第34話 ぎこちない時間

「家遠いのに、送ってくれてありがと」

 家の前に着き、改めてお礼を言うと大ちゃんは照れくさそうに笑った後「男は女を送ってやらないとな」と偉そうに言った。


「じゃ」と大ちゃんが私に手を振り、元来た道を戻ろうと歩き出すと、

「すず……」

玄関の扉が開いた音と同時に、私の名前を呼ぶ声がした。


 振り向くと、昨日も来たはずのハルが扉を開けて立っていた。思わず大ちゃんも立ち止まってハルを見ている。


「…………」


 ハルは無言で大ちゃんを睨んでいる。

 さっきまでお喋りだった大ちゃんも、ハルを見て何も言わない。

 そうだ、この二人は仲が悪いんだった。


「……大智に、送ってもらったのか?」

 そう私に問いかけ、なぜか険しい顔をするハル。

 なんでハルがそこまで大ちゃんを嫌うのか、よく分からなくて疑問に思う。


 ハルの質問に肯定すると、それまで無言だった大ちゃんが「すずめが落ち込んでたもんで、さっきまで慰めてたんですよ」とハルの前で言って欲しくないことをまあまあな声量で言った。


「大ちゃん!!」

 私が声を張り上げると、大ちゃんは「言わねーって。二人だけの秘密だもんな?」とわざとハルを煽るようなことを言う。


 大ちゃんの煽りにハルも何か反応するかと思ったけど、ハルを見ると少し悲しそうな顔で私を見つめるだけだった。

 目が合うと、ハルはすぐに目を逸らした。


 ハルが何を考えているのか、私には分からない。


「俺帰るわ。また明日な、すずめ」

 そう言うと、大ちゃんは再び元来た道の方を向き今度こそ帰って行った。


 大ちゃんが帰って行くのを見届けて、私も家に入ろうとすると「……今日、なんで返事しなかったんだ?」とハルが私に問いかける。


 何のことかと思い携帯を見てみると、夕方から何度かハルから連絡が来ていたことに今更気が付いた。


『今日、仕事終わったら会いに行く』

『早く終わった』

『まだ帰ってないのか?』

『すず』


 30分毎のペースで送られてきている。

 ずっとハルのことを大ちゃんに相談していたから気付かなかった。


「み、見てなかった……ごめん」

 気まずくて、ハルの目を見ずに謝るとさすがにハルも異変を感じたようで、「……すず、何かあったのか?」と聞いてきた。


 昨日は気付かなかったくせに、と少し苛立ちを覚える。


「……大智か?」

 見当外れなことを言うハルに「……何もないよ」と愛想の無い返事を返し、ハルの横を通り過ぎて家の中に入った。

 いつもと違う冷たい態度の私に、ハルは何も言えないようだった。



 今までのようにハルと接することが出来ないまま数日が経ち、仕事が忙しいのか彼女と会っているのか、ハルはあれから私に会いに来てくれなくなった。


 せめて兄妹としては仲良くしていたかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。


 ある日の帰り道、ここ最近途切れた、毎日のようにやりとりしていたハルとのトーク画面を見つめ、私は小さくため息を吐いた。


「……すずめちゃん?」


 私が道の真ん中で立ち止まっていると、前方から誰かに名前を呼ばれた。

 声の方を見ると、見た事のない女の人が立っていた。


「えっと……」


 見覚えがなくて困惑していると、女の人は「覚えてないよね、昔一度会ったきりだし」と言い私の方へ歩いて来る。


 そう言われてみると、なんだか見たことがあるような気もしてくる。


 女の人は私の前まで来ると、ニコリと笑って自己紹介をした。


「私、山口明日香っていうの」

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