それを聞いた朱里も申し訳なさそうに私を見た。
いいんだよ、朱里。そうなんじゃないかって思っていたから。
大丈夫だと微笑むと、朱里は困ったように笑った。
施設を後にして、私達は戸籍が書かれた紙にあった住所の場所を訪ねてみることにした。
携帯で行き方を調べ、電車を乗り継ぎ知らない街の駅を降りると、何故か懐かしい気持ちになった。
初めて来た場所なのに、私はここを知っている。
結構田舎なんだね、と会話をしながら朱里と住所の場所まで向かい、辿り着くとそこには小さくボロボロのアパートがあった。
今は誰も住んでいないのか、手入れもされているようには見えないオンボロのアパート。
あまりに寂れたアパートに、朱里が小さく「うわ……」と呟いているのに、私は何故か、
「ここ……私、好きだった……この世で一番好きだった気がする」
と声を出していた。
朱里が私の声を聞き、「何か思い出したの!?」と慌てた様子で聞いてくるが、別に大したことは思い出していない。
ただ一つ思い出したのは……ここが、酷く懐かしく、愛しい場所であるということだけ。
ボロボロのアパートなのに、こんなに寂れているのに、今はもういないお母さんの笑い声が聞こえてくる気がした。
暫くアパートを眺めていると、朱里が突然私の手を取った。
温かく柔らかな手で私の手を強く握ると、朱里は「近所の人に聞いてみよ」と私の手を引いて力強く歩き出す。
振り向いてアパートを見ると、何か思い出せそうな気がした。
朱里が中心になって、近所の人に手当り次第声を掛け“神崎陽子”を知っている人を探したが、やはりそう簡単に母を知る人が見つかるはずもなく、見つかったのはただの噂話だけだった。
昔この辺で車の事故で人が亡くなった、という曖昧な噂。
10年以上も前の事故だからか、その噂もかなり薄れてきているようだった。
母の手掛かりを一つも得られないまま時間は過ぎ、気付けば夕陽が登っている。
「朱里、もう帰ろう」
執念深く歩き続ける朱里にとうとう切り出すと、朱里は私を見ないで「まだ」と返事をした。
もういいよ、もう無理だよ。
そう頭の中で思いながらも、朱里の足を無理やり止められるほど、私も諦めは良くなかった。
そうして日が暮れ、疲れ果てた私達はたまたま辿り着いた公園のベンチに腰掛けた。
「……ごめん、何も役に立てなくて」
俯き、小さく謝る朱里に「そんなことないよ、嬉しかった」と繋いだままの手を握り返すと、朱里はこちらを見て眉を下げ、笑った。
そんな朱里の顔を見ると、結局何も得られなかったけどこんなに頑張っても無理だったんだから仕方がない、と少し諦めがついた。
帰ってからハルに何を話せばいいんだろう、と思っていると、ずっと服のポケットに入れたままだった携帯がブブッと音を鳴らし、見ると
『今どこ?迎えに行く』
とハルからメッセージが来ていた。
朱里が横からその画面を見てクスッと笑い、私も釣られて笑ってしまった。
「すずめはあたしが家まで送っていくから平気、って返事してあげる」と朱里が私の携帯を取り、勝手に文字を打っているのを笑いながら見ていると、ふと砂場に目がいった。
昔の私は穴を掘って埋めるのが好きだったなぁ、ハルはそんな私を不思議そうに見ていたなぁ、と何故かそんなことを思い出していると、
「すずめちゃん!?」
と突然、私達以外誰もいなかった公園内に女の人の声が響いた。
私と朱里は驚いて声の方を見ると、公園の入口に見た事のない女の人が立っている。
女の人は走ったのか、激しく息を切らしながら「ど……どっちが、すずめちゃん……?」と私達の顔を見比べた。
手には眼鏡を持っていて、日も落ちた薄暗い公園内では私達の顔もよく見えないようだ。
何かと思いつつも、自分がすずめだと私が声を上げようとすると、女の人は急いで眼鏡を掛けた。
そして私を見ると、大きく目を見開いて「あなたね……陽子にそっくり……!」と嬉しそうに声を上げた。
今、“陽子”って言った……?
私と朱里はすぐに顔を見合せ、もう一度女の人の方を向き、
「……もしかして、私のお母さんのことを知っている人ですか?」
と私が聞くと、女の人は服の袖で汗を拭きながら言った。
「私、陽子の友達なの。すずめちゃんのことをずっと探してた」
眼鏡を掛けた女の人はゆっくりと私へ近付くと、優しく私を抱き締めて
「元気そうでよかった……」
と震えた声で囁いた。
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