第40話 青

「友達なんだから、もっとあたしを頼れよ!」


 真剣な眼差しで訴える朱里の言葉は、まだ出会って二ヶ月程とは到底思えない発言だった。

 まるで何年もそばに居たような、親友のような、そんな言葉。


「……あたしさ、すずめのことすっごい好きなんだよ」と、私が呆然としていると朱里は声を落として語り出した。


「まだ仲良くなってそんなに時間経ってないけどさ、あたし性格が結構キツめだから昔から女子に避けられることが多くて、それがちょっと辛かったんだ。でも、あたしが初めて話し掛けた時のすずめの笑顔がすっごくあどけなくて、それがめちゃくちゃ嬉しかったの」


 仲良くなれた時は天にも登る気分だった、と朱里はしみじみと、且つ大袈裟に言った。

 朱里がそんな風に思ってくれていたなんて、全然気が付かなかった。


 私はいつも自分のことばかりで、悩みもなかなか人に言わない。

 朱里はそんな私にずっとやきもきしていたのだろうか。


「……だからこそ、すずめが家族のことを打ち明けてくれなかったのも、正直ちょっとショックだった」


 悲しげな顔をして言った朱里に、なぜ私が朱里に家族のことを話していなかったと知っているんだろう、と疑問に思っていると、すぐに「ごめん、中島から聞いた」と朱里が謝った。


「兄ちゃんが優しくていいなぁって言ったこととか、すずめが辛かったとき気付いてあげられてなかったんだろうなぁとか、あたしもすごい後悔したし悩んだよ」


 朱里の言葉には私を想う気持ちがあると、よく分かる。こんなに優しい朱里も悩ませてしまったのか、私は。


 私がまた胸を痛ませていると、それを察したのか朱里は「バカ!そんな顔すんな!」とまた怒った。


「……すずめ、話したくないことは話さなくていいけど、悲しくて辛くて仕方ない時は、誰かに助けてもらうのが結局一番早く解決したりするんだよ」


 朱里はそう言うと、寂しそうに笑った。


 確かに私は、朱里の言うように人を頼らな過ぎるのかもしれない。これ以上心配を掛けたくなくて、愚かな自分を知られたくなくて、いつも悩みは一人で抱え込んでいた。


 最低な私を知ったからって態度を変えるような人が、私の周りに居るはずがないのに。


 強がり続けて顔色ばかりどんどん悪くなって、結果的に私は色んな人に心配を掛けてしまった。朱里にも、大ちゃんにも、家族にも……ハルにも。

 皆が私を心配している、それなのに私は……


「……ごめんね、朱里」


 謝ると、朱里は大きなため息を吐いて「謝らせたいんじゃない。これからはあたしのことも頼って欲しいってだけ」とまたムッとした顔で言った。


 すぐ怒るんだから、と思いながらも優しい朱里に「……うん」と笑い掛けてみると、途端に朱里はいつもの弾けるような笑顔を見せた。


 優しい人が周りにたくさんいる私は、きっと幸せ者なんだね、お母さん。



 道の真ん中で、大声で私に気持ちを訴えた朱里は言いたい事を言うと漸く周りの視線に気付いたようだった。

 実は、少し前から見物人が数人いた。


「仲直りできてよかったねぇ」と声を掛けてくる見知らぬおばあちゃんに、朱里は恥ずかしそうに謝っていた。


 見物人から逃げるように再び二人で家に向かって歩き出すと、朱里は「あのさ」と切り出した。


「すずめ、お母さんのこと知りたくない?」

「……え?」


 朱里の突然の問い掛けに目を丸くしていると、「考えたんだけどさ」と朱里は話を続けた。


「すずめ、お母さんのことを覚えてないから悪い方にばかり考えて悩んじゃうんでしょ?」


 朱里に言われて、確かに最近の私は、お母さんを悲しませてしまったとばかり考えて落ち込んでいた、と思い至る。

 酷い娘である私をきっと天国で恨んでいるだろう、と。


「お母さんがどんな人だったのか、亡くなる前まですずめと二人でどんな風に暮らしてたのか、何で身寄りがないのか、すずめのことをどう思っていたのか……そういうのを知れたら、すずめの心も少しは軽くなるんじゃないかな」


 朱里の説得力のある言葉に、小さく鼓動が脈を打つ。期待感、だろうか。


「……でも、どうやって知るの?」


 何か策があるのかと期待しつつ聞けば、朱里が堂々と「執念で知り合いを探す!」と言うので途端に鼓動は落ち着いた。

 執念で探せるものだろうか。


 あまりにも無謀じゃないか、と自信なさげに返すと、朱里は勢いよく私の顔を見て

「本当にお母さんのことを知りたいなら、どんなに無謀でも挑戦するでしょ!!」

とまた怒った。


 今日の朱里は怒ってばっかり、と思いながらも朱里の言葉に納得する。


 お母さんを知れば、今の家族にこれ以上心配を賭けなくて済むだろうか。

 友達となら、お母さんの手掛かりが見つかるだろうか。

 一歩踏み出せば、私は何か変わるだろうか。


 疑問は山程浮かぶのに、何故だか前を向くことが怖くなかった。


「私、本当のお母さんのこと……知りたい」


 決意して空を見上げると、鮮やかな青が広がっていた。

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